ゼロ・ドック ※
眩しい。
白く輝く強い光に全身を照らされて、ケイは反射的に手の甲で両目を覆った。
徐々に目が慣れてくる。ケイは上下左右をぐるりと見渡した。柱一つもない大きな空間は、天井が抜けているといっても過言ではないくらい高かった。
空間は巨大な衝立で迷路のように仕切られている。そうやって通路と壁を作り、部屋として独立させているようだ。強い白光は、衝立から発せられている。
(衝立が電灯の代わりに光るって、一体どんな仕組みになっているんだ?)
ケイは恐る恐る触ってみた。四本の指先は、何の抵抗もなく滑らかに衝立を這った。
(全然、熱くない。光っているのに、冷たい)
「有機蛍光複層パネルだ。僅かな太陽エネルギーで壁一面の電力を賄っている。何でも、海底で光る深海生物の遺伝子を応用して作られているらしい」
「しんかいせいぶつの、いでんし?」
「そうだ。最先端の遺伝子工学を駆使して作られたパネルだ。半永久的に発電するマイクロチップが内蔵されている。太陽がある限り、この衝立は光り続けているって訳だ」
ケイがきょとんとした顔で首を捻っているのを見て、ダンは肩を竦めて鼻で笑った。
「ま、説明しても、お前には分からないだろうが」
「君が、ケイ・コストナーか?」
賑やかなハスキー声と一緒に、何者かが衝立の脇からするりと姿を現した。
背の高いボサボサ髪で、軍服に白衣を纏った人物が、大股でケイに近寄って来た。ぐりぐりとした黒い瞳でケイを頭の天辺から足先まで無遠慮に見回してから、ようやくケイの目と焦点を合わせた。
薄くて柔らかそうな肌や、顎と鼻梁が意外と繊細な造りなのを見て取って、ケイは自分の顔を覗き込んでいる人物が、女だというのに気が付いた。
「そっかぁ、君かぁ…。意外と華奢なんだね。失礼、もっとがっしりとした大男を勝手に想像していたもんで。ブラウン大尉から届いた資料は、全部目を通してあるからね。さあ、早くこっちに来て!」
さっきの衝立の奥へと身を翻す女に、ダンが慌てて声を掛ける。
「ちょっと待ってください!ブラウン大尉の許可無しに、こいつを勝手に連れて行かれちゃ、困ります」
「そうだ、コストナー。自己紹介を忘れていたな」
女は足を止めて、後ろを向いたまま、ぼんやりと立っているケイに言い放った。
「私はミニシャ・ボリス。ブラウン大尉の統括する研究室の室長だ。私は基本医学者だが、軍人でもある。階級は少尉だ。そこのアホガキが私に向かって何かほざいているみたいだが、私は大尉から君たちの全てを任されている。つまり私は君たちの上官と言っても過言ではない。だよな?コックス二等兵。さて、何か質問はあるか?」
ミニシャの低音の嗄れ声が辺りに響いた。
仁王立ちした白衣の後ろ姿が威圧感を感じさせる。均整の取れた引き締まった身体は、軍人と言われれば納得がいく。
「何もありません!!」
ケイとビルは直立不動で、同時に答えた。
「了解したなら、私に付いて来い」
ミニシャが命令した。白衣を翻して大股で歩いていく。
「了解しましたぁぁ!」
ミニシャの後ろ姿に敬礼してから、二人は闊歩するミニシャの後から粛々と歩を進めた。
ケイは、ぱたりと口を閉じて静かになったダンを横目で見た。
「何だよ。言いたいことがあるなら言えよ」
顔を赤らめたダンが、ケイを睨んで小声で凄んで見せた。滑稽なくらい威嚇になっていない。
こいつには、言いたいことは言ってやろう。ケイは決心した。
「ダン二等兵って、人を怒らせるのがホント、上手だなと思って」
ひそひそ声で、だけどケイははっきりと返した。
「このっ!」
頭にきたのか、ダンは歯を剥き出して殴りかかるポーズを取ってから、すぐに腕を下に降ろした。
「自分でも余計な事を言っちまったと思っている。巻き添えにして悪かったな」
口は悪いけど、嫌な奴じゃないの。ケイはエマの言葉を思い出した。ダンに素直に謝られて、胸の奥がむず痒い。
「ここだ」
白い廊下の何処をどう通ったのか、衝立が壁となって通路を遮る場所に出た。
ミニシャが行き止まりになっている衝立に手首を翳すと、それは音も無く横にスライドした。
「ゼロ・ドックだ。ここには共和国連邦軍の最先端技術が詰まっている。ヤガタの心臓だよ」
「え…これ、何ですか?」
ケイは首を痛いほど上に向けて息を飲んだた。自分の目に映る物体に圧倒され、その場から動けなくなった。
「何に見える?コストナー君」
壁を背にして一列に並んだ異形のものを誇らしげに見つめながら、ミニシャがケイに聞き返す。頭部、胴体、二本の手足と、体形は人間のそれと同じだ。
「中世の騎士が着ていた甲冑みたいに、見えます。でも…」
言ってはみたものの、随分巨大だ。
右端から体高が七メートル級の甲冑が三体並んでいる。滑らかなラインで覆われたボディが、ミルクホワイトに輝いている。
その隣には、最初のものよりも一回り大きなものが、また三体。黒の単色、茶と黒のツートンカラー、白灰色と、どれも八メートル以上はありそうな雄々しき姿の甲冑だ。列の最後には、こげ茶色の一番巨大で厳つい体形の甲冑が、どっしりと直立していた。その一体だけが、隣の八メートル級の甲冑より頭一つ高い。ゆうに十メートルはあるだろう。
全ての甲冑は、背中から伸びた多種多様なチューブで、様々な機械に繋がれていた。
「そう。これは甲冑みたいなものだ。だけど、大昔の甲冑のように、ただ鉄を伸ばして作った代物ではないし、中も空っぽではないよ」
すっと息を吸い込むと、ミニシャは機関銃のように喋り出した。
「最先端の生体力学を応用して設計された、肉食系哺乳類型生命体パワードスーツだ。長ったらしい名称だから、我々開発者は略して生体スーツと呼んでいる。ボディは植物繊維と鉱物、炭素繊維、その他特殊な分子構造の素材をナノレベルで縒り合わせて作られている。地球上のどんな金属よりも薄く、柔軟性に富み、強度がある。そして熱にもすごく強い」
ぽかんと口を開いたまま、ケイの首が段々傾いでいく。その困惑した表情を目の当たりにして、ミニシャはようやく口を噤んだ。
「専門用語で突然説明されたって、訳、分かんないよね?」
「はい、少尉!まるで、魔法の呪文を聞いているみたいです!」
ケイは仰天した顔のまま、ミニシャに頷いた。
「君、面白い事を言うね。大昔に偉い学者さんが残した言葉を思い出したよ。ハイテクノロジーは魔術と一緒だって」
ミニシャは片頬だけを思い切り引き上げた。笑ってるのだろうが、変な顔だ。
「このスーツ一体で、一個中隊以上の攻撃能力がある」
「これ一体で、そんなパワーがあるんですか!」
ケイは目を見開いて、ミニシャが撫でる甲冑を凝視した。
「そうだ。スーツは自動では動かない。この中にパイロットの兵士が入って操縦するんだ。パイロットの
脳波をスーツに内蔵してあるナノチップコンピュータに繋いで、ボディの内側の複雑な人工筋繊維を動かして、この生体スーツを作動させる。
もう一つ。ナノチップは、スーツの運動神経を支配している人工脳に組み込まれている。人工脳とは、戦闘能力の高い動物の脳から取り出された脳神経を人工タンパクの塊に網状に張り巡らせて増殖させ作られたものだ。その生体スーツの人工脳とパイロットの脳が上手く同期すると、超人的な反射神経とスピードが出せる」
「それって…」
またしても難解な言葉の連打だ。ミニシャが何を言っているのか、まるで分からない。ケイは助けを求めるようにダンの方を見た。
「誰も見たことのない最先端の人型装着兵器だ」
ダンが恐ろしく真剣な顔で簡潔に言った。
「俺たちはこのスーツを纏って戦場で戦うために、長い時間、特殊訓練を重ねて来た。だけど、お前は」
「そう、それでなんだけどね」
ミニシャがダンの口を掌で塞ぐように抑えてから、ケイに向き直った。
「ここにあるスーツは七体。我らが最強のダガー隊が装着する為に、開発されたスーツなんだ。で、試しに、君の脳波を検査してみたんだが、すんごくラッキーな事に、あと一体あるスーツの人工脳との同期率が、ヤガタにいる兵士の誰よりも高い。それでね、コストナー新兵、君をコックス二等兵にこの地下研究室に連れて来てもらったんだ。君に、その生体スーツを着て欲しくてね!」
ダンは自分の口を塞いでいるミニシャの手を毟り取って、驚愕した声を出した。
「ボリス少尉!こいつに、気狂いウルフを装着させるつもりですか!!」
「え?きぐるい…何?」
きょとんとした表情で、ケイはダンに聞き返した。
「ねえ、ダン。今、何て言った?」
「あーっ!何でもない!このバカの言葉は気にしないように」
ミニシャはダンの頭に思いっ切り拳骨を食らわせてから、慌てた様に口の両端を引き上げた。眉間に縦皺を三本も寄せて、さっきよりも変な笑い方になっている。
「俺が、生体スーツを着る、ん、ですか?」
意味不明だ。一体どうしたら、そんな展開になるんだ?
「だけど俺、一年間の基礎訓練を受けただけの新兵ですよ?特殊訓練なんて齧ったこともないし。そんなんで、大丈夫なんですか?」
「その生体スーツは、今まで三人の兵士が装着している。スーツの人工脳は運動機能を司るだけの単純なものではない。記憶学習する大脳皮質の機能も備わっていてね、彼らが敵と戦った時の事を全部体感で覚えているんだ。兵士が中に入れば脳と脳が同期して、自動的に敵と戦闘モードに入る」
実戦で満足に自動小銃も撃ったことがない俺が、こんな最先端の戦闘スーツを着て戦える訳がない。そんなの無理に決まってる!そう怒鳴りたいのを堪えて、ケイはなお食い下がった。
「だけど、俺みたいな新兵よりも、もっと適任者がいる筈です!」
「だけど、だけどって、うるさいな!お前兵士だろ?スーツを着るのがそんなに怖いのか?!」
ミニシャが怖い顔をしてケイを睨みつけた。見透かされたようで心臓の鼓動が早くなる。
「ち、違います!怖いんじゃなくて、そ、その…俺みたいな戦闘経験のない新米兵が、こんな最新兵器の生体スーツを装着して敵とまともに戦えるのかと、そう思って…」
突然ミニシャは両手でケイの胸ぐらを掴んだ。女とは思えない腕力でケイを持ち上げて、つま先立ちになったケイの身体を思い切り揺さぶった。