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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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それぞれの戦い・1


「戦車大隊の司令本部とは連絡は取れたか?」


「重大な任務の為、少将の大隊は現在の場所から一両も動かすことが出来ないとのことです。自分の隊で対処せよと…」


 交信の最中に表情を曇らせていく通信兵の表情を見れば、これ以上の交信は無駄だと分かる。

 想像した通りの返答に「そうか」と一言発すると、ブラウンは己の眉間を指で摘んだ。

 ブラウンの癖を熟知しているダガーならば、どれほど困難な事態が差し迫っているのかと、眉を微かに顰めながら、上官が命令を出すのを静かに待っているだろう。

 だが、今、ブラウンの隣にいるのはマディ・ウレクである。

 ハイネ傭兵団副団長だったフォーローン・ベルト地帯出身の若者がプロシア正規兵となったのは数日しか経っていない。

 マディは怒りの余り、傭兵が使うごろつき言葉で(まく)し立てた。


「えええっ!援軍来ないんですか?ヘーゲルの大将は戦車一両もこっちに回してくれないんですかい?なんちゅうドケチじゃいっ。あのクソ髭ジジイ、俺達を時間稼ぎに使うつもりだな」


「おい、貴様!その物言いはヘーゲルシュタイン少将に対して無礼であろう!」


 マディの暴言に、ヘーゲルシュタイン戦車部隊の兵士が腰の拳銃に手を置いた。白けた顔で兵士の拳銃をウレクが眺めた。その目にはあからさまに侮蔑が浮かんでいる。


「俺はブラウン中佐の直属で、あんたの大将の部下じゃない。だから無礼って言われる筋合いはないんだよ。それも、あんたみたいな雑魚にはな」


「この卑しい傭兵が!貴様の話は屁理屈にもなっていないぞ!」


「止めろ。すぐにロシア軍戦車が来る。喧嘩している場合ではない」


 今にもホルスターから拳銃を引き抜こうとしている兵士をブラウンは制した。


「中佐、二キロ前方に三両編成のロシア戦車隊発見。幹線道路をかなりのスピードで走行しています」


 ブラウン小隊が隠れている森林の窪地から少し離れた針葉樹の上で、ロシア軍の動向を双眼鏡で監視している兵士から無線が入った。


「第一陣が来たか。道路走行だと七、八十キロのスピードだ。ここまで二分とかからないぞ。直ちに戦闘態勢に入れ」


 戦車と装甲車が木々の間から道路へ、ゆっくりと砲口を移動させる。


「一分後には交戦になる。私が合図するまで待て」


 ブラウンは装甲車のモニターに目を凝らしてロシア軍戦車が近づいてくるのを待った。





 太陽を背にして空中に浮かんでいるのは、銀灰色に光る巨大な狼だった。


「変身した、だと!」


 目の前の空を切っていた右のブレードを頭上に振り上げたのと同時に、ヴォルクの右肩に衝撃が走った。

 狼の姿に変身したフェンリルがヴォルクの上半身に爪を立てながら肩にがぶりと噛みついている。狼の鋭く尖った上下の牙がヴォルクの装甲に食い込んで、不気味な音を立て始めた。


「くそっ、甲冑を食い千切る気だな。そうはさせるか」


 大狼を首の根元から叩き切ろうと、バラノフは左腕のブレードを振り上げた。


「死ね!」


 スーツの首にブレードを振り下ろそうにも、ヴォルクの腕は上を向いたまま動かない。


「一体、どうなっている?!」


 フェンリルの胴体にヴォルクの顔面が覆われていて、人工眼には何も映らない。

 頭部後方のセンサーに切り替えて探知できたのは、四つ足になった生体スーツの後ろ足の大きな爪にがっちりと抑え込まれたヴォルクの左腕だった。

 生体スーツにブレードと両腕を封じられ、挙句に機械兵器の頭と上半身に身体を巻き付かせるようにして全体重を掛けてくる。ヴォルクを地面に倒してから爪と牙で攻撃するつもりらしい。


「スーツが獣型になるとは聞いていたが、これほど機敏に動くとは」


 スーツの重みに耐え切れずにヴォルクが地面に伏したらどうなるか。


「俺ごとヴォルクを八つ裂きにするつもりだな。スーツめ、まるで本物の狼のようだ」


 バラノフはヴォルクの両足を踏ん張らせて、仰向けに倒れそうなるのを必死で堪えた。





「さあ、茶と黒のツートンカラーのスーツさん。今度の攻撃は躱せるかな?」


 今にもリサーに飛びかかって来そうなガルム2から後方に飛び退いてから、グラチェフはメインモニターの右端にある音符マークを指で押した。操縦席に激しい協奏曲が大音響で流れ出す。


「ハチャトゥリアンの(つるぎ)の舞だ。私はこの曲が終わるまでに、お前を倒す」


 グラチェフはリサーの両手を胸でクロスしてから白鳥が羽ばたくように動かした。次に横に両腕を伸ばして、片足を軸にくるりと一回転する。


「何だ?あの動きは」

 

 機械兵器の奇妙な動きに、ダンがガルム2の操縦席で首を傾げた。


「グラン・ジュテ・アン・トゥールナン」


 グラチェフはジャンプの名を口ずさみながらガルム2に襲いかかった。

 コンマ一秒で接近されたガルム2の視界が、機械兵器の、のっぺりとした顔で埋め尽くされる。


「わっ」


 一瞬で間合いを詰められて、ダンは驚愕に目を剥いた。

 目にも止まらぬ速さで迫り来る機械兵器の爪を感知したガルム2がブレードを振り上げる。


「はっ」


 ダンはロシア機械兵器の攻撃をブレードで受け止めた。受け止めたつもりだった。自分の腕に激痛が走るまでは。気が付けばガルム2のブレードが防いでいたあのはリサーの一本の爪だけで、残りの三本の爪先が手首に突き刺さっていた。


「ぐあっ」


 ガルム2の()(わん)が、手首から肩まで一気に引き裂かれた。傷は深く、人工神経まで達している。


「どうだね、バレエの動線から編み出した私の攻撃は。無駄のない美しい動きだろう?」


 あまりの痛みに、操縦席で自分の腕を押さえて呻くダンの動作に連動したガルム2が、ふらつきながら腕に手をやった。体勢が崩れて隙だらけになったガルム2に、リサーの爪が見慈悲に襲い掛かる。

 二枚のブレードで防御しようにも相手の動きの方が早かった。細く長く深い傷が、縦横斜めとガルム2の機体に刻み付けられていく。


「どうした?最初の一撃が効いて、手も足も出なくなったか」


 グラチェフがここぞとばかりに八本の大爪で、スーツの装甲を切り刻む。

 全身の痛みに意識が朦朧としてきたのか、ガルム2は攻撃されるがままになっていた。


「ダン!!」


 太くて長い鉤爪を出現させたチーゲルと戦っていたハナはその攻撃から身を躱すと、キキに高速バク転を連続させた。

 今にも地面に崩れ落ちそうなガルム2の前に立つと、リサーにブレード切っ先を向けた。


「ダン、大丈夫なの!生きていたら返事しなさい!」


「うう…ハナさん、大丈夫です。俺、生きてます」


 弱々しいダンの声にハナは舌打ちしながらガルム2を見た。

 黒い甲冑が鋭く抉られ、奥まで達している。ガルム2の神経が深手を負っているのが分かった。

 痛みを感知したスーツの人工神経線維に全身を締め付けられたダンは、立っているのがやっとの状態だろう。


「今のところはね。でも、これ以上の攻撃を食らったらまずいことになるわ。私がこの機械兵器を引き付けているうちに早く体勢を立て直しなさい。ガルム2はまだ動けるかしら?」


「う、動きます」


 ダンは激痛に耐えながらガルム2を動かした。


「けど、こいつ、さっきとは大違いの凄い技を繰り出してくる。ハナさん、まともに戦って勝てる相手じゃないですよ!」


「そうね。今のガルム2の状態では、まともに戦える相手じゃない」


 ハナはガルム2の震える脚に視線を走らせながら言った。


「心配しないで。キキはアメリカ軍の要塞で機械兵器を十体以上倒している。戦闘経験値はガルム2より上よ。ダン、あんたがこいつの攻撃を受けない所まで退避するのが先だわ。早く行きなさい!」


 ガルム2を逃したハナは、キキの腰を僅かに落とすとブレードの切っ先をリサーに向けた。


「次はお前が戦ってくれるのか」


 臨戦態勢に入ったキキを、グラチェフが興味深げに眺め回した。


「おお!純白な薄絹のドレスから零れ落ちた乙女の乳房のような乳白色。一糸纏わぬ女体のような滑らかなフォルム。何と美しいスーツだ(クラスィーヴィ)!死の舞踏を共にする相手(プリマドンナ)として申し分ない」

 

 胸に恋人を抱き込もうとするようにキキに向かってリサーの両腕を広げたグラチェフに、アレクセイが体当たりを食らわした。


「イヴァン!俺の獲物を横取りするのは許さんぞ!」


「何を言っている、ゴルスキー。彼女はね、毛深い筋肉大男の君よりも、貴族の尊厳と高貴な美しさを合わせ持つ私を、戦いの相手にと選んでくれたのだよ。横取りなんてとんでもない」


「はあ?機械兵器の見てくれは全部一緒だろうが!」


 ゴルスキーは真っ赤になってグラチェフを怒鳴りつけた。


「彼女だと?スーツまで女に見えるのかよ。この、女たらしのナルシストが!」


「そんなにがみがみ怒鳴らないでくれ。イヤホンを通じて耳に唾が飛んできそうだ」


 グラチェフは柳眉を下げて顔を顰めた。


「アリョーシュカ、戦車の生まれ変わりのような君だって、美しいご婦人には興味があるだろう?」


「一緒にするな。お前の女好きは病的だ。それから俺を愛称で呼ぶんじゃねえ。気持ちわりぃ」


 吐き捨てるようなゴルスキーの口調に、グラチェフが残念そうに肩を竦める。


「困った人だなあ。まあ、君の嫉妬心塗(まみ)れの言葉をぶつけられるのは嫌いじゃない。いいや、その歪んだ愛情にはかなりそそられるものがある」


「こ、この、マゾの両刀使いのドヘンタイがぁぁっ!」


 イヤホンから溢れ出すゴルスキーの聞くに堪えない罵詈雑言を、グラチェフは楽しそうに聞いていた。


「残念だが、君と喧嘩している暇はなくなったようだ」


 瓦礫の間をものすごい勢いで飛び跳ねながら急接近してくる一体のスーツに、グラチェフは戦闘態勢を取った。


「アリョーシュカ、乳白色の子は君に返すよ。私はこちらに向かって来る白灰色のスーツを倒す」


 リサーの両爪をカチカチと鳴らしながら、グラチェフは白灰色のスーツ、リンクスが自分の間合いに入ってくるのを、胸を躍らせながら待っている。


「白灰色スーツのお嬢さん(ヂェーブシカ)。さあ、私のもとにおいで。君が死ぬまで、一緒に踊ろう」


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