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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
175/303

バラノフ特殊任務部隊


 ウィーンは古都である。

 古くはケルトの集落から始まり、ローマに支配された。

 中世以来、ヨーロッパ全土を婚姻と血統で支配した一族によって統治された歴史ある名門都市だ。

 よって、エンド・ウォー以後再建されたこの街は、古い都にふさわしいレンガや石造りといった趣ある佇まいの建築物で構成されていた。

 一つだけ例外があった。

 プロシア軍が所有する二十階建ての連邦ビルである。

 プロシアと国名を変えた旧ドイツが、オーストリアを合併したのは五十年前。

 当時、東ヨーロッパの国を次々と属州に収めていたプロシアはヨーロッパの大国を自負するようになっていた。

 数ある共和国の中で主導権はプロシアが握っているのを誇示する為、復興のシンボルとして再建された王宮の近くに共和国連邦本部を置き、エンド・ウォー以後(アフター・エンド・ウォー)の最新の技術で、プロシア一の高層ビルを建設した。

 それはここ、オーストリアがプロシアによって実質支配された刻印でもあった。

 周辺の建物は高くても三か四階しかない。

 連邦本部の広大な敷地に一棟だけ地面から天を衝くように建っている近代的なコンクリートのビルの屋上に、ビッグ・ベアは仁王立ちになっていた。





「さてと、ドナウ運河に残った橋を落とすとするか」


 ビルはビッグ・ベアの肩に担いだ迫撃砲を構え直して、照準を橋の中央に当てた。


「ん?」


 ドナウ運河周辺に集合したロシア戦車が早くも隊列を組んでいた。

 橋を背にしてずらりと並べた砲身をビッグ・ベアに向けて狙いを定めている。


「おっと、拙いな」


 ビルが迫撃弾を橋に向かって一発発射した。

 迫撃弾と入れ違いになるように、戦車の砲弾が高層ビルの屋上を雨あられと襲った。

 ビッグ・ベアは射撃の標的になるのを回避しようと、すぐに高層ビルの後ろ側の道路へと飛び降りた。

 ビッグ・ベアが降りた後も、プロシア軍の高層ビルはロシア戦車の連続砲撃を受けている。

 オーストリア一の高層ビルを破壊せよとの命令が出ているのだろう。

 激しい砲撃に晒された高層ビルの壁が抉られて、吹き飛んだ破片が後ろに回り込んだビッグ・ベアにまで飛んで来る。


「うへっ。こりゃあ、いつ崩れてもおかしくないぞ」


 ビッグ・ベアは身を屈めると四つ足モードになって高層ビルから飛び退くように離れた。

 五十メートルくらい離れたところで高層ビルの上半分が派手な爆発音と共に吹き飛ばされた。コンクリートの大きな塊が四方八方に飛び散って、隕石のように街に降り注ぐ。


「ロウチ伍長、今の攻撃はロケット弾か?」


「俺は建物の後ろにいたので見ていませんが、あの威力からするとそうでしょうね」


 ダガーに応答するビルの無線に割り込んできたのはハナだった。


「こちらの待機している場所から高速ロケット弾を目視。高層ビルの五階に着弾しました。あと少しで連邦軍のビルは全壊すると思われます」


 ハナと入れ替わるようにダンからも連絡が入った。


「軍曹、ビッグ・ベアの放った迫撃弾が敵の超小型ミサイルによって空中で破壊されました」


「超小型迎撃ミサイルを保有しているのか。本国のロシア軍は俺達が戦っていた戦域の軍隊とは桁違いの技術力を持っている。決して侮るな」


 戦域での前時代的な武力を蓑にして、ロシアは最新鋭の兵器を開発しプロシア侵攻計画を着々と進めていたのだ。

 そして機は熟し、狡猾なウォシャウスキーに完全に裏を掛かれたプロシアは、己が国土を戦場とされてしまった。

 エンド・ウォー復興の象徴である、美しい花の都、オーストリアを。


「中佐、チームα、スーツ全機の配置完了しました。これから一斉攻撃を開始します」


 ブラウンに通信を送るダガーの声は微かな憂いを帯びていた。

 戦火で破壊される前の華やかなウィーンの街を、居心地の良いアパートの中でエリカの幼い子供達と遊んだひと時を、脳裏に浮かべてしまったからだ。


「了承した。奴らをここで食い止めなければ、プロシア全土に戦火が広まる恐れがある。チームαは全力を尽くしてロシア軍を殲滅せよ。奴らの戦車を一両たりとも残さず叩き潰せ!!」


 ダガーのイヤホンに響くブラウンの声はいつになく高圧的だった。


(殲滅か)


 彼は怒っている。自分の生まれ故郷を無残に破壊されて、激怒している。


「了解しました。チームαに告ぐ、これからロシア軍に一斉攻撃を掛ける。奴らを一掃するぞ。俺に続け!」


 ダガーは建物の陰からリンクスを立ち上がらせた。

 右手に機関銃を構えると、ドナウ運河を渡るロシア戦車に向けて引き金を引いた。





「十二時の方向に敵発見!やはり二足歩行の大型ロボットです」


 ドナウ運河の向かい側で指揮を執っている少尉の隣で、軍曹が緊張した声を出した。

 建物の陰に隠れてよく確認できない。だが、双眼鏡の端に映ったプロシア軍の新兵器は、尋常では考えられない動きをしていた。

 軍曹は背中の古傷が引き攣るのを感じた。良くないことが起きるときはいつもこうなる。あれはかなり厄介な兵器だと、本能が警告を鳴らしているのだ。


「確認出来たのは三体だな。でかい図体だから、射撃の的としては申し分ない。自動化戦車の砲弾を撃ち浴びせてやれ」


 軍曹の不安そうな表情に気付かない少尉が、砲撃の合図を出した。

 運河の前に一列に並んだ戦車隊の砲身がリンクスに向かって火を噴いた。リンクスは目にも止まらぬ速さで機関銃を右左に撃ち放し、飛んで来る戦車の砲弾を爆破した。


「掃射した機関銃で砲弾を全て爆破しただと?!」


 少尉と軍曹、最戦線にいる他のロシア軍の兵士全員が息を飲んで、リンクスを瞠目する。


「とにかく撃て!攻撃の手を緩めるな!」


 車長の怒声に我に返った砲手の一人がリンクスに向かって発射ボタンを押そうとした。

 リンクスは自分に照準を当てているロシア戦車の砲口に、左手の拳銃を撃った。

 戦車の砲身の中に撃ち込まれた一発の弾丸が、発射される直前の砲弾頭部を撃ち抜いた。

 砲身をへし折った爆発の炎は砲塔の中にも及び、戦車内で激しい誘爆を起す。


「こ、この、兵器は…」


 ぽかんと口を開けてリンクスを眺める少尉に、軍曹が金切り声で報告した。


「あ、新たに敵のロボットが現れました!三体います!」


 攻撃地点の要所からキキ、ガルム2、そしてフェンリルが立ち上がった。


「攻撃開始します」


 運河を渡った戦車が一列に並んで砲撃してくる。

 戦車の撃った砲弾を躱して、スーツ三体が同時に機関銃を連射した。

 ロシア軍自動化戦車隊の猛攻撃も虚しく、スーツから銃撃を受けた戦車は砲塔の上を撃ち抜かれて爆発した。


「ま、拙いぞ、最前線の戦車隊が全滅してしまう!かと言って、このままおめおめと逃げ帰ったりしたら、俺はウォシャウスキー将軍に銃殺される。どうしたらいいんだ!」


「戦車隊!確保した橋を敵ロボットの攻撃から防御せよ!」


 がたがたと震え出した少尉の手からマイクをもぎ取り、軍曹が怒鳴った。

 連帯責任で自分も銃殺されるのはご免だからだ。


「そそそ、そうだな!軍曹、戦車隊と迫撃部隊にロボットが近寄れないくらいの弾幕を張らせて橋を守らせろっ」


 プロシア軍の新兵器の登場に慌てふためく少尉に、味方の後方陣地から通信が入った。


「少尉、バラノフだ。ウィーン市街進攻の状況を報告せよ」


少佐(マイヨール)!」


 少尉の通信機から男の声が聞こえてきた。

 深みのある柔らかなバリトンだ。しかし、その穏やかな声を耳にした少尉の顔が、見る見るうちに強張っていった。


「少佐、前線の自動化戦車は突如現れた六体の大型ロボットの攻撃を受けて、全て破壊されました。現在、敵兵器は超大型の機関銃で我々を掃射しています。我が戦車隊は弾幕を張って確保した橋を防御していますが、それも、いつまで持つのか、と…」


 少尉がバラノフに報告している間にもスーツに迫撃砲を撃ち込まれて、一番手前の戦車が二両大破した。


「このままだと最前列の戦車が全て破壊されるのも時間の問題です。後退するしかありません」


 額に汗を浮かべながら、少尉が懸命にバラノフに弁明する。

 通信機の向こうにいる男は無言のまま、自国の軍が圧倒的に不利な戦況の経緯を聞いていた。


「我が軍の状況は理解した」


 バラノフは少尉の話を遮った。


「少尉、作戦規定変更だ。全戦車隊は速やかに橋を渡り、ウィーン市街地で散開して生活道路などのあらゆる道を使ってプロシア本土へ進攻せよ。ウィーンから四キロ程離れたノイシュタットという町にプロシア戦車大隊が待機している。敵戦車隊は自律型武装兵器を放って撃滅させろ」


 バラノフの命令に少尉が慌てて言葉を返した。


「し、しかし、生体スーツとかいう、あのプロシア軍の新兵器の機動力があまりにも強大で、我々の戦力では向こう岸に渡るどころか、橋をこれ以上防御することも出来ません」


「問題ない。これから我が隊が、敵の生体スーツと交戦し奴らを排除する。お前達は速やかにオーストリア進攻を開始しろ。少尉、直ちに作戦変更の指令を各車長に出したまえ」


「了解しました(イェスチ)」


 通信を切った少尉が強張った頬を持ち上げた。


(ヴォルク)、エゴール・バラノフ隊が動くぞ」


 その名を聞いて、軍曹の目に恐怖の色が浮かんだ。


「では、我々は…」


「そうだ軍曹。全戦車隊に伝えよ。バラノフ特殊任務部隊(スペツナズ)に、すぐに道を開けよとな」


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