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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
186/303

敵戦車の侵攻を阻止せよ!


「こちらガルム2。ハナさん、俺の目の前をロシア戦車隊が通過中。大隊です!」


「ダン、合流は後よ。出来るだけ戦車を破壊して敵の侵攻を防いで頂戴!」


「了解です!」


 ダンはビル陰から出ると正面の戦車に向かって機関銃を掃射し始めた。

 ガルム2との通信を終えたハナは、キキをホテルの屋根に上がらせた。

 市街の道という道を走る敵戦車が眼下に広がる。

 姿を曝け出したキキに、走行中の戦車が照準を当てる。砲身から弾が発射されるより先に、キキの機関銃が敵に向かって火を噴いた。

 スーツの巨大な機関銃にはグレネードランチャーと同じ大きさの弾が装填されている。

 車体に直撃を食らった三両の戦車が爆発炎上した。間髪入れずに機関銃のトリガーを連続して引くと、縦列走行している戦車五両の砲塔が大破した。

 主砲をキキに定めた戦車が走行を停止した。

 砲身の数三十基以上。集中砲撃を受ける前に、ハナはホテルの屋根から地面へとキキを飛び降りさせる。

 その直後に砲弾を撃ち込まれたホテルの屋根が最上階と共に粉々に吹き飛んだ。

 落ちてくる瓦礫を避けながら、ハナは機関銃を構えながら表通りに出た。

 広い公道で、ガルム1が敵の戦車にガトリング銃を掃射していた。

 瓦礫の陰で黒い影が動いたかと思うと、ガルム1に襲い掛かった。

 スーツが犬の動きに機敏に反応し、大量の銃弾を至近距離からティンダロスにぶち込んだ。巨大な犬は細切れの肉片になって周辺に飛び散った。

 攻撃が手薄になったガルム2に戦車が砲身を向けた。

 砲手が発射スイッチを押すより先に、キキが銃弾を撃ち込んで、戦車を破壊する。


「ハナさん、助かりまし…」


 ジャックの言葉を遮るように、別のティンダロスが現れた。


「くそっ、きりがない。援軍はどうなってんだ?チームαだけじゃ防ぎ切れないよ!」


「私達だけで何とかするのよ!」


 ハナは、巨大な牙を向いて襲いかかってくるティンダロスに、ブレードを突き刺した。





 戦車がキャタピラをアスファルトに叩き付ける音が地鳴りとなって響いてくる。


「敵戦車の先発隊、三十秒後に攻撃開始線に入ります」


「よし。よく引き付けてから撃て。絶対に外すなよ」


 ブラウンは静かな声で命令すると、車体遮蔽(ハルダウン)した戦車の中からモニターに映る道路をじっと見つめた。

 五メートル以上間隔を開けた茂みの中にも戦車と戦闘車を配置して、接敵に備えている。

 機械化歩兵を率いるのはマディ・ウレクで、彼は肩の銃創を全く気にすることなくロケットランチャーを二つ担いで歩き、ブラウンの指示した場所に部下達と身を潜めている。

 ダガーは勿論、他のチームαとの交信が途絶えたままだった。

 猛禽類型生体ドローンを空に飛ばすと彼ら全員の無事が確認出来た。それは何よりもの救いだ。

 だが、モニターに映る戦闘映像を見ると喜んでばかりはいられなかった。

 三体の機械兵器と戦っているリンクス、ビッグ・ベア、フェンリルはかなりの激戦で、予断を許さない。

 キキとガルム1、2も大挙して押し寄せる戦車と生体兵器に手こずっているようで、戦場となっている道路を避けて走る戦車を追撃できていない。


(ダガー隊が取りこぼした戦車を公園の森に隠れている我々が撃破するというのは、かなり無謀な策だが、少将が援軍を寄越さないというのだから、どうしようもない)


 ブラウンは無意識で眉間の皺を指で摘んで揉み上げた。


(大挙して押し寄せる敵の戦車大隊に、この僅かな戦力で、どれだけ善戦できるだろうか)


 それでも士気は高い。戦いが始まれば、生体スーツが援護に来てくれると兵士全員が硬く信じているからだ。


(ここノイバウから、幹線道路はノイシュタットとアムシュッテンに大きく分岐する。二手に分かれて進攻されないように、一両でも敵の戦闘車両を潰していくしか手はない)


 ノイシュタットはヘーゲルシュタインの戦車大隊の待機場だ。

 それはロシア軍もレーダーで察知しているだろう。だとすると、ロシア軍はアムシュッテンを通ってプロシアに侵入する可能性が高い。

 家財を捨て、かの地の防空壕の中で恐怖と共に身を潜めているオーストリア市民を、これ以上戦禍の巻き添えにするつもりはない。


「敵の戦闘車両が攻撃開始線を突破しました」


 兵士の緊張した声が車内に響く。


「全車両攻撃開始。撃て!」


 ブラウンの呼号で、砲手が戦車砲弾の発射スイッチを押した。

 急襲されたロシア戦闘車両と戦車の砲塔が爆音と共に吹き飛び、残った車体から炎が上がった。





 リンクスのモニター画面に赤い点滅がいくつも浮かび上がる。

 人工脳の熱探知で、三キロ後方で戦闘が開始されたのが分かった。

 ブラウンが空に飛ばした猛禽類型生体ドローンがリンクスに映像を送ってくるのだとダガーは気付いた。レーダーに映るブラウン隊の伏撃が功を成し、ロシア軍戦車隊の第一陣は撃滅したようだ。

 しかし、戦車二両、戦闘車一両、二個の歩兵隊の数では圧倒的に不利だ。すぐに防戦すらままならなくなるのは目に見えている。


「ビッグ・ベアに告ぐ。ブラウン隊がロシア戦車隊と戦闘に入った。すぐ援護に向かえ」


「了解、すぐ行きますって、言いたいところなんですけれど、軍曹、こいつをどうしましょう?」


 ビッグ・ベアはメドヴェージと交戦の真っただ中だった。機械兵器の大きな鉤爪とブレードが激しくぶつかり合うが、互角の技量で決着が付かないでいる。


「隙を見てそいつから離れろ。後は俺が対処する」


「イエッサー」


 ビルは(メドヴェージ)の爪と合わせていたブレードを力任せに薙ぎ払うと、瞬時に後方へと大きく跳躍してメドヴェージの攻撃距離からビック・ベアを退避させた。


「何だよ!こいつ。逃げる気か?」


 イリイーンがビッグ・ベアを追撃しようとする。リンクスは自分に振り下ろされるリサーの二振りのナイフを瞬き一つの速さで掻い潜ると、メドヴェージの前に立ち塞がってブレードを翳した。


「ふうん。こいつ一体だけで、僕とヴィーニャと戦う気でいるみたいだよ」

 

 対戦相手を逃したイリイーンの苛立った声が、グラチェフのイヤホンから聞こえてきた。


「そうらしいね、アーチャ。私達はこの白灰色のスーツに、随分と甘く見られているようだ」


「ふん。すぐに後悔させてやる」


 イリイーンはリンクスにメドヴェージを接近させると、その大きな鉤爪をリンクスの上体に振り下ろした。

 右のブレードで爪を受けたリンクスに、リサーが両手のナイフの切っ先を光らせながら躍り掛かった。左での防御が間に合わず、リンクスの胸元にバヨネットナイフの切っ先を突き刺した。


「お嬢さん(ヂェーブシカ)、君にはそろそろ死んで貰おうか」


 甲冑の内側深くナイフの刃を埋め込もうとするリサーの腹を、リンクスが思い切り蹴り倒す。リサーが地面に派手に転がった。


「ヴィーニャ!」


 ほんの一瞬、イリイーンがリサーに気を取られた。

 集中力が途切れたメドヴェージをダガーは見逃さなかった。

 稲妻のような速さでメドヴェージの左上腕部の肘からブレードを叩き込む。

 すっぱりと切断されたメドヴェージの腕が、瓦礫の上に落ちて鈍い金属音を立てる。


「ああ!くっそう」


 悔し気に唸りながら、イリイーンはリンクスから繰り出される攻撃を必死で躱した。


「アーチャ!スーツめ、よくも私の義弟を!」


 綺麗に整った顔を憤怒で醜く歪めながら、グラチェフがリンクスにナイフを投げた。

 スーツの顔面に一直線に飛んで来るナイフをダガーがブレードで薙ぎ払う。

 右腕を広げ切ったリンクスに、次のナイフが飛んできた。それを左のブレードで払ったリンクスに、長い爪を出現させたリサーが飛び掛かった。

 防御が間に合わず、機械兵器の四本の鋭い爪が、リンクスの左肘に深く突き刺さる。


「は、は、どうだ!」


 機体にブレードの刃を落とされる前に、グラチェフはリサーの爪をリンクスの腕から引き抜いて、敵の攻撃範囲から飛び退いた。


「軍曹!!」


 ケイはフェンリルを切り刻もうと高速でブレードを振り回すヴォルクの間合いから抜け出すと、左腕を押さえているリンクスに駆け寄った。


「大丈夫ですか」


「ああ。このくらいの傷なら何ともない」


 いつもと変わらぬ落ち着いた声がイヤホンに返ってくる。

 だが、フェンリルの人工眼に映るリンクスの傷は結構深い。スキャンすると、胸の傷は損傷程度が二、肘は三との数値が現れた。

 三損傷度三。これはリンクスの肘の人工神経線維が切断されたことを示している。

 敵に隙を見せないために冷静さを保っているのだろうが、今のダガーは、リンクスの神経繊維が収縮して起こる激痛を堪えている筈だ。


(ということは、リンクスの片腕は暫く使えない可能性が高い)


 ケイが懸念した通りだった。

 リンクスの右腕はブレードを構えて攻撃態勢を取っているが、左腕はだらりと下にさがったまま動く気配がない。

 三体の機械兵器はフェンリルとリンクスを囲むようにして攻撃態勢を取っている。

 相手にも傷を負わせたが、こっちもかなりやられている。

 三対二で、得物は向こうが五本。こちは三本。

 不利な状況下で、誰の応援も得られない。

 徐々に間合いを詰めてくる機械兵器を睨み付けながら、ケイはフェンリルの腰を低く落とすと、前に向けているブレードの切っ先を持ち上げた。



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