優秀な部下
「こいつ、さっきよりも動きが早くなっている」
ケイはフェンリルに迫ってくるヴォルクのブレードを弾くと、後ろに素早くジャンプした。
その数秒間にフェンリルの人工脳にヴォルクの攻撃動作を分析させる。フェンリルの過去の戦闘体験の中には有効な攻撃方法がないとの答えに、ケイは唇を噛んだ。
「ロシア軍機械兵器の攻撃動作が複雑過ぎて、フェンリルでも攻撃パターンが掴めないってわけか」
ならば己の勘とフェンリルの戦闘本能に任せるしかない。
ケイはフェンリルのブレードを構え直すと、ヴォルクの隙を窺いながらフェンリルを右に寄せた。
「右から攻撃をかけるつもりか」
バラノフはフェンリルの動きに合わせるようにヴォルクを移動させていく。
「くそ、こっちの動きを完全に読まれている」
間合いを詰めようにも全く隙が無い。そしてロシアの機械兵器は、フェンリルが接近するのを今か今かと待ち構えている。
「こちらから動けば相手の思うつぼか?でも」
このまま睨み合が続けば戦闘経験の浅いケイが不利だ。
時間が経つに連れ、フェンリルにあちこちに隙が生まれてしまう。
「やはりこっちから先制攻撃をかけるしかないか…」
ケイは鉄壁の構えで立っているヴォルクを凝視しながらフェンリルの足を一歩前に動かした。
「来るか?」
バラノフはかっと目を見開いてフェンリルを睨み付けた。
「どうした、灰色スーツ。俺に早く戦いを仕掛けて来い。怯えているのか?いや違うな、俺の隙を窺っているだけだ。だがそろそろ限界だろう。ならばほら、お前が向かって来やすいようにヴォルクの“隙”を与えてやろう」
ヴォルクのブレードがふわふわと揺れて外側に流れた。
「今だ!」
ヴォルクが見せた隙にケイはフェンリルの両足を素早く屈伸させると、全力で突進し、正面からヴォルクに切り掛かった。
「掛かったな」
バラノフはヴォルクの両方のブレードを十字を切るように激しくスライドさせた。
ブレードの切っ先が生体スーツを捕らえた。
ヴォルクのブレードが生体スーツの胸を大きく抉って操縦席まで達するまで、三秒とかからないだろう。
バラノフの一撃必殺の技に、アメリカ軍海兵隊の猛者、マクドナルドを倒したという灰色のスーツは、地面に伏したまま動きを永遠に止めるのだ。
「きさまもこれで終わりだ!」
ヴォルクのブレードから感触が消えた。フェンリルの胸に突き刺した筈のブレードが空を切っている。
「消えた、だと?まさか。どこに行った!!」
バラノフは状況を把握しようと、見開いた目でレーダーを睨み付けた。
ヴォルクのレーダーが想定外の場所に敵影を感知する。バラノフが呆気にとられた表情で、ヴォルクの顔を空に向けた。
機械兵器のセンサー眼に映ったのは、空中から巨大な爪と牙で襲いかかってくる巨大な銀灰色の狼だった。
ブラウンは双眼鏡を目に当てて、ウィーンに向けた。時間を追うごとに街から立ち昇る煙が大きくなっている。
「軍曹。状況を報告できるか」
少し時間を置いてから、ブラウンのイヤホンにダガーの声が入った。
「こちらダガー。只今チームα隊はロシアの機械兵器六体と交戦中。なかなか手強い奴らです」
ダガーの言葉に、ブラウンは眉を顰めた。ダガーが戦っている相手を手強いと評するのは稀である。だからそれは、かなりの強敵ということになる。
「援軍を出すか?」
「機械兵器は我々でなんとかします。それよりも、橋を破壊していたプロシア機械歩兵隊がロシア軍から砲撃を受けて全滅してしまいました。我が隊も機械兵器との戦闘で橋を破壊する余裕がありませんでした。ドナウ運河には戦車が通過できる橋が残っています」
そこでぷつりと会話が切れた。
「ヴァリル!どうした!」
ブラウンが息せき切ってダガーに呼びかける。
「すいません、中佐。敵の攻撃を躱していて、すぐに応答できませんでした」
三十秒程経過してから、ブラウンのイヤホンにダガーの声が戻って来た。ブラウンは安堵に胸を撫で下ろした。
「すまん。会話している場合じゃないな」
「いえ、たった今、敵の攻撃範囲からリンクスを回避させたので、通信が連続で可能になりました。出来る限り状況を報告します」
リンクスはロシア軍のミサイルによって穴だらけにされたプロシア軍の高層ビルの屋上にいた。
ブラウンとの交信を継続しようと、ダガーはリンクスに向かって機械兵器が振り回していたバヨネットナイフを力任せにもぎ取ると、機械兵器の掌に突き刺した。
手の甲を貫いたナイフの刃を連邦ビルのコンクリートの壁にナイフの柄の根元まで深々と穿つ。
もがく機械兵器の腰からもう一本のナイフを引き抜くと、もう片方の手にも突き刺してコンクリートに串刺しにする。
完全に動きを封じた機械兵器の頭を踏み台にしてジャンプしてから、リンクスは穴だらけの連邦ビルに駆け上がった。
ロシア軍の攻撃を受けて残骸となった連邦ビルだが、さすがに軍が建設しただけのことはあって基礎は恐ろしく頑丈だ。
全長が八メートルある生体スーツが登っても崩れ落ちることはなかった。
ダガーはリンクスの人工眼を使って連邦ビルの屋上から破壊され尽くしたオーストリア市街を一望した。
まず最初に、ドナウ運河の橋を一列になって戦車が渡っていくのが視野に入った。
中心街に侵入した戦車に人工眼を移動させる。大通りだけではなく、戦車が通れる幅のあらゆる道へと散開しながら走行しているのが映し出された。
「これは…」
ダガーは険しい表情になりながら、目にした状況をブラウンに報告を始めた。
「中佐、ロシア軍の戦車隊は、残存している橋を使ってオーストリアの中心街に侵入を始めています。戦車は三両編隊であらゆる道に散開している。ロシア軍はオーストリアを横断してプロシア本土まで進攻する可能性がります」
ダガーの報告を聞いてブラウンの表情がより険しくなるのを、マディが隣で眉を顰めながら凝視していた。
「ダガー、機械兵器と交戦中のチームαが戦車隊を殲滅させるのは可能か?」
少し間をおいてから、ダガーが返答した。
「不可能ではありませんが…今の戦闘状況を打破してからでないと」
「そうか。分かった」
生体スーツとロシア機械兵器は同数。恐らく、一対一で戦っている。
「戦車隊は我々が喰い止める。ダガー、機械兵器の進攻は絶対阻止で挑め。チームαの健闘を祈る」
励ましの言葉でブラウンはイヤホンの通信を切ったが、ダガーの口調が気になった。苦戦を強いられているのは間違いない。
「ロシア機械兵器はアメリカ軍のものよりも戦闘能力が高いようだ。ダガー隊は戦車を破壊するまでには至っていない」
ブラウンはマディに手短に状況を説明した。
「だとしたら、奴ら、このノイバウまですぐに来ちまいますよ。俺達の部隊じゃ数が少な過ぎて太刀打ちできませんぜ」
「そうだな。やはりここは少将閣下に応援を頼むしかないだろう」
ブラウンは無線通信用のマイクを手に持った。
「少将閣下。ブラウン中佐から援軍要請が届いております」
ブラウンからの無線を傍受した通信兵が、自分の後ろに座っているヘーゲルシュタインに顔を向けた。
厳つい顔のヘーゲルシュタインに睥睨されて、二十歳そこそこの若い通信兵は途端に緊張した面持ちになる。
「そうか。だが、我が隊から中佐の部隊に回せる戦車はない。自力で対処せよと伝えろ」
ヘーゲルシュタインの命令に通信兵は困惑した表情になった。
「ですが、中佐によりますと全ての生体スーツはロシア軍機械兵器と交戦中で、市街に侵入してくる敵戦車を破壊するには手が回らないそうです」
「……」
返事をしないヘーゲルシュタインに、通信兵が言い募った。
「ロシア軍の戦車大隊が破壊されたオーストリア市街を抜けるようにしてプロシア本土へと進攻中とのことです。閣下、ブラウン中佐の一個分隊だけでは、敵の進攻を阻止できません。それどころか、ブラウン隊が全滅してしまいます!」
通信兵の悲痛な叫びに、他の兵士が任務の手を止めてヘーゲルシュタインを見つめる。
自分に向いた兵士の顔を見渡したヘーゲルシュタインは、心の中で舌打ちをした。兵士全員が狼狽えた表情をしていたからだ。
「構わん。我々の使命は別にある!」
雷鳴の如き声が、戦闘車両に響き渡った。
部下に怒声を浴びせてから、鬼のように見開いた両眼で通信兵をぎろりと睨み付けた。そのあまりの迫力に通信兵は身を硬く縮めて口を噤んだ。
「皆、よく聞け!ブラウン中佐はプロシア軍一の切れ者である。戦域で幾度となく窮地を切り抜けてきたあの男が、これくらいのことで音を上げるわけがない」
司令官の言葉に深く頷いた兵士達が、止めていた己の作業に専念し始めた。
(お前の名を呼べば、怯えた兵士の士気が一瞬で鼓舞する。大したものよ、ウェルク・ブラウン)
落ち着きを取り戻した装甲車内を見渡しながら、ヘーゲルシュタインは自分の席に腰を下ろした。大きく組んだ足に肘を置くと、顎を手ですっぽりと包み込む。
(それが多少目障りになってきたのも否めないのだがな)
誰からも見えぬように長い指を広げて口を覆うと、ヘーゲルシュタインはひっそりと微笑んだ。
2020年になって早くも八日が過ぎました。
松の内も終わっちゃってるので、挨拶どうしようかな。あ、そうだ。
新年開けましたー! おめでとうございましたー!
ぎゃー、ミカンを投げないで!
新年早々、世界が何だかきな臭くなってきている…。オリンピック開催大丈夫かなぁって、まず先に自分の心配でしょ?あなた、このお話エタらせないでちゃんと書き上げるのよ!
…と、自分自身を叱咤する声がどこからか聞こえてくるので、へへへっ、プロットは出来ているから大丈夫だぜ~と返す今日この頃です。(幻聴か?そりゃあぶねえ。笑)
そんなこんなで今年も宜しくお願いしますです。<(_ _)>