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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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二対二


 ヴォルクが疾風(しっぷう)迅雷(じんらい)の勢いでフェンリルに襲いかかってくる。

 あらゆる角度から叩き付けてくるヴォルクの刃を両手のブレードで受け止めるが、防御の型(ディフェンスパターン)を読まれたようで、それも限界に近付いていた。

 胸の甲冑を一文字に切り開こうと閃くヴォルクの刃をフェンリルが左のブレードで受け止めた。刹那、機械兵器に強く腹に蹴りを入れらた。

 フェンリルは半壊した民家を薙ぎ倒しながら後ろに吹っ飛んだ。

 瓦礫の中に埋もれるようにして倒れたフェンリル目掛けてヴォルクがブレードを振り上げる。

 スーツの操縦席に刃を叩き込まれるのを避けようと、ケイはフェンリルの身体を横に向けた。ヴォルクのブレードがフェンリルの背中を掠りながら瓦礫を砕いていく。


「往生際の悪い奴だ。だが、もう逃げられないぞ」


 瓦礫からブレードを引き抜いたバラノフは、起き上がろうと膝を立てるフェンリルの姿を眺めた。

 こちらにブレードの切っ先を向けて威嚇しているが、隙だらけだ。バラノフは片頬を持ち上げると、フェンリルが立ち上がる隙を狙って一気に刃を振り下ろした。

 大きな金属音が響くのと、ヴォルクに搭載されている機械知能が警告音を発したのは殆んど同時だった。

 衝撃を受けたバラノフのブレードが大きく外に逸れた。フェンリルの胸を貫く筈のブレードの先端は、すぐ隣にあるコンクリートの大きな塊を真っ二つに割っていた。


「何?」


 新たな敵の出現に、バラノフは思わず大きな声を上げていた。


「軍曹?」


 フェンリルの前にリンクスがブレードを構えて立っているのに驚いたのは、ケイも同じだった。


「コストナー、早く体勢を立て直せ」


 ダガーはヴォルクに臨戦態勢を取りながらケイに(うなが)した。

 瓦礫の間からフェンリルを起こしたケイがブレードを構え直す。


「敵が二体になったか。我が隊も苦戦しているようだな」


 少し離れたところで茶色のスーツと戦っている(メドヴェージ)を見て、バラノフは眉間に皺を寄せた。メドヴェージの動きに乱れが見えて始めている。

 対戦相手のスーツの猛攻撃に押されて、イリイーンが焦り始めているのが手に取るように分かった。

 十四歳の少年の集中力が切れかかっていることに、バラノフは危惧した。

 バラノフの予感は的中した。メドヴェージは大きく振り下ろされた敵のブレードを受け止めたものの、その衝撃にバランスを崩して、前につんのめるような格好になった。


「隙あり!」


 ビルはメドヴェージの上半身に、風を切る音と共にブレードをスライドさせた。


「うわっ」


 ビッグ・ベアから繰り出された攻撃をイリイーンは躱し切れなかった。メドヴェージの脇腹にスーツの切っ先が突き刺さる。


「アーチャ!」


 バラノフが叫んだ。メドヴェージは脇腹に刃を立てられたをブレードで払い除けると、すぐに相手の間合いから飛び退いた。


「アーチャ、大丈夫か!メドヴェージの損傷ダメージはどのくらいだ?場合によっては戦線離脱…」


「やだな、少佐は。このくらい何ともないですよ」


 イリイーンは不機嫌そうにバラノフの言葉を遮ると通信を切ってしまった。


「やれやれ。プライドを傷つけてしまったかな」


 天才との誉れ高い少年兵士は気難しい年頃でもある。

 その扱いの難しさに溜息を吐いてから、バラノフは改めてメドヴェージの様子を窺った。

 スーツのブレードで脇腹を抉られたメドヴェージだったが、大した損傷ではないようだ。

 バラノフの言葉に怒ったイリイーンは戦意を奮起させて、相手のスーツに反撃を開始した。その勢いはさっきとは別人のように激しいものだ。


「よかった。あれならまだ戦えるだろう」


 しかし、これ以上は、年の離れた部下を気にしている余裕はなかった。

 白灰色のスーツが左右合わせたブレードをヴォルクの顔面に突き入れるようにして飛びかかって来たからだ。

 バラノフは両手のブレードの腹でリンクスの攻撃を防御した。

 交えた(やいば)が甲高い金属音を放った。ブレードの刃を互いの装甲に埋め込んでやろうと、二つの腕が渾身の力を込める。

 相手の力が上回ると感じたダガーは、ブレードを跳ね返される前にヴォルクの間合いから飛び退いて後ろに一回転すると、フェンリルの近くに着地した。

 態勢を立て直していたケイが、リンクスと同じく右のブレードをヴォルクに向けた。


「軍曹、二対一ならあいつを倒せますよ」


「いや、一対一での戦闘再開だ。俺と戦っていた機械兵器がすぐそこまで来ている」


「え?」


 戦闘に気を取られていて気が付かなかったが、ダガーの言う通り、モニター画面に高速で接近してくる物体が映し出されている。


「本当だ。フェンリルのレーダーが至近距離に接敵を感知…」


 報告が終わらないうちに、背後に気配を感じた。ケイは弾かれたように反応してフェンリルの身体を半回転させ、ブレードを高速でスライドさせた。

 超硬金属が激しくぶつかり合い、キィンと高音が鳴り響く。

 フェンリルのブレードが受け止めたのは大型ナイフだった。その持ち主はもう片方の手にある同種のナイフを腕を交差させて、フェンリルの首に突き刺そうとした。


「うぁっ」


 フェンリルの首にナイフを突き刺す直前、機械兵器目掛けてリンクスがブレードを振るった。リンクスのブレードが届く前に、機械兵器はナイフを引いてフェンリルから飛び退いた。


「おっと。ヂェーブシカ、随分と嫉妬深いんだね。私が君以外のスーツを相手にしたのが、そんなに気に入らなかったのかい?」


 グラチェフは嬉しそうに呟くと、己の機械兵器、(リサー)をリンクスに向き直らせた。攻撃距離を見定めるように少しずつ足を横に動かしていく。


「イヴァン。今までどこにいた?」


 フェンリルにブレードの切っ先を向けているバラノフの問いに、グラチェフが残念そうに肩を竦めた。


「白灰色のスーツの後を追う合間に我が軍の状況を確かめて来たんだよ。困ったことに水牛(ブーイヴァル)(チーゲル)(カバーン)がやられていた」


「何だと?では、残っているのは我々だけか」 


 予想していなかった事態にバラノフが唸った。


「ブーイヴァルの腹には大きな穴が開いていた。あれは味方の戦車の誤射だろう」


「馬鹿な!前線指揮官は何やっているんだ」


「エゴール、そんなにいきり立つなよ。いい情報もある」


 バラノフの憤りを和らげようと、グラチェフは柔らかい声を出した。


「運河の橋を落とされる前に、我が戦車大隊は粗方(あらかた)オーストリア市街に侵攻できた。彼らは整備された道路を思うがままに驀進して、ベルリンまで一気に北上するだろう。スーツをここで足止めさせて時間稼ぎをするのが我々の仕事だ」


「何故それがいい情報なんだ?イヴァン、レーダーで探知してみろ。戦車は別のスーツ隊に攻撃を受けているじゃないか」


 不愉快そうなバラノフの声がイヤホンを伝って聞こえてくるのを、グラチェフはゆったりと笑いながら首を振った。


「大丈夫。前線指揮官はアメリカ軍から譲り受けたティンダロスを大量に放ったからな」


「ティンダロス。あの地獄の犬か」


 これから恐怖の進軍が始まるのを想像して、バラノフはゆっくりと口角を持ち上げた。


「どこに隠れているか知らんが、これからプロシア戦車隊は地獄を見るだろう。ならば、大船に乗った気分でこいつらと戦えるってことだな」





 ガルム1の人工眼が捉えたのは犬型生体兵器の真っ赤に爛れた口腔だった。

 巨大な口が、モニター画面に大写しになる。


「うわあぁっ」


 あまりの恐怖に我を忘れてジャックは悲鳴を上げていた。

 無数の牙がガルム1の顔に迫って来るのを茫然と眺めていると、急にスーツの上の重量が半分になったのを感じた。


「あれ?」


 地面に肘をついて上体を起き上がらせる。ガルム1の胸の上に覆い被さっていた巨大な犬の上半分が右側の地面にごろりと横たわった。

 見ると左側に下半身が転がっている。

 ガルム1の顔を食いちぎる前に、犬は胴体を切断されて既に絶命していた。

 死体の横にキキが右ブレードを出現させて立っていた。


「あ、ハナさん」


 ジャックはガルム1の甲冑を見回して顔を顰めた。ティンダロスの血液と粘り気のある体液でべとべとになっていたからだ。


「馬鹿ね!何で反撃しないのよ」


 ハナに怒られて、ジャックは気まずそうに頭を掻いた。


「食われるぅって思ったら、恐怖で身体が硬直しちゃいました」


「次は助けないからね。自分で何とかしなさいよ」


 ハナの動きに連動したキキがプイッと横を向いて、傍らに置いてあるロケット砲を肩に担ごうと手を伸ばす。瓦礫の上で蠢く黒い影が、キキとガルム1のレーダーに映った。


「ハナさん!」


 イヤホンを通してジャックの慌てた声がハナの鼓膜を震わせる。

 十匹のティンダロスが、瓦礫の山から姿を現した。


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