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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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獲物


「わあ。アーリャも、ゴーシュも楽しそう。少佐、次は僕が行くね」


 少年の無邪気な声と共に、戦車の開けた道を(メドヴェージ)の機械兵器が走り出した。


「それでは、私はアーチャの後に」


 熊に続いて(リサー)が軽やかな足取りで後を追う。ウラジミールの水牛(ブーイヴァル)のとバラノフの(ヴォルク)が残された。


「しんがりは俺が務めますか?」


「いや、俺だ。ヴォーリャ、お前が先に行け。それから、あそこにいる灰色のスーツは俺が仕留めるから残しておくように」


 バラノフはフェンリルに向けて自分の機械兵器の顎をしゃくった。


「え?あの、ぼけっと突っ立っている奴ですか?いいんですかい、あんなのが相手じゃ物足りんでしょう」


「構わんさ。お前は黒のスーツと戦えばいい。あれはなかなか俊敏そうだぞ」


「じゃあそうさせて貰います。では少佐、お先に失礼」


 地響きを立てて水牛が走り出した。橋向こうから機関銃を撃っている黒いスーツに接近すると、両腿の脇からバヨネットナイフを引き抜いて斬撃を開始した。

 猪は白灰色、虎は白、狐は茶と黒のツートンカラー、熊は焦げ茶色で、水牛は黒のスーツ。

 手塩にかけた部下達がそれぞれの相手に戦いを挑んでいく姿に、バラノフは嬉し気に目を細めた。


「さて」


 バラノフは自分に銃口を向けたまま固まっている一体の生体スーツに視線を移した。


「あれが、アメリカ海兵隊大佐、マイク・マクドナルドを倒したスーツ、か」


 隙だらけの構えに懐疑的になるが、索敵ドローンの映像に映っていたのは確かにあの灰色だ。


「奴の能力が俺の戦闘技術を凌駕するかどうか、試してみるか」





 真正面から突撃してくる機械兵器に効き目のない機関銃の弾を撃ち込んでいたのも束の間、リンクスの周りで生体スーツとロシア軍機械兵器の一対一での格闘戦が始まっていた。


「うわ、なんだこれ」


 機関銃を構えたまま、ケイはきょろきょろと辺りを眺めた。

 敵機械兵器の大型ナイフと生体スーツのブレードが互いを切り刻もうと、交えた刃から火花を散らしている。

 攻撃を仕掛けるとすぐにスーツの間合いから距離を置いたと思えば、隙を突いて大型ナイフを振るってくる。恐ろしく早い敵兵器の動きに、スーツのブレードが何度も虚しく空を切った。


「凄い。こんなの見たことがない」


 ロシアの機械兵器と死に物狂いで格闘しているリンクスやビッグ・ベアの姿に、ケイは息を飲んだ。


「俺も援護しなきゃ」


 白兵戦から一人取り残されたケイは、チームαに応戦すべく、機械兵器に銃口を向けた。だが、スーツと機械兵器の絡む動きに照準が定まらない。


「ダメだ。これじゃあ、味方に当たってしまう」

 

 ならば戦車を爆破しようと、運河の向こう岸に銃口を移動させた。

 目に入ったのは、リンクス目掛けて橋を疾駆してくる一体の機械兵器の姿だった。


「あいつ、フェンリルに肉弾戦を挑むつもりだな」


 接近してくる機械兵器にケイは機関銃のトリガーを引き絞った。大量の銃弾を撃ち浴びせても、他の機械兵器同様、びくともしない。


「くそっ。どんだけ硬い素材で出来ているんだよ」


 銃弾の先がくしゃりと潰れて地面に落ちていくのを見て、ケイが悔し気に舌打ちをした。


「ふふん。驚いているな。我らの機械兵器はアメリカ軍機械兵器よりもずっと高性能性能なのだよ。お前達の生体スーツと比べてもな」


 機械兵器の表面を覆うのはナノグラスファイバーだ。

 人工蜘蛛繊維と一緒に編みこまれ、機関銃の弾の衝撃を吸収するように特殊加工されている。

 その下には鋼鉄由来の特殊金属、炭素繊維との三層構造になった鎧の身体は機械兵器の操縦席と動力部分を完璧に防護し、且つパイロットと機械兵器の連動を阻害することのないよう軽量に作られている。

 そして機械兵器のパイロットは、ロシア軍戦闘工作員のエリート中のエリート、バラノフ特殊任務部隊隊員だ。

 暗殺訓練も受けている兵士達が肉弾戦に持ち込めばバラノフ隊が勝利するのは必然である。

 橋を渡ったバラノフは、機械兵器の大腿部脇に差してあるバヨネットナイフを抜き取って両手に持つと、フェンリルに刃先を向けた。

 一つ気になったのは、スーツのブレードだ。

 カバーンの表面に付いた傷を目の当たりにした時、これは少々厄介だと思った。

 特殊合金で作られているのだろう、かなりの切れ味だ。

 あの刃に直撃を食らえば、いかに頑丈な機械兵器でも無事では済まなくなる。


「そうだとしても、灰色スーツの動きを見切ってしまえば、何も恐れることはない」


 バラノフは左のナイフを(ヴォルク)に逆手で持たせると、フェンリルから十メートル離れた距離で立ち止まった。


「あいつに機関銃を撃っても弾が無駄になるだけだ」


 ケイは機関銃を背中に装着すると、フェンリルの両方の腕を振り上げてブレードを出現させた。フェンリルのブレードの構えを見たバラノフは、操縦席で小さく口笛を吹いた。


「ふん、ど素人ではないようだ」


 バラノフは狼をフェンリルに急接近させると、右のナイフを下から上へ、その直後に左のナイフを右から左へと繰り出した。

 腹の下から縦に切り裂かれそうになるのをぎりぎりで回避したのも束も間、次の白刃が空を切り裂きながらフェンリルに襲い掛かかった。


得物(ナイフ)を使った格闘戦がバラノフ特殊部隊の真骨頂だ。お前は俺をどのくらい楽しませてくれるかな?」


 (ヴォルク)が縦横無尽にナイフを振るう。

 切り刻まれまいと必死で刃を避け後退りするフェンリルを、狼は建物の壁まで追い詰めた。

 壁を背にしたフェンリルは敵の高速の斬撃を防ぐのに精一杯で、攻撃の一手が掴めない。


「フェンリルから一度も攻撃出来ないなんて。こんな格闘戦は初めてだ」


 目の前で閃く刃の速さは、戦域で戦った半身半馬の長剣の比ではなかった。

 ロシアの機械兵器の性能もさることながら、操縦するパイロットの戦闘能力の高さに太刀打ちできない。 

 くそっと叫んで、ケイはブレードを狼に突き出した。

 余裕で躱された次の瞬間、フェンリルの人工眼にナイフの先端がものすごい勢いで迫ってきた。

 ケイは下から腕をスライドさせてフェンリルの顔をブレードの刃で防護した。

 スーツの人工目眼を突かれるという最悪の事態は逃れたが、その直後に繰り出された高速の回し蹴りを避け切れずに、建物の壁に思い切り叩き付けられる。

 フェンリルの重みで半壊しているレンガ造りの建物は簡単に崩れた。

 仰向けに倒れたフェンリルが手に持ったレンガの塊を力一杯投げつける。

 (ヴォルク)が避けた隙に後ろに跳び退って、攻撃体勢を整えた。


「このヴォルクの電光石火の攻撃を躱すとは。なかなか筋のいい奴だ」


 狼は胸の前でナイフを構え直して身を屈めた。その姿はまるでカマキリのようだ。


「何だ?あの構えは。今度はどんな技を繰り出すつもりだろう」


 こちらから仕掛ければ、返り討ちになるのは確実だ。

 ケイはバラノフの機械兵器と同じようにフェンリルに身を屈めさせ、両腕のブレードを構えた。息を大きく吸って深く吐き出してから、心の中でフェンリルに語り掛けた。


(フェンリル、聞こえるかい?今の俺の戦闘能力では、あいつに敵わない。お願いだ、同期を強めて、俺にお前の力を貸してくれ)





 ヴゥン。

 低い振動音がケイを包み込んだ。

 ヘルメットの中でフェンリルの人工神経がさわさわと動くのを感じる。

 戦域戦の時のように、神経線維に額を貫かれるのを覚悟したケイは思わず目を瞑った。

 痛みはやってこなかった。

 薄く目を開けると、夜空に浮かぶ大きな月が最初に目に飛び込んで来た。

 足元は見渡す限りの草原だ。草は銀色に輝いて、さわさわと優しく波打っている。


「ここは…」


 思い出した。ここは彼の精神の奥の奥。本来、人工脳にある筈のない、フェンリルの生前の記憶が留まる場所。

 草原の一部が激しく揺れると、草の中から銀色に輝く大きな狼がケイの前に姿を現した。

 ケイは両手を伸ばしてフェンリルの顔の毛を掴み、自分に引き寄せて叫んだ。


「フェンリル!君の力を俺にくれ!」



動物の名前等、ロシア語読みでルビ振りたくて色々と検索しました。

現在のロシア軍での少佐がグラブニー(英語表記のスペル)となっていて、あんまりカッコよくないように思えたので、ソ連時代のメイヨールにしてみました。

アマゾンから広告が入って、それが何とプーチン大統領2020年度版カレンダー!

レビュー☆五つです。

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