人機一体・2
「軍曹、今、行きます!」
ヴォルクから両腕を切り離して攻撃を無力化したケイは、地面を両足で思い切り蹴り上げると、大きく跳躍させた。
ダガーはリサーを迎え撃つべく、地面からリンクスの上体を剥がすように起こしてブレードの先端をリサーに翳した。
その、攻撃の体勢とは思えない姿に、生体スーツの神経線維が回復していないのは明らかだった。
「そんな無様な格好で、私と戦うつもりか?」
グラチェフは嘲笑いながらリンクスとの距離を一気に縮めた。
リンクスの胴体を真っ二つに切断しようと、右ブレードを大きくスライドさせる。
「間に合うか?!」
空中で身体を捩じりながら一回転したフェンリルは、リサーの間合いに着地すると、盾になるようにリンクスの前に滑り込んだ。
「何だお前は!」
リサーの前に突然現れたフェンリルにグラチェフが目を見張る。
リンクスに迫るリサーの刃を、ケイはフェンリルのブレードで殴るように弾いた。強い衝撃に、リサーの体勢が崩れた。
「今度は俺が相手だ」
リサーに向かってブレードを構えるフェンリルに、グラチェフが目を眇めて舌打ちする。
「この邪魔者が!」
リサーは後ろに跳び退ってフェンリルから距離を取り、ブレードを構え直した。
「灰色のスーツの相手をしていたのは、エゴールだったはずだが」
フェンリルから距離を取ったグラチェフが、戦火に焼かれた街を素早く見回す。
戦車の砲弾に破壊されて瓦礫と化した建物の近くに両腕を切り落とされたヴォルクを発見した。
「エゴール!お前、その姿は!」
グラチェフの目が驚愕に見開く。
「気を付けろ、イヴァン。その灰色にやられた。奴は尋常じゃない速さで攻撃を仕掛けてくるぞ!」
「くそ、なんてことだ」
グラチェフは攻撃と防御、どちらにも即座に対応できる体勢をリサーに取らせた。
ボクサーのような構えでブレードの両刃を胸の前でクロスし、低く腰を落としてフェンリルの正面に立つ。フェンリルも左右のブレードを構えて、相手を見据えた。
フェンリルとリサーは、攻撃の機会を窺いながらじりじりと間合いを詰めていく。
「私だって、速さでは負けるつもりはない」
リサーの足がフェンリルより早く大地を離れた。
鋭いステップを踏みながら、リサーがフェンリルに左右のブレードを交互にスライドさせる。その目にも止まらぬ素早い切り込みに、フェンリルの攻撃が一瞬遅れた。
リサーの刃を受け止める前に、その切っ先がフェンリルの甲冑の胴腹を捕える。リサーのブレードがフェンリルの甲冑を一文字に切り裂いた。刃の先端が甲冑の中の人工神経線維を掠っていく。
「くっ!」
剃刀で腹の皮膚を切り裂かれたような痛みがケイを襲う。
「どうだ!灰色」
ほんの一瞬、フェンリルの攻撃が遅れたのを逃さずに、リサーが次の斬撃を繰り出した。
「目障りだ。ヂェーブシカの前から消え失せろ」
リサーは切れのあるステップでフェンリルに接近すると、左右のブレードを高速で乱舞させながら襲い掛かった。
「ハチャトゥリアンのバレエ音楽、ガヤネーからの“剣の舞”だ。私の十八番の舞を応用した攻撃を死ぬまで堪能するがいい」
高速ターンするリサーの爪先が地面を丸く抉り、空に閃光で弧を描く左右のブレードが風切り音を立てる。
その猛烈な舞の間からリサーはブレードを振り立ててフェンリルを追い込んでいく。
「どうした灰色!リサーのスピードに臆したか!」
刃を躱すだけになったフェンリルの動きに、グラチェフが歯を剥き出して呵々と笑った。
「次の一突きで、お前をあの世に送ってやろう」
フェンリルの甲冑の胸にある操縦席を狙って、グラチェフはリサーのブレードを渾身の力を込めて突き入れようとした。
「死ね!!」
リサーが右ブレードでフェンリルの胸を貫こうとした、次の瞬間。
「イマダ」
フェンリルの人工脳がケイに信号を送信した。
ケイの目の奥から白い発光体が現れる。
あまりの眩しさに思わず目を瞑る。すぐに開くと、リサーの動きがスローモーションとなっていた。
「ああ、今だ。フェンリル、横に跳べ!」
グラチェフの視覚からフェンリルが忽然と姿を消した。
「どうなっている?!」
スーツの機体に稲妻の如くブレードを突き入れたはずなのに、何の重量も伝わってこない。
驚くグラチェフに衝撃が襲った。はっとして右を向く。そこにはリサーの腕の付け根にブレードを突き刺したフェンリルが立っていた。
「なに?」
「取った!」
ケイがフェンリルのブレードを勢いよく振り上げた。リサーの右腕が肩から弾け飛ぶ。
「な、何故だ!!」
フェンリルの胸を串刺しにしたはずのリサーのブレードが地面に転がっているのを目の当たりにして、グラチェフが絶叫した。
「この、リサーの腕を、一撃で切り落としただと?まさか!あり得ない」
茫然と立っているリサーに、フェンリルのブレードが襲い掛かる。
「イヴァン!」
バラノフはヴォルクで突進を掛けた。両手を失った今、リサーを援護するには敵に体当たりを掛けるしかない。
スーツのブレードで切り伏せられる可能性が高い。それでも、敵の気を削ぐことが出来れば、リサーは確実に反撃に出られる。
その思いも虚しく、ヴォルクは後ろから激しく体当たりされて大地に転がった。
うつ伏せになったヴォルクの首を上に捩じると、そこにはリンクスの姿があった。ヴォルクの動きを封じる為にリンクスが背中に片足を置き、力を込めて踏み付ける。
「イヴァン!危ない!」
グラチェフの耳に装着した通信機からバラノフの叫びが飛び込んできた。
その声に我に返ったグラチェフが後方へと大きく一回転してフェンリルの攻撃を回避しようとした。
リサーが地面に着地するその直前を狙って、フェンリルが瞬間的に移動する。
グラチェフの目前にフェンリルが迫った。
「くそっ!こいつ、完全に、リサーのスピードを凌駕している」
スーツのブレードがリサーの顔面に叩き込まれるのを防ごうと、グラチェフは左腕のブレードで反撃を試みた。
超至近距離での決死の斬撃もフェンリルには届かない。リサーのブレードが虚しく空を切ったと同時に、リサーの機体が前に傾いだ。