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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
182/303

それぞれの戦い・3


 ヴォルクの爪がフェンリルの喉元に迫ってくる。


(首を刎ねられる!)


 死の恐怖に支配されたケイの脳裏にベッドに横たわるエマの顔が浮かんだ。

 力なく閉じた目。青白い頬。血の気のない唇を思い出し、胸に捩じれるような痛みが甦ってくる。


(エマ)

 

 緑の瞳をくるくると動かして愛らしく笑うあの表情を、もう一度見たい。

 だから。


「俺は死なない!君が意識を取り戻すまで、絶対に死ぬもんか!!」


 ケイは咄嗟にフェンリルの首を左腕で覆った。横一列に並んだ四本の爪がフェンリルの腕に深々と突き刺さる。腕の人工神経が切断された激痛が、ケイの身体を鋭く駆け巡った。


「ぐああああっ」


 野獣のような咆哮を放ちながら、ケイは爪が刺さったままの左腕を力を込めて高く持ち上げた。予想しなかったフェンリルの行動にヴォルクの機体がバランスを崩す。前のめりになったヴォルクの上体をフェンリルの右腕がしっかりと抱きこんだ。


「くっ!離せ!」


 ヴォルクが左の爪を振り上げる。それが狙いだった。


「今だフェンリル!」


 フェンリルのブレードが白く煌めいた。稲妻となってヴォルクの腕に襲い掛かる。

 ヴォルクの爪が機械兵器の指先から全て切り離された。四本の長い爪がばらばらに宙を舞い、瓦礫の中へと落ちていく。


「な…」


 予想外の展開にバラノフは唖然とした。次の瞬間、右手に衝撃が走った。はっとして後ろに手を引く。見ると、ヴォルクの右手首が切り取られていた。


「しまった!」


 フェンリルの大腿に勢いよく蹴りを入れたヴォルクが攻撃範囲から飛び退る。ケイはフェンリルの腕にぶら下がっているヴォルクの手首を掴むと、力を込めて一気に爪を引き抜いた。激痛に喉が鳴るの歯を食いしばって堪えた。


「今度はこっちから攻撃してやる!覚悟しろ!」


 ケイはブレードを構え直すとヴォルクに向かって突進した。





 イリイーンは(メドヴェージ)の大きな鉤爪でビッグ・ベアに縦横無尽の攻撃を繰り出していた。

 大鎌の如く曲がった爪の先が敵の甲冑を捕らえれば、ざっくりと切り裂くことができる。

 だが、厳つい甲冑の見た目と裏腹に、相手は意外と素早かった。

 メドヴェージの両腕の動きが読めるのか、身体をくねらせて器用に鉤爪から逃げて行く。


「くそう、こいつ逃げてばっかりだ。嫌になっちゃうな」


 怒涛の如く繰り出す攻撃が相手に通じず、イリイーンは口を尖らせた。


 ビッグ・ベアの後ろにヴォルクを見た。

 両手を失ったヴォルクがスーツのブレードに一方的に切りつけられている姿に、イリイーンは驚愕して目を見開いた。


「あっ!少佐が大変だ。助けなくちゃ」


 バラノフの窮地に、ビッグ・ベアのブレードと合わせていた大爪を引っ込めるとイリイーンはメドヴェージを戦闘の間合いから一気に飛び退かせた。

 高速でフェンリルに接近し、メドヴェージの両の鉤爪でフェンリルを切り裂こうとする。


「はっ」


 もう一体の機械兵器が加勢に来るのを感知したケイは、フェンリルをヴォルクから飛び退かせた。イリイーンはヴォルクを守ろうと前に立ち、鉤爪をフェンリルに向ける。


「大丈夫ですか、少佐!」


「すまんな、アーチャ。爪は失ったがブレードは残っている。まだ戦えるよ」


 防御の構えを取るメドヴェージの後ろで、バラノフはヴォルクの両腕からブレードの刃を出現させた。メドヴェージの後ろから出てその横に並ぶ。


「さすがはマクドナルドを倒したスーツだ。油断したぞ」


 機械兵器二体がフェンリルに攻撃をかけようとしたその刹那、巨大な焦げ茶色の塊がメドヴェージに立ち塞がった。


「おい、お前の相手はこっちだろ?」


 大声で叫びながら、ビルがメドヴェージにブレードを突きつけた。


「何だよこいつ!今頃になって、反撃かよ」


 怒ったイリイーンがヴォルクから離れてビッグ・ベアに飛び掛かり、その胴体に鉤爪を叩き込もうとする。

 襲い掛かる鉤爪を、ビッグ・ベアはブレードでがっしりと受け止めた。金属のぶつかり合う大音響が破壊された街の空気をびりびりと震わせる。


「ちっ!本気出してきたってか」


 金切り音の後に激しい火花を散らして、イリイーンはブレードから鉤爪を引いた。





 ヴォルクがフェンリルに切りかかってきた。

 そのスピードと勢いは、さっきとは比較にならない。根元からブレードが折れてしまいそうな凄まじい滅多打ちに気圧されて、フェンリルの足が一歩、また一歩と後退していく。

 人間の肉眼ではとらえられない速さで動くヴォルフのブレードを、フェンリルの人工脳が高速処理して防御する。少しでも集中力が欠ければ、即、敵の刃の餌食だ。


「どうやったら、こいつを倒せる?」


 空から落ちてくる雷の如き(やいば)を、ケイは死に物狂いで打ち払った。





 一直線に切り込んでくるリンクスの右のブレードをするりと躱すと、グラチェフは悲し気に目を瞬せた。


「ああ、ヂェーブシカ、その動きは全く持って美しくないな。右のブレードはもう少し優しく動かしてくれないと、リサーの胸に君を抱き留められないじゃないか」


 残念そうに溜息をつくと、グラチェフは自分に向かって来るリンクスのブレードの切っ先をリサーの爪で弾いた。


「そんな荒っぽい動きで来られると、あなたの美しい白灰色の胴体を綺麗にスライスできなくなってしまうのだよ?」


 弾かれたリンクスのブレードが僅かに上を向いた。間髪を入れずにリサーの爪がリンクスの上半身に襲いかかる。


「もらった」


 リサーの四本の長い爪がスーツの胸を背中まで貫き、パイロットを串刺しにする。その時、生体スーツの中にいるパイロットの肉体は原形を留めていないだろう。

 グラチェフは残酷なイメージを頭に浮かべながら口角を吊り上げて、笑みを浮かべた。

 直後、リサーの前に鋭い白光が一筋の線となって表れた。


「!」


 真ん中からすっぱりと切り取られた四本の爪が地面に落ちた。

 リンクスの左のブレードがリサーの爪を横から薙ぎ払ったのだ。


「なに!」


 グラチェフは驚いた顔でリサーの右手に目を落とすと、すぐにリンクスから距離を取った。

 半分になった右爪を指に仕舞うと、臨戦態勢を取っているリンクスを睨みつけた。


「油断した。お遊びはやめだ。ヂェーブシカ、君を本気で倒しに行くとしよう」


 リサーの左右の腰からバヨネッタナイフを引き抜いた。ナイフを逆手に持つと、グラチェフはリンクス目掛けて力強いステップを踏みながら走り出した。





 (チーゲル)がキキに襲いかかる。爪を叩き付けるような攻撃が、息つく間もなく連続する。

 その荒々しい攻撃を紙一重で躱しながら、ハナは反撃の機会を窺っていた。

 機械兵器はキキより大型で、しかもかなり分厚い装甲で覆われている。ほっそりとしたフォルムのキキとはえらく対照的だ。

 俊敏さではこちらが勝るだろうが、あの太い鉤爪に捕らえられたらスーツの装甲は薄紙のように切り裂かれ、人工神経が切断されるだろう。

 相手はそれを十分理解しているから余裕で突っ込んでくる。


「でもね、それが命取りよ」


 ハナはキキのブレードを下に向けてチーゲルが次の攻撃を繰り出すのを待った。


「ふふん。疲れて動けなくなったか。一気に片を付けてやる」


 スーツのパイロットの体力が弱ってきたのだと勘違いしたチーゲルが、キキの間合いに一気に踏み込んで来た。

 ハナはキキの正面に振り下ろされたチーゲルの鉤爪を小さく横に跳んで躱した。獲物を失ったチーゲルの鉤爪が深く地面に突き刺さる。


「しまった」


 一瞬で体勢が逆転したことに気が付いたアレクセイの表情が凍った。チーゲルは完全に敵スーツに後ろを取られていた。


「もらったわ」


 キキがチーゲルの両足の付け根にブレードを走らせる。

 鉤爪を地面に突き刺したままの姿で、チーゲルは地面に突っ伏した。


三宅乱丈氏の名作「pet」がアニメになっていると今頃になって知りました( ̄▽ ̄;)

すごく嬉しいです。

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