ロシア軍機械兵器
最前列に並んでいる砲撃している五両を除いて、ロシア戦車が突然攻撃を止めた。
全車両がマスゲームの如く前後左右に旋回を始めたのを見て、ダンが首を傾げながら言った。
「軍曹、運河の向こうの敵戦車が一斉に動き出しましたよ。撤退するんでしょうか?」
「いや。あの動きは撤退には見ない」
ロシア戦車が移動した後には広い道が現れた。戦車路より五倍は広く開けられた空間の遥か先を、ダガーは険しい表情で凝視した。
「やはりな。何か来る」
リンクスの人工眼が、戦車隊のずっと後方、ウィーン郊外を破壊尽くして瓦礫の山となった街に動く物体を見つけた。
戦火に焼かれた街は未だ炎の勢いが治まらず、黒い煙が幾筋も空に上昇していく。
塵と灰が火炎の上昇気流で舞い上がる。熱で揺らめく汚れた空気の中を、長い脚を持った巨大な機械兵器が、運河に向かって一歩一歩近付いて来る。
黒い煤煙を身に纏って踊る炎をかき分けて、漆黒の巨体が現れた。
体長は生体スーツと同じくらい。
背が丸くずんぐりとした胴体と、がっしりとした長い手足が、分厚い防具で覆われている。
右腕よりも左腕が二倍は太く、武器が仕込んであるのは間違いない。
頭部を覆う仰々しい兜とは対照的に顔を覆う面はつるりと平らで、目の位置をぐるりと囲む横長の線が、白い光線を放っている。
威圧感のある不気味な姿は例えるなら、人間の形をした甲虫といったところか。
その総数、今ここにいる生体スーツと同じ六体あった。
「見て下さい!ロシア軍の新兵器です!」
「生体スーツと同じ人型をしているぞ。って事は…」
ダンとビルが交互に叫んだ。
「軍曹、あれは機械兵器ですよね?」
「恐らくな。ジャック、お前はどう思う?」
ハナの質問をダガーはジャックに振った。
「アメリカ軍のものと随分とフォルムが違う。あれはロシア軍が独自で開発した機械兵器でしょうね」
チームαの飛び交う会話をイヤホンで聞きながら、ケイはフェンリルの手に持った機関銃を構え直した。
「これ以上はプロシアの地に侵入させないぞ」
ケイは破壊された戦車の後に陣取って、横一列に並んだロシア軍の機械兵器を睨み付けた。
「全機、配置に付きました」
バラノフの後ろに並んだ部隊は、ドナウ運河を挟んで攻撃体勢を取っている生体スーツに目をやった。
「あれが生体スーツだってよ」
一番右の機械兵器が呟いた。胸に描かれた水牛の絵の下にウラジミール・ゴルスキーと、ごつい書体で書かれている。黒一色の同型ロボット部隊を識別するのは、胸と右腕に描かれた名前入りの動物を模った紋章だ。
「ホントだ。俺達の機械兵器とは内部構造がかなり違うって聞いてはいるが、外形は似たような人型だな」
ゴルスキーのすぐ隣、虎の絵の下には、同じ書体でアレクセイ・ゴルスキーの名がある。野太い声が驚く程似ているのは、彼らが双子だからだ。声から想像する通り、二人とも強面の屈強な大男である。
「少佐、彼らの戦闘隊形をどう見ますか?私には感心できない配置ですが」
中央に立つ機械兵器が優雅に腕を組んだ。少しだけ鼻にかかったハスキーな声が魅力的だ。彼の腕には飛び跳ねる狐の絵と、その下にイヴァン・グラチェフとの華麗な絵文字が踊っている。
「確かにその通りですね。僕には素人兵士との混成に見えますよ」
グラチェフのすぐ左にいる機械兵器が相槌を打った。熊が牙を剥く絵が描かれ、アルトゥール・イリイーンとの名が丸文字で刻まれている。猛々しい熊の紋章と対照的に、声は優し気な少年のものだった。
「戦域から、彼らがアメリカ海兵隊の機械兵器を全滅させたとの情報が上がってきている。侮るのは禁物だ」
「了解です(イェスチ・)少佐」
「そろそろ行きませんか?少佐、あいつら早く殺っちゃいましょうや」
左端にいる機械兵器がバラノフに大きく手を振った。胸にある紋章は牙の長い猪で、ゲオルギ・キーシンとの名が流れるように記されている。
「そうだな。ここで奴らを値踏みしていても仕方がない」
バラノフは後ろに並ぶ機械兵器にゆっくりと右手を上げた。
黒い機体の右胸に描かれているのは銀色に光る狼の姿だ。その足元には地味なブロック体で、エゴール・バラノフとのロシア文字がある。
「バラノフ隊、攻撃を開始する」
バラノフが手を振り下ろしたのを合図に、五体の機械スーツが生体スーツに左腕を空に向けて突き出した。
ずらりと並んだ五本の腕から小型ミサイルが連続で発射された。
三百メートル上空に飛んだ小型ミサイルが、急角度で落下を開始した。マッハのスピードで、スーツに向かって落ちてくる。
「ミサイル、来ます!」
「撃ち落とせ!」
ダガーの命令を待つまでもなく、スーツの機関銃が掃射を始めた。
百メートル頭上でミサイルが爆発し、六つの白い爆煙が空に浮かぶ。
「ふむ、力量はそこそこあるか。相手に不足はないな」
バラノフはにやりと笑い、背中から機関銃を取り出すと部下達に号令を掛けた。
「運河を渡って生体スーツを排除せよ」
「了解。先陣切りまーす」
味方の戦車隊が開けた道をキーシンの機械兵器が猛烈な勢いで駆け出した。その地響きで、運河にさざ波が起きる。
「来るぞ!」
α隊の機関銃の銃口がキーシンの機体を捉えて一斉射撃を始めた。
凄まじい弾幕にも躊躇せず、キーシンの機械兵器が突進して来る。
「てめえらの弾なんぞ、俺様の猪には屁でもねえんだよ」
キーシンの機械兵器は軽々と運河を飛び越えると、胸の前でクロスさせていた抜き身の大型のバヨネットナイフで、一番手前にいるリンクスに正面から切りかかった。
ダガーが機関銃の銃身で二枚の刃を受け止め防御する。
キーシンが力を込めてナイフを引くと、一刀両断されたバレルが地面に落ちた。銃を放り出すリンクスの隙を見て、カバーンがリンクスの足を横から払った。
「もらった!」
バランスを崩したリンクスの顔面にナイフを突き立てようと、カバーンが襲いかかる。
「軍曹、危ない!」
ハナがキキの機関銃の台尻でカバーンを思い切り殴り付けた。
銃床がカバーンの顔面にクリーンヒットし、カバーンは十メートル後ろの瓦礫の上に転がった。
「ここから撃てば、さすがに無事ではいられないわよね」
キキが仰向けで倒れているカバーンの機体に飛び乗って、その胸に機関銃の銃口を押し当てる。引き金をひこうとするキキに、黒い閃光が飛び掛かった。
「ハナ!避けろ」
キキの喉元で白刃が弧を描いた。
咄嗟に機関銃で相手の攻撃を回避すると、キキの足元に鈍い音を立てて黒い金属の筒が落ちた。コンマ一秒遅ければ首が飛んでいただろう。
手にした機関銃が銃身の根元から真っ二つになっている。顔を上げると、虎のマークの機械兵器が大型の軍用ナイフを構えてキキの前に立っていた。
「飛び道具なんて野暮なモン使わないでさぁ、一対一でナイフで殺り合おうぜぃ!」
「くっ」
キキは使い物にならなくなった機関銃を襲いかかってくる虎に投げ付けた。
「そう、一対一!っつうわけで、お前が俺の獲物だ」
操縦席の中でキーシンが雄叫びを上げながら、刃を表側に揃えた二本のナイフでリンクスに切りかかる。
体勢を戻していたリンクスは、右腕から出現させたブレードで頭上に振り下ろされたカバーンのナイフをがっしりと受け止めた。
左腕から稲妻の如く出現したブレードがカバーンを襲った。
リンクスの攻撃を察知して、慌てて上体を仰け反らせたカバーンの胸に、ブレードの刃先が真一文字に線を刻んだ。
「おいっ、こいつら両腕に刃物仕込んでいるぞ!」
「気を付けろゴーシュ、あと少しで胸から上を胴体と切り離されるところだったぞ」
キーシンの裏返った声に、アレクセイ・ゴルスキーがげらげらと笑った。