それぞれの戦い・2
天を突き刺すヴォルクのブレードを高速で躱したフェンリルは、機械兵器の次の動きを見切っていた。
まっすぐに伸びた左腕の外側、ヴォルクの背を瞬時に捕らえて、その右肩に牙を深々と食い込ませる。先に右腕のブレードを前足で封じ、直後に左腕のブレードも後ろ足の爪で挟み込んだ。
全体重を掛けて地面に押し倒そうとするフェンリルに抗おうと、ヴォルクは上体に渾身の力を入れた。
倒されたら最後、すぐさま腹を裂かれて狼の餌食になってしまう哀れな鹿のように大地を必死で踏み締めている。
「先手を取ったぞ!さあ、どうする?」
ケイは吠えるように叫ぶと自分の歯をガチガチと鳴らした。
ケイの動きに連動したフェンリルが、ヴォルクの右肩を噛み砕だこうと上下の顎に力を籠める。
「くっ!この!」
バラノフは抑え込まれたヴォルクの左右のブレードを即座に収納した。
両手の指先から四本の長い円錐状の爪を瞬時に生やして、手首を下向きにして大きく捩じる。
爪の一本がフェンリルの顔に届いた。その先端が人工眼を掠り、ケイの瞳に鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
操縦席の中で思わず顔を横に逸らす。自分の頭を掻き毟ろうとするヴォルクの長い爪に気を取られたフェンリルが、後ろ足の力を僅かに弱めた。
その瞬間をヴォルクは見逃さなかった。
動きを取り戻した左腕をすぐさまフェンリルの前足に絡めると、右手の四本の爪を広げた。
爪に足を掴まれる前に、フェンリルはヴォルクから飛び退いて、空中で大きく一回転してから身体を人型に戻して着地した。
「惜しかったな。この爪で奴の足を輪切りにする絶好の機会を逃してしまった」
「くそっ。あと一息で倒せたのに」
ケイは低い唸り声を上げながら、両腕からブレードを出現させた。
互いに攻撃を仕掛けるタイミングを探りながらの睨み合いが続く。
「こいつ…どこにも隙がない」
焦るケイとは対照的に、バラノフは余裕の構えを崩さない。
「随分と動揺している。やはりな。この生体スーツに搭乗しているのは新米パイロットだ。ならば少々時間を置けば、さっきのように隙だらけになる。それに、獣に変身しての攻撃は俺にはもう通用しないぞ」
バラノフはにやりと笑うとヴォルクの左腕を腰の後ろに回し、右腕を前に突き出して指を閉じた。綺麗に揃った四本の爪がフェンリルの顔面に狙いを付ける。
「今度はこちらから仕掛けてやるか」
ヴォルクがすり足で一歩前進した。
「来るか?」
瞬きと同時にケイの目の前に黒い稲妻が落ちた。
「は!」
ケイの反応よりも早く、フェンリルが左右のブレードでヴォルクの右爪を受け止める。
「ふんっ」
バラノフは石火の如く爪を後ろに引くと、フェンシングの突き(トゥシュ)で攻撃を開始した。
「は、速い」
呼吸も出来ない程の突きの連続だ。今、瞬きをすれば、次にケイの瞳に映るのは串刺しになったフェンリルの胸だろう。
攻撃の手段は見つからず、ケイは防御の為にだけフェンリルのブレードを必死で動かした。
「なかなか決まらんな」
拮抗する力に、バラノフは苛立ちを募らせた。
「やはり爪で引き裂いた方が、早く片が付くか」
バラノフはヴォルクの戦闘スタイルを変更した。
閉じていた爪を広げ、両手をフェンリルに突き出して指を動かす。変速的な攻撃となったヴォルクの爪を躱し切れなくなったフェンリルの装甲にいくつもの傷が刻まれる。
「うっ、くそ!」
避け切れなかったヴォルクの爪が、フェンリルの肩を貫いた。甲冑に深く食い込んで、フェンリルの人工神経線維を切断する。
スーツの破損個所がすぐさま痛覚となって同期装置に伝達され、神経線維が苦痛に捩れてケイの身体を締め上げた。
「ぐあっ」
その痛みにケイは思わず悲鳴を上げた。激痛で失神しそうになるのを気力で抑え込む。
だが、スーツの上体が傾いて、それを支える片膝が地面に付くのは止められない。
「よく耐えたな。だが、これで最後だ」
バラノフはヴォルクとフェンリルの間合いを思い切り詰めた。
「横から首を刎ね、それと同時にスーツの腹に爪の先を突き入れて縦に二つに割り裂く!」
ヴォルクの爪が疾風を起こしながらフェンリルに猛攻を掛ける。
「死なない!俺は死なない!」
ケイはかっと目を見開いて、喉の奥から獣の如き咆哮を迸らせた。
水牛と激しくブレードを交えながら、ジャックはガルム2を救出に行くキキの様子を窺った。
キキは対戦相手の攻撃を素早く躱すと綺麗な高速バク転を繰り返してからジャンプして、派手にふらついているガルム2の前に着地した。両手に構えるブレードの型も完璧である。
「さっすが、姐さん。いつ見ても惚れ惚れする身のこなしだぜ…って、ダンの奴、だらしなさ過ぎるぞ!」
キキの対戦相手が二体になっているを見てジャックは慌てた。
「敵が二体はヤバいな。助けに行かなくちゃ」
ガルム1に振り下ろされるブーイヴァルのブレードをさっと避けると、ジャックは敵の攻撃範囲から離れた。
「おいこら!逃げる気か!」
ウラジミールがブーイヴァルのブレードを振り回しながらガルム1を追い回す。
「お前を相手にしている暇はないんだ」
ロシアの迫撃砲とロケット弾で破壊された建物の間を縫うように、ジャックはガルム1を走らせた。
少し広い場所に出たと思ったら、突然、三両の戦車が目の前に現れた。
驚いたジャックが思わずうわっと声を上げる。
驚いたのは向こうも一緒で、ガルム1に砲弾の集中砲火を浴びせてくる。
「おっと」
すぐさま道路に転がって瓦礫の中にガルム1を退避させると、頭上をマッハの速度で砲弾が飛んで行った。直後、すぐ後ろで派手な爆発音が響いた。
「え?」
振り向くと、道の真ん中に立っているロシアの機械兵器の腹から黒い煙が立ち上っている。
ガルム1が回避した砲弾を避け切れなかったらしい。
いくら頑丈な機械兵器でも、これだけの至近距離から戦車砲弾の直撃を食らえば無事では済まない。
案の定、機械兵器は穴の開いた腹を押さえて道路に仰向けにぶっ倒れた。その周りを三両の戦車が右往左往している。
「ロシア戦車め、味方を誤射して大慌てだな」
ジャックはガルム1の背中から機関銃を抜くと、戦車のキャタピラと起動輪に銃弾を浴びせた。
動きを止めた戦車の後ろから戦車が次々と現れる。隊列を組んだ戦車の砲塔を尽く機関銃で撃ち抜いて破壊すると、最後方の戦車が一斉に旋回して撤退していく。
攻撃が止んだのを見計らって、ジャックはダガーに連絡を取った。
「軍曹、聞こえますか?こちらガルム1。ロシア戦車隊を発見、直ちに破壊しました。その最中に、自分と対戦していた機械兵器一体が友軍誤撃により機能不全になりました。近くの戦車は全て破壊しましたが、他の戦車隊が市街に侵攻を始めた模様です!」
「たった今、連邦ビルの屋上から目視で確認した。ロシア大隊はすでに進攻を開始している」
「ビルの屋上?」
ジャックが連邦ビルを見上げると、リンクスが穴の開いたビル壁を素早く降りて行く姿があった。
「奴らはオーストリアの幹線道路からプロシアに侵入するつもりだ。ジャック、運河に残った橋を破壊してロシア軍の進攻を止めろ」
「しかし、キキが敵機械兵器二体から同時攻撃を受けそうです。援護しないと」
「分かった。キキの応援は俺に任せろ」
「…了解です」
ジャックは通信を切ると、背中に機関銃を装着させ、新たにガトリング銃を取り出した。
「ちょっと残念。俺のカッコイイところをハナさんに見せたかったんだけどな」