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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
192/303

人機一体・1


 頭部を失ったティンダロスの身体は、首から血を噴き出しながら地面へと崩れ落ちた。

 死体の横に、右手からブレードを出現させたビッグ・ベアが立っている。一瞬の斬撃はブレードを血で汚すこともなく、その刃は白く輝いていた。


「中佐、お待たせして申し訳ありませんでした」


 ビッグ・ベアがブラウンの前で片膝を折って頭を下げる。


「まあ、犬型生体兵器に食わる前に間に合ったのだから、良しとしよう」


 ブラウンはそう言って、ビッグ・ベアが仰向けになっている戦車を元通りの状態に戻すのを眺めた。泥だらけのハッチが開き、乗組員が外に出てくる。


「全員無事でよかった」


「戦車のキャタピラがイカれてしまった。これじゃ動きませんよ」


 車長が溜息を付きながら戦車に目をやる。


「マディ隊の戦闘車に拾ってもらうしかないな。彼らが無事だといいのだが」


 耳のイヤホンから無線連絡を入れてみると、すぐにマディから返信が来た。


「戦闘車は無傷だそうだ。ロウチ伍長、我々をマディ隊の所へビッグ・ベアで運んでくれ」


「了解です」


 ビルはビッグ・ベアを獣型に変えると、その背中にブラウン、車長、操縦士と砲手を乗せた。四人は巨大な機関銃の間に滑り込んでしっかりと身体を固定させる。


「振り落とされないように注意しろ」


 ビッグ・ベアが背中を揺らさないようにゆっくりと走り出した。




「おお、マイ・ロード!ご無事で何よりです!」


 ビッグ・ベアの背中から降りたブラウンに、マディが駆け寄った。

 戦闘車の近くには、ロケットランチャーの攻撃をまともに浴びたらしいティンダロスの死体が横たわっている。


「これからすぐに森を抜けて幹線道路に出るぞ。通信兵はノイバウの分岐地点で待機している戦車隊に、アムシュッテンに向かえと通達しろ。何としても奴らの進攻を止めるんだ。ロウチ伍長、援護を頼む」


 矢継ぎ早に命令すると、ブラウンはマディ達と共に、戦闘車に乗り込んだ。





 戦闘車で森を出ると、すぐ脇を通る幹線道路に列を成していたロシア戦車が鋼鉄の骸となって、至る所に散乱していた。

 機関砲の上にある戦闘室ハッチから顔を覗かせたブラウンは双眼鏡で辺りを観測した。

 確かに、敵戦車の動く姿はどこにもない。


「ビル、アムシュッテンに向かう幹線道路付近に敵はいるか?」


「五キロ四方に敵影はありません。これなら我々の方が早くアムシュッテンに到着出来ますよ」


「そうか」


 ビルの言う通り、ビッグ・ベアの圧倒的な攻撃力に肝を潰して一目散で退散したらしい。


「こりゃあ、壮大だ。敵さん、ドナウ運河まで撤退したんでしょうか」


 敵戦車の残骸の多さにブラウンの隣で機関銃を構えるマディが口笛を吹く。


「敵戦車がドナウまで退散するなら、こちらとしては好都合だ。ウィーン市街にいるダガー隊が蜂の巣にしてくれるだろうからな。だが、あのウォシャウスキーが撤退を許すとは到底思えんが」


 生き残りの隊は、幹線道路を大きく迂回してアムシュッテンへと向かった可能性が高いだろう。ブラウンは戦闘車の上からビルに合図し、車両内にいる操縦士に号令を出した。


「我々もアムシュッテンに向けて前進するぞ」





 激しい音を立ててブレードがぶつかり合う。

 合わせた刃は瞬間に離れ、再び相手の甲冑目掛けて唸り声を上げる。二体の兵器の腕が踊り狂うように動き、人間の如き滑らかな動作を繰り出す。

 否、その動きは、血と骨と筋肉でできた生身の腕では到底作り出せない早業であった。

 切っ先を敵の急所へ突き入れようと、目にも留まらぬ速度でブレードが閃き、フェンリルの腹と肩に(やいば)を叩き込まれそうになる。

 ケイは肩に振り下ろされるヴォルクのブレードを己のブレードで薙ぎ払うと、腹を真一文字に切り刻まれる前に攻撃範囲から離れた。

 この機械兵器はかなり強い。僅かでも隙を作ればブレードが電光石火で迫ってくる。

 腕を切り落とされそうなるのを必死で躱し、豪速で打ち下ろされる刃から、首や胴体を防御するのに精一杯だ。


(早くこいつを倒さないと)


 フェンリルの近くでリサーと交戦しているリンクスの窮状が目に余るようになってきた。

 片腕の使えないリンクスは、リサーの二枚のブレードに弄ばれているように見える。次に致命的な傷を負えば、立っていることも危うくなるだろう。


(どうすればいい?)


 焦り始めたケイを見透かすように、ヴォルクがブレードをフェンリルの胸の中心に突き刺そうとする。咄嗟に右腕を折り曲げ、ブレードの腹で受け止めて防御する。

 串刺しは免れたが、強烈な突きを食らったせいで後ろに吹っ飛び、地面に足を投げ出した格好で尻もちを付いてしまった。


「しまった」


「今度こそ息を止めてやる」

 

 ケイはフェンリルの攻撃態勢を立て直せないまま、ブレードを振り立てて襲い掛かかってくるヴォルクを息を詰めて凝視した。

 目前でヴォルクが仁王立ちになる。フェンリルの脳天を叩き割ろうと、両手を合わせ重ねた左右のブレードを、ヴォルクが力一杯振り上げる。


(ダメか)


 絶望が頭を過ぎる。

 刹那。恐ろしく低い声が、ケイの頭の中に響いた。


『……ネヨ』


(何だって?)


『我ニ、身ヲ(ゆだ)ネヨ』


 今度は、はっきりと聞こえた。

 

 この声は…。


(お前か、フェンリル!)


 ケイは大声で自分の操縦する生体スーツの名を呼んだ。


(分かった。お前に俺の全てを(ゆだ)ねよう)


 心の中で叫んだ瞬間。黄金の光が再びケイの眼窩を射抜いた。

 頭蓋の中がかっと熱くなる。熱は頭の中心で圧縮されてから爆発した。

 灼熱がケイの神経系を光の高速で末端まで駆け巡る。四肢の指の先端に火花が散った感覚を覚えた後、身体に超人的な力が(みなぎ)った。 


「「ウオオオオオッ」」


 ケイが、フェンリルが、同時に咆哮し、声が共鳴した。

 敵の脳天を真っ二つに叩き割ろうとその頭上に落としたヴォルクの両刃は、目的を果たす直前でフェンリルのブレードに薙ぎ払われた。


「なに?」


 モニターに映る外の映像が半回転したと思うと、ヴォルクの身体が地面に叩き付けられた。

 想像を絶するフェンリルの剛腕に一瞬で捩じ伏せられたのだと、バラノフは瞬時に理解した。

 自由になる右脚で地面を蹴り上げ反動をつけて、すぐに上体を起こす。


「小癪な!両足をぶった切ってやる」


 フェンリルが次の攻撃に移行するコンマ一秒の間隙(かんげき)を縫って、バラノフはヴォルクの右ブレードをフェンリルの両膝へ、雷光の如くスライドさせた。

 フェンリルの両足が膝からざっくりと切り取られ、上半身が成す術もなく地面に叩き付けられる。

 バラノフの脳裏に哀れな生体スーツの姿が浮かんだ、次の瞬間。


「…ぐ、う」


 ヴォルクの右肩の腕の付け根に、フェンリルのブレードが深々と穿(うが)たれていた。

 バラノフが放った一撃は、フェンリルに届く前に、その動きを封じられていたのだ。


「くそ…。こいつの動きが、全く察知できなかった…」


 フェンリルが突き刺したブレードを一気に持ち上げる。


 肩から切り離されたヴォルクの右腕が地面に落ちていくのを、バラノフは成す術もなく見つめた。


「プロシアスーツめがぁぁっ!」


 怒りに声を荒げながら、残った左腕で攻撃を試みる。

 ヴォルクと僅かに離れたフェンリルの胸元にブレードを突き入れようとした刹那、バラノフの目の前を白い流線が高速で横切った。

 流線が目の端から消えた直後。

 ヴォルクの腕の動きをを感知(フィードバック)するモーターから、負荷がなくなった。


「まさか、そんな」


 バラノフは、足元に落ちている左ブレードを茫然と見つめた。


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