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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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同じ武器


 ケイの叫びにフェンリルが反応した。

 フェンリルは尖った鼻を下に向けて毛深い額をケイの額に押し付けた。

 あまりに近過ぎて、瞳と瞳とがくっ付きそうだ。

 フェンリルの漆黒の瞳孔とそれを彩る黄色い虹彩でケイの視野が埋め尽くされる。

 突然、ケイの眼を金色の光が貫いた。


「あっ!」


 眩しさのあまり、ケイは両目を硬く瞑った。

 目から飛び込んだ光が身体の隅々を稲妻の如く駆け巡っていく。

 耳の奥でキン、と甲高い金属音が響いた。

 同時に、左腕が強い力に襲われる。

 閃光の衝撃が去り目を開けた。

 ケイが装着しているヘルメットのモニターに、ロシア機械兵器のバヨネットナイフを左のブレードでしっかりと受け止め防御している映像が飛び込んでくる。


「ほう。俺の一撃を受け止めたか」


 バラノフはフェンリルのブレードに己のナイフを絡めたまま、右のナイフをその喉元に(ひらめ)かせた。

 バラノフが手ごたえを感じる前に、ヴォルクの右手からナイフが弾かれていた。


「なに?!」


 驚くより早くバラノフの身体が反応した。ヴォルクがすぐさま連動し、ブレードで攻撃を受ける前にフェンリルから飛び退(すさ)る。

 間合いを取ると、臨戦態勢のフェンリルを睨み付けた。


「先程とは全く別のスーツを相手にしているようだ。窮地に至って、本領を発揮し始めたというわけか」


 バラノフは片方だけになったナイフを鞘に仕舞い、両腕を頭の上でクロスさせてから左右に払った。

 機械兵器の腕が光ると同時に、二本のブレードが出現する。


「ブレードを出した?!あの仕様は生体スーツと殆んど同じじゃないか!」


 動きの止まったフェンリルに向かって、バラノフはブレードをゆっくりと構えた。


「マクドナルド隊の敗因は長剣(ミーチ)にある。人間同士の戦いなら剣が長いに越したことはないが、我らは機械兵器のパイロットだ。生身で戦うのとはわけが違う」


 生体スーツは人工脳、機械兵器は機械知能というツールをパイロットが使用して、敵の動作を瞬時に計算し攻撃する。

 長剣の場合、敵に叩き込む時、その長さがコンマ一秒にも満たない僅かな時間と空間を作った。

 スーツに接近されて超至近距離での攻撃を封じられ、防御空間を完全に消失したことが、マクドナルド達の命取りになったというわけだ。


「動物の神経線維を基に作られた生体スーツも機械との複合体だ。我らの機械兵器の構造と大きく変わることはない」


 と、いう事は。


「同じ武器で戦えば、利はこちらにある」


 バラノフは左右のブレードの先をフェンリルに向けて、機械兵器の全身を、ゆらりゆらりと動かし始めた。その動きは恐ろしく柔軟で、踊っているようにも見える。





「ねえ、見て!少佐が本気を出して灰色スーツと戦うよ!」


 (メドヴェージ)の機械兵器を操縦する少年アーチャが歓声を上げた。

 両手にはヴォルクと同じブレードが生え、ビッグ・ベアのブレードと十字を切る形で向かい合っていた。

 イリイーンから先制攻撃を受け、左右から半円を描く敵のブレードを己のブレードで受け止めたのは十秒前。

 刃と刃の力が拮抗したまま動きがない。


「何だこいつ!ビッグ・ベアより小さいくせに、大した怪力だ」


 ビルは自分のブレードを押すことも引くことも出来ずに、合わせた刃に全身の力を込めて立っていた。

 ビッグ・ベアと顔を合わせていた機械兵器(メドヴェージ)がちらりとフェンリルを見る。

 相手のブレードから力が抜けたのが分かった時には、メドヴェージはビッグ・ベアからかなりの距離を取っていた。


「おい、ガキ!何やってる!遊んでいないで早く焦げ茶をぶった切っちまえ!」


 キキとブレードで切り合っている(チーゲル)のゴルスキーが声を荒げる。


「え~やだぁ。ちょっと休憩する。だって僕、少佐の戦闘シーン見たいんだもん」


 操縦席でふくれっ面をするイリイーンに、(リサー)のグラチェフが優しくたしなめた。


「だめですよ、アーチャ。我が儘言っていると、後でエゴールに叱られますよ」


 穏やかな言葉とは正反対の激しいブレード使いで、グラチェフはガルム2を追い詰めていた。


「はあ~い、分かったよ。戦闘に戻りまーす」


 間延びした返事の直後、メドヴェージはビッグ・ベアに高速接近して、再びブレードを叩き込むように振り回し始めた。





「くそっ、こいつらアメリカ軍の機械兵器より数倍強いぞ!」


 リサーとブレードを交えているダンが叫んだ。

 厳つい体型の機械兵器が、軽業師のようなステップを踏みながら、ガルム2の脳天をかち割ろうと左右のブレードを頭上から振り下ろしてくる。

 ガルム2はリサーの攻撃を防御するのに精一杯で、攻撃に転じることが出来ない。

 カバーンとブレードを激しく交えているダガーが、ダンの苦しい声に応答した。


「確かに奴らの動きはアメリカ軍のものとは全く違う。スーツの戦闘経験値が全く生かせない。だがな、ダン。ガルム2は敵の攻撃を全て防御出来ている。ガルム2は奴の剣筋を学習しているんだ。あと少しで反撃に出られるぞ」


「軍曹の言う通りだ。俺も奴の剣筋が見えてきたぞ!」


 ジャックが叫びながら、ガルム1に切りかかってきた機械兵器、水牛(ブーイヴァル)のブレードを弾いた。

 両手が浮き上がって露わになった敵の脇腹目掛けてブレードを高速でスイングさせる。

 上体を横に倒してガルム1のブレードを回避しようとするブーイヴァルの甲冑の一部が切り取られて、回転しながら空中に舞った。


「そうよ、ダン。もう少しよ。私はこいつの動きを捕らえたわ」


 (チーゲル)から連続攻撃を受けるだけだったキキが反撃に出た。

 襲い掛かかってくる敵のブレードを高速で躱してから、キキはブレードを右側から高速でスライドさせた。それを左腕で受け止めた機械兵器が一瞬だけ動きを停止させる。

 チーゲルが繰り出した右ブレードをキキの左ブレードが弾いた。

 その直後、チーゲルの脇腹を防護するナノグラスファイバーの甲冑が切り裂かれた。


「このチビ、俺の動きを見切りやがった!」


 チーゲルの機械知能が捕捉出来ない程のキキの俊敏な動きに、アレクセイが唖然とする。


「ハナさんカッコイイ!ガルム2、俺達も頑張ろうぜ」


 ダンの励ましがガルム2に届いたようだ。

 防御だけだったガルム2がリサーに反撃を開始した。ブレードで胸を切り裂かれそうになったリサーが、ガルム2から距離を取る。


「なるほど。この黒茶色スーツも、リサーの動きを学習分析したようですね」


「ヴィーニャ!僕と戦っている焦げ茶色の大型スーツも、メドヴェージの動きを読み始めたよぅ」


 少年の焦り出した声がグラチェフのイヤホンに響いた。

 アルトゥールと戦っている大型スーツに目をやると、確かにメドヴェージの攻撃が徐々に封じられている。


「アーチャ、生体スーツにブレードの攻撃動作(アタック・パターン)を読まれてしまいましたね。ならば、別の武器と技で戦えばいい」


 グラチェフは機械兵器の腕にブレードを仕舞うと指を広げた。

 十本の指がしゅんと音を立てて伸びると、先端が鋭く尖った円錐状の爪となった。


「さあ、この爪で、スーツをばらばらに切り刻んでやりましょう」





 空気を切り裂く音と共に、フェンリルとヴォルク、互いのブレードが舞い踊る。

 目前の敵の腕、胸、腹、そして首。そのどこかに(やいば)を突き刺し、叩き込み、切り刻もうとするが、装甲の表面に僅かな傷を付けるだけで致命傷には至らない。


「これが戦域の守護神と噂された兵器、生体スーツの威力か」


 押しては引き、引いては突き出す己の剣の技が尽く()なされることに、バラノフは驚きを隠せなかった。それと同時に全身の血が(たぎ)り、興奮に胸が震えてくる。

 シベリアの開拓民だった両親が死んで孤児となり、ロシア軍に入隊したのが十四の時。

 二十歳の時に精鋭部隊所属となって、初めて少尉の階級を与えられた。特殊任務部隊の少佐となったのは二年前だ。

 十六年間の軍人生活で、これほど歓喜を覚える戦いなど未だかつて経験したことがない。


「ふふふ。いい…いいぞ!相手に不足はないとは、このことだ!」


 ヴォルクのあらゆる機能を駆使しながら、バラノフはフェンリルに襲い掛かった。


年末なので早めにアップしました。

連載を開始してから一年半近くが経ちました。物語も三分の二程、過ぎたところです。

読んで下さっている読者様の方、ありがとうございます。

来年は8日から再開の予定です。宜しくお願いします。

良いお年をお過ごし下さい。

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