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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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偽りの命令


「これはまた派手にぶっ放したな」


 大きな破壊音の後、あちらこちらで大量の炎と煙が立ち上がったのを、ブラウンは双眼鏡(ビノクラー)で確認した。

 森に侵入したロシア戦車は、木々と深く生い茂る下生えに身を隠しながら忍び寄ったウレク隊の手で一網打尽にされたようだ。


「中佐、敵さんの戦車はすべて排除しました。こっちは無傷です」


 マディからの通信に、ブラウンはほっと息を吐いてから、僅かに相好を崩した。


(マディ・ウレクか。ロウチ伍長が私の護衛にと強く押しただけの事はあるな)


 肩と胸が包帯でぐるぐると巻かれているのを見たときは、こんな怪我人で使い物になるのか心配したが、杞憂だったようだ。


「よくやった。撤収するぞ。ウレク隊は速やかに我々と合流せよ」


「いいんですかい?敵さんの方が圧倒的に多いんだ。俺らを全滅させようと、何度でも追撃用の戦車を森に放ってきますよ」


 ブラウンの撤収命令にマディはかなり不満そうだ。


「向かって来る戦車は俺達で食い止めます。中佐達だけで撤退して下さい」


 その喜々とした声に、思わずブラウンは額に手をやった。

 ウィーン郊外に造られたこの人工森は、エンド・ウォー以後再建されたホーフブルグ王宮の裏庭となる広大な庭園の一部である。

 岩石砂漠や荒原、(すな)砂漠(さばく)が混在する戦域でしか戦ったことがないマディが、森での戦闘にえらく興味を持ってしまうのも無理はなかった。

ダガーもそうだが、フォーローンベルト出身の少年兵は、幼い頃から戦地に駆り出され鍛え上げられて、骨の髄まで戦闘を叩き込まれる。そして、想像を絶する厳しい環境を生き残った子供だけが戦士(ウォーリア)となるのだ。

 その中でもハイネ団の傭兵は、群を抜いて勇猛果敢で鳴らしていた。

 戦闘が生きがいになってしまった命知らずの男(至極稀に女もいるが)ばかりの集団だ。

 それはそれで心強い限りだが、あまり無茶をやられると、ブラウンの立てた戦術に支障が出る。


「いいか、ウレク。ロシア軍は我々の戦術に気付いた筈だ。大量の戦車に一斉攻撃を掛けられたら、お前の隊もだが、こっちの身がもたなくなる。それに…」


 そこで言葉を切ってから息を吸い込み、周りにいる兵士達にはっきりと聞こえるように高らかに声を放った。


「それに、基幹道路からプロシアに進攻してくるロシア軍を迎え撃つ為にヘーゲルシュタイン閣下がノイシュタットに大軍を待機させている。我々の小隊は、オーストリア市民、非戦闘員が多数避難しているアムシュッテンの防衛を最優先とする」


 嘘だった。

 戦域の休戦協定開始前、ここ、ウィーンの連邦軍ビルに隣接された豪華な官舎で、窓の外の大通りに目を落としながらヘーゲルシュタインと会話した時、道を歩く人々を眺める彼の表情がどんなものだったかを、ブラウンは忘れてはいなかった。

 戦域での長引く戦闘に、膨大な国税が湯水の如く使われている。

 貧しさから満足な教育も受けられず、日々の糧を得る為に兵士になる若者たちが増えている中、裕福な暮らしを当然の如く謳歌している特権階級の子女達を、彼は強烈な侮蔑を込めて見つめていた。


(ヘーゲルシュタインは、広大な土地を持つ新興男爵家の出身だが、その中身はフランス国境沿いの複数の寒村を統治しているに過ぎない。平民の身分であっても、オーストリア、ことにウィーンの上級市民の方が教養も高くよほど裕福だ。上級貴族と縁戚関係にある名家も少なくない。親のコネで兵役を免れている若者が、彼には我慢がならないだろう)


 ウィーンはおろか、オーストリア州に住んでいる一般市民も、ヘーゲルシュタインは守る気などさらさらない。

 だから「少将がノイシュタットでロシア軍を迎え撃つ」事にしなければ、アムシュッテンの街はウィーンの中心街と同様に火の海になってしまう。

 一キロ先で、道が二つに分岐する近くの丘陵に車体(しゃたい)遮蔽(しゃへい)で待機させている戦車も、敵の大隊車列に見つかれば砲弾の餌食になる。


「あと少しでビッグ・ベアがこちらに到着する。ゲリラ戦は打ち止めにして、装甲部隊として防御に徹するのが賢明だ」


「ビルですって!もうすぐあいつが来るんですかい!そうとなれば、千、いや万人力だ。分かりやした。ウレク隊、すぐに撤収します」


 ロウチの名を聞いて、ウレクはブラウンの命令を素直に聞き入れた。


「ったく。調子のいい奴だ。上官命令を順守しないくせに、スーツが応援に来るとなると、ほいほいと従う。これだから傭兵上がりと隊を組むのは嫌なんだ」


 苦虫を噛み潰したような表情で車長が文句を言う隣でブラウンが苦笑していると、タイミングよくビルから通信が入った。

 ブラウンはビルとの交信を皆に聞かせる為にイヤホンを外して、戦車の通信機器に繋いだ。途端に銃撃と激しい爆破の連続音が車内に鳴り響く。

 戦車の乗員達は耳をそばだてて爆音を聞いていたが、少し経つと静寂が訪れた。


「こちらビッグ・ベア。現在、公園付近の幹線道路に車列を作って行軍している敵戦車隊を排除。後方のロシア戦車は進軍を中止して撤退を開始しました」


 ビルの野太い声がスピーカーから流れてくる。幹線道路を制圧出来たと聞いて、車長や操縦士が緊張を緩めてほっと息をついた。熊が唸るような声音が、今は天使の歌声に聞こえてしまう。


「了解だ。我々は速やかに王宮公園の森から出てアムシュッテンに進路を取る。行くぞ」


 ビルの通信を受けてブラウンは腕時計に目をやった。自分が想定した時刻よりも遅れていた。


「目標時間をオーバーしたな。何かあったのか」


「すいません。ノイバウに向かう途中で、サトー上等兵からロシア軍が犬型の巨大生体兵器を放ったとの連絡が入りました。その直後に三頭の群れに襲われまして。駆除するのに少し時間が掛かりました」


「犬型の巨大生体兵器だと?」


 ブラウンが思わず口から零した敵兵器の名称に、戦車の狭い空間に密集している兵士の表情が一瞬で凍りつく。


「それはドラゴン並みの大きさか?」


「いえ、あんなには大きくありません。それでも体高は三メートル弱で、体長は五メートル以上ありますが」


「ふむ。戦車よりは少し小さいくらいか」


 ビルとの交信を固唾を飲んで聞いている三人の搭乗員に、ブラウンは視線を送った。戦車並みの大きさと聞いて少し安心した様である。

 彼らの様子に、ブラウンも胸を撫で下ろした。

 もし、ドラゴンのような巨体の生体兵器が襲ってくるとなると、アウェイオンの時のように兵士全員が戦意喪失してしまい、戦闘どころではなくなるからだ。


「それに、ドラゴンと違って、奴らは火器で倒せます。ロケット砲が命中すれば一発でバラバラですよ」


「それは朗報だ」


 そう言って通信を切ってから、ブラウンはもう一度、腕時計の秒針に目を落とした。


 ビッグ・ベアとの合流に時間を十分も超過している。

 瞬きする速さで敵を連続狙撃し、切り伏せることができるビッグ・ベアが、三体の生体兵器を倒すのに十分を要したのだ。


(朗報だと?)


 敵戦車が攻撃が止めて撤退したのは何故か。


 マディの言う通り、小さな森に隠れたプロシア軍の弱小小隊を全滅させるために、ロシア戦車が追撃を掛けてきてもおかしくない頃合いだというのに。


「レーダーに敵影を捉えました」


 操縦士の緊迫した声に、ブラウンは開き切った目でモニターを見た。モニター画面の中を敵を現す丸い球体が二個、ジグザグ走行でこちらに向かって来る。

 ブラウンは、敵が何者であるかすぐに理解した。


「敵接近!直ちに砲を構えよ!」


 隣の砲手に命令を出してから、ブラウンは急いで通信を切り替えた。


「こちらブラウン、歩兵戦闘車内にマディ隊の回収は終わったのか?!」


「今、やっているところです」


「急げ!早くしろ!」


 怒鳴りながらイヤホンの中心を指で押して、ビッグ・ベアに連絡を入れた。


「ロウチ、ブラウンだ。敵は我々に犬型生体兵器を放ったようだぞ」


「ホントですか?」


 緊急通信を傍受したビルが、コクピットのモニターでブラウン隊の位置を確認する。ビッグ・ベアよりも先に森に入った二体が戦車と戦闘車に急速接近するのが映った。


「こりゃヤバい」


 ビルはライフル銃とロケットランチャーをビッグ・ベアの背中に装着すると、すぐに獣型へと変身させて四足走行で森の中に分け入った。


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