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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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それぞれの戦い・4

 うつ伏せ状態で動けなくなったチーゲルを眺めながら、ハナはダガーに連絡を入れた。

 完全に戦闘能力を失った機械兵器は、腹這いの状態で左腕だけを無様に振り回している。

 反撃してこようものならすぐさま両腕を切り離すつもりで、チーゲルの肩にハナはブレードの先を押し付けた。

 恐らく用心は無用であろう。両足を膝の上から失った機械兵器がキキと戦うのは不可能だ。


「ダガーだ。ハナ、どうした」


「こちらキキ。軍曹、機械兵器を一体倒しました」


 ダガーと通信していると、ヴォルクとフェンリルの戦闘がハナの目に飛び込んで来た。

 機械兵器の猛攻撃に、攻撃はおろか防御さえも怪しくなっている。


「軍曹、機械兵器との戦闘でフェンリルが劣勢になっています。これからキキを援護に向かわせます」


「いや、お前はフェンリルの援護よりもロシア戦車の攻撃に当たれ」


「戦車ですって?」


 ハナは、奇跡的に原形を留めている三階建ての縦長のホテルの屋根にキキを登らせた。

 豪華なホテルは随分と頑丈に造られていて、かなり重量のあるスーツが乗っても崩れない。キキの人工眼が隊列を組んだ大量のロシア戦車を捉えた。

 その数の多さにハナは目を見張った。


「軍曹、敵はあらゆる方面からウィーン市街地に入り込んできています!何故、プロシア戦車隊が見当たらないんですか!ヘーゲルシュタイン少将の戦車大隊はどこにいるんです?」


「少将の指揮下にある軍はノイシュタットに配置されている。重要任務を控えている為、我々に援軍を寄こせないそうだ」


「そんな!」


 ハナは強く唇を噛み締めた。


(あんたたちのやり方は私には全てお見通しよ。チームαを見殺しにする気なんだわ)


 ウェルク・ブラウン。おそらく彼の存在が、軍の中で大きくなり過ぎたのだ。


(オーストリアの上級市民の身分であっても、所詮は平民出身。貴族で固められているプロシア軍上層部にとって、中佐は目の上のたん瘤でしかない)


 目障りになってきた人間を、無謀な作戦に追いやって戦死させるのが、彼らの常とう手段なのだ。


(そうやって私の父も殺された)


 それにしても、生体スーツの威力を知り抜いているヘーゲルシュタインが、チームαをむざむざと死兵に使うとは思えない。


(あの男、一体、何を考えているのかしら)


「フェンリルの援護には俺が行く」


 イヤホンから耳に響くダガーの声に、ハナは我に返った。


「ハナ、お前はジャックと一緒にロシア戦車の侵攻を食い止めろ」


「了解しました」

 

 ハナはチーゲルから機関銃を奪うと両手に構え、再びホテルの屋根に飛び乗った。





 ジャックは橋を渡る一両の戦車目掛けて、機関銃の弾を大量に撃ち込んだ。

 戦車を爆発させてその衝撃で橋を落とす作戦だ。戦車は爆発したが、中央に穴を穿っただけで橋は崩落しなかった。

 機関銃を撃ったせいでガルム1の場所が知れ、ドナウ運河の向こう岸からロケット弾が発射された。慌てて退避すると、さっきまで隠れていた場所からオレンジ色の火柱が立った。


「どうやったら、橋を落とせるんだ?何か良い方法はないかな」


 瓦礫の山に脇に隠れるようにガルム1をしゃがみ込ませると、ジャックは辺りをきょろきょろ見回した。


「あっ、姐さんだ!」


 すぐ目の前のホテルの上にキキが飛び乗るのが見えた。

 大胆にも屋根の上に仁王立ちすると、肩に抱えたロケットランチャーで運河の外に設置してあるロシア軍ロケット弾発射システムに小型ミサイルを撃ち放った。ドナウ運河の向こう岸で、派手な爆発が起こる。


「やった!敵さん、あまりに至近距離過ぎて、ミサイル撃ち落とすの間に合わなかったな」


 ジャックは瓦礫からガルム1の顔を覗かせてキキに手を振った。


「ジャック!橋を破壊するから、あんたは援護して!」


「了解!」


 ガルム1が勢いよく立ち上がる。キキがチーゲルから奪った機関銃をガルム1に放り投げた。空中でキャッチした機関銃を左に持って、ガルム1は瓦礫の中から飛び出した。

 敵戦車が、接近して来た黒い生体スーツに砲弾を撃ち放った。

 ジャックは、自分に向かって来る砲弾の起動を瞬時に計算したガルム1の人工脳に従ってスーツを移動させると、両手に構えた機関銃で運河の前方に横一列に並んだ戦車目掛けて銃弾を撃ち浴びせた。

 戦車の砲塔が火を噴き車体と分離するのを見たキキが、橋にロケット弾を放つ。

 連結部に落下したロケット弾は、橋の中央のコンクリートを砕いて運河の底に沈めた。


「よしっ。これでもう戦車は通れないぞ」


 残る()(りょう)に向かおうと、ガルム1が走り出した次の瞬間。

 燃え盛る炎の中から黒い何かが飛び出して、残った橋の先からジャンプして、十メートルある空間を軽々と飛び越えた。


「何だ?」


 そう思った時には、その物体はガルム1の真上にいた。


「わっ」


 驚くより早く、ジャックはガルム1の機関銃を操作して頭上の物体に銃弾をぶち込んでいた。

 超至近距離で機関銃を連射された物体が粉々に吹き飛んだ。

 破壊された物体が大小の塊となってガルム1の機体に降り注ぐ。

 機械の破片に混じって、柔らかいものがガルム1の頭と肩に落ちて来た。


「なんだこれ?」


 すぐにガルム1の人工脳が成分を分析して、データを送信してくる。

 それを見たジャックは背筋を凍らせた。


「有機物?!」


 突然、ジャックの視界が真っ暗になった。音も全く聞こえない。

 極度の至近距離で物体を破壊した影響で、電磁スペクトルに乱れが起きた。

 それでガグル1の人工脳の深層ニューラルネットワークに機能障害が生じたらしい。しかしそれも、すぐに回復するはずだ。

 ヘルメットのモニターが起動を始めたジャックの耳にハナの叫び声が飛び込んで来た。


「ジャック!!」


「はっ!」


 全身に衝撃を受けた。

 人工眼の視野が回復した時には、ガルム1は地面に叩き付けられていた。

 機関銃を投げ出して仰臥したスーツの上に乗っているのは、破壊された橋を恐ろしい跳躍で飛び越えて、ガルム1に襲い掛かって来た黒い物体と同じものだ。

 その見覚えのある醜悪な姿に、ジャックは目を剥いた。


「なっ!こいつ、アメリカ軍基地にいた犬型生体兵器!」


(どうしてここにいる?)


 その疑問が頭を掠めた直後、幾重にも生える無数の牙と鮮血で溢れたような真っ赤な口腔で、ジャックの視界が埋まった。





 ハナの連絡でフェンリルが危機に陥っていることを知ったダガーは、(リサー)の間合いから一気にリンクスを引かせた。


「どうした?」


 突然、距離を取られて、グラチェフが唖然とする。距離を詰めようと迫って来るリサーにリンクスはブレードを構えながら前を向いたまま、後方へと器用に飛び跳ねた。


「逃げる気か?いや、まさか」


 さっきの戦いを見れば、グラチェフとの交戦に臆して逃げるパイロットには思えない。


「何か理由がありそうだ」


 グラチェフはフェンリルに接近するのを止めて様子を窺った。フェンリルはリサーに顔を向けたまま、ブレードの構えを崩さずに後方へと跳んでいく。急に横に跳んだかと思うと、瓦礫の山に身を隠した。


「何をしている?」


 後を追って覗き込むと、獣型に変身した生体スーツが瓦礫の山を飛び越えて高速で走り去るのが見えた。


「どこへ行くつもりだ」


 リサーのモニターをレーダーに切り替えると、一キロ先で味方の機械兵器が敵機と交戦中の表示が現れた。味方は緑、敵は赤と、色分けされた小さな立方体(キューブ)が黒いモニターに浮かび上がった。

 赤と緑が画面の中で重なり合うように激しく踊っている。その数二組。


「こっちはアーチャか。そして、この動きはバラノフだな」


 無論、相手は生体スーツだ。


「ヂェーブシカは味方スーツの援護に行ったのか。とすると、彼らは随分と拙い状況にあるようだ」


 ならば。


「では私も、あの(ロンド)に混ざるとしよう。バレエ団でプリンシパル(主役)を務めていた頃はソロの場面が多かった。誰にも言っていなけど、本当は大きな舞台の上で、一人で踊るのは好きではなかった」


 グラチェフはぞっとする笑みを口元に浮かべると、リサーの腰にある鞘にバヨネットナイフを差し込んだ。


「みんなで踊る方が、ずっと楽しいからな」



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