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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
173/303

ウィーン市街戦・2


 進攻してきたロシア戦車が連続射撃を開始する。

 白い尾を引いた砲弾が街のあちこちに着弾して爆発し、黒煙に縁取られたオレンジ色の醜い炎を噴き上げた。

 スロバキア州からウィーンに入ると道幅が一・五倍は広くなる。

 それも(わだち)が刻まれたでこぼこの土の道ではなく、分厚いアスファルトで舗装された道路だ。

 武装化したウィーン一派に護衛されたロシア戦車隊は、属州に張り巡らされている一直線の輸送道路を使ってプロシア・オーストリア州国境まで進軍すると易々(やすやす)とウィーン郊外に到達したのであった。

 ウィーンの財力を示す為の広大な幹線道路はロシア戦車が三両並列してもまだ道幅に余裕がある。

 V字隊形(ヴィー・フォーメーション)を取ったロシア戦車は、一番外側の戦車二両が砲身を左右九十度に保ちながら、通りに並ぶ美しいレンガ造りの建物を次々と破壊していった。

 中央の二両が前方の戦車が撃ち損ねた建物を狙って砲弾を発射する。

 一番最後の一両が瓦礫と化した街のなかに少しでも動くものを見つければ、それが幼い子供はおろか、犬であっても砲塔の上に据えられた機関銃が銃弾を容赦なく撃ち浴びせた。


「恐ろしい程の徹底ぶりだな。並みならぬ憎悪を感じるぞ。いや、狂気だ」


 ヘーゲルシュタインは双眼鏡(ビノクラー)を両目に当てながら、蹂躙の限りを尽くすロシア戦車を睨み付けた。

 セルビア州沿いでの激しい射撃戦は、素早く動き回るロシア戦車に功を奏さなかった。

 ロシア軍にオーストリア内への侵攻を許してからはじりじりと後退が続き、はや半日が経とうとしていた。

 そして今、プロシア国防軍戦車大隊はウィーン中心街から四キロ以上離れたマイドリンクまで後退を余儀なくされている。





「ブラウン中佐から無線通信が入りました」


「うむ。ようやくか」


 通信兵から渡された無線の受話器をヘーゲルシュタインは耳に当てた。


「こちらヤガタ基地総司令官ウェルク・ブラウン中佐です。少将、ご無事ですか」


 聞き取りにくいが、確かにブラウンの声だ。


「今のところは無事と言えるかな。それで中佐、君の部隊は今どこにいるのだ?」


「そうですね。あと少しで到着するとだけ、お伝えしておきます」


 無線を盗聴されている可能性を示唆しての返事だった。


「了承した。中佐、戦域では我が連邦軍が圧勝したと聞いている。だが、君も来れば分かるが、こちらの戦線は見るも無残な有り様だぞ。プロシア属州から物資を運ぶ網目のような舗装道路にロシア戦車が入り込んで、ウィーンに向かって進攻して来るのだからな」


 早口で喋りながらヘーゲルシュタインはビノクラーでもう一度街を見た。


「ロシア軍戦車は基本的には五両一組の編成でウィーンの中心街に迫って来ている。奴らにドナウ運河を越えられたら、ウィーンの中心にあるプロシア第二国会議事堂が破壊されるのも時間の問題だ。それで今、戦車の通過可能な橋を片っ端に爆破しているところだ」


「少将、その戦車隊は切込み部隊と思われます。彼らの後方に歩兵戦闘車と機甲兵員輸送車がいるのは確認出来ていますか」


「ああ。ドナウ運河から二キロ後方に配置された大型輸送車を三台確認している。まだ動きはないが、注意深く偵察を行っているところだ」


「そうですか。大まかな状況は分かりました。とにかく橋は落とせるだけ落として下さい。一旦、通信を切ります。少将、ご武運を」


 そこでブラウンの声は切れた。

 ヘーゲルシュタインは受話器を通信兵に返して砲塔の下から突き出していた上半身を戦車の中に戻すと、全部隊に指令を出した。


「最前線にいる歩兵部隊に告げろ。ありったけの火薬を使って、橋という橋を落とせとな」


 ヘーゲルシュタインは声を落として戦車の操縦士に命令を続けた。


「それから、我がプロシア国防戦車部隊はブラウン中佐と接触した後、彼にこの陣地を任せてノイシュタットまで撤退し、予備隊として待機する。それまではここを国の絶対防衛圏と定めて、一歩も後退してはならんぞ!」


 ヘーゲルシュタインの命令に、操縦士が恐る恐る聞き返した。


「少将閣下、我々はブラウン中佐率いるダガー隊と一緒に戦うのではないのですか?我ら前線の戦車隊の総数は、まだ百両は残っています。総攻撃を仕掛ければ、ロシア戦車隊を駆逐できる筈ですが」


 ヘーゲルシュタインは操縦士をぎろりと睨んでから、威圧的に喋り始めた。


「君のその心意気は誉れ高きプロシア軍人そのものである。しかしだ、我々の真の任務は国防だ。確かにウィーンはプロシアの第二首都ではあるが、オーストリアはプロシアの属州というのを忘れてはならない。本国プロシア防衛こそが、我々の本領発揮と心得よ。」


「了解しました(イエス・ゼネラル)!」


 勢いよく返事して持ち場につく部下達の後ろ姿に目をやりながら、ヘーゲルシュタインは口元を微かに緩めた。


(生体スーツの戦闘能力があれば、ロシアの戦車など赤子の手を捻る様なものよ。我々の出る幕もないだろう)


 ダガー隊、チームα。生体スーツの傑出した威力を、この地の人間はまだ誰も知らない。


(ノイフェルマンよ。君は見事な策略で連邦軍とプロシア国を牛耳った。だが、上級貴族達特権階級と馴れ合い始めた君に、どれだけの軍人が失望しているのか気付いていないとは。愚かにも程があるぞ)


 軍服に身を包んでいても、所詮は生粋の上級貴族。

 下級貴族と平民で構成される叩き上げの軍隊から距離を置き始めた旧友に、誰よりも失望しているのはヘーゲルシュタイン本人なのだ。

 だが。

 ヘーゲルシュタインの直属の部下であるブラウンとその配下の部隊が震え上がる程の武力を保有しているのを、遠いベルリンで胡坐を掻いている奴らは知る由もない。

 生体スーツの戦いぶりを目の当たりにすれば、誰もが歓喜しそして絶望するだろう。


(さて、友人(ノイフェルマン)よ。君はどんな反応を示すのかな)


 腹の底から湧き上がってくるのは、黒に染まった怒りと嫉妬だ。

 その感情が何なのか、今更ながら気が付いたヘーゲルシュタインは、口から思わず笑みを零した。





 ダガーの操縦するリンクスを先頭としてフォーメーションを組んだチームαがウィーンに向かって四足走行で疾走する。

 リンクスのすぐ後ろにはビッグ・ベアがぴたりと付いている。ビッグ・ベアと並列するように、右側にダンのガルム2が、左にはケイのフェンリルが走行し、ハナのキキとジャックのガルム1が縦に並んで駆けていく。


「中佐、オーストリアに入りました」


 ダガーからの通信を受けて、ブラウンは「了解」と手短に返事した。

 四足走行になったビッグ・ベアの腹に括りつけられている軍用ジープに乗っているせいで、絶えず車体が激しく振動する。それで口を開くとすぐに舌を噛みそうになるのだ。

 ブラウンは四人乗りの大型ジープの後部座席に座っていた。

 右と左に大きく揺さぶられて、運転席とその隣の兵士の顔がバックミラーに映った。屈強な兵士達も長時間の揺れには堪えているようで、顔が紙のように白くなっている。

 ブラウンの護衛で隣に座っている屈強な兵士ですら、己の両腕に爪を立てて口を引き結んでいる。

 陥落が時間の問題に迫ったウィーン市街には一刻でも早く到着しなければならない。それで、山あり谷ありの最短距離のルートを選んだのだ。

 本来、動物であるスーツは四つ足での長距離走行に喜々として足を駆っている。

 スーツの人工脳に同期したパイロット達も、それ程負担はない筈だ。

 しかし、生身の人間には拷問に近い揺れである。アップダウンする度に身体全体を揺さぶられる極度の揺れに口から内臓が飛び出しそうで、ブラウンにも全く余裕はない。


「うぐぐ」


 悲痛な唸り声に顔を上げると、ブラウンの隣の兵士の顔が土色になっている。

 激戦を潜り抜けた傭兵団の副団長であっても、車酔いには勝てないらしい。前の座席の兵士二人はぐったりとして気を失っているようにしか見えなかった。

 少しスピードを落として貰おうかと口を開けたのと同時に、ビッグ・ベアが足を止めた。


「中佐、目標地点付近に到着しました。敵陣地からの砲撃を防ぐために森の中にいます」


「了解した。ビッグ・ベアはすぐにジープを切り離せ」 


 ダガーからの連絡に、ブラウンはすぐさまビルに命令する。

 ビルはビック・ベアを屈ませてジープのワイヤーを外した。地面に着地したジープのタイヤが大きく上下する衝撃で運転席の兵士が意識を戻した。


「大丈夫か?」


「はい、何とか」


 前の座席の二人はゆっくりと頭を振りながらブラウンに返事した。


「これ以上揺さぶられたら胃の中のモノをシートにぶちまけるところでしたよ」


 ハイネ傭兵団副団長のマディが心底助かったという表情で、ジープの窓を全開にした。

 車内の淀んだ空気が外の新鮮な空気と入れ替わる。

 頭をすっきりさせようと、誰もが深呼吸を始める。


「よし。我々はヘーゲルシュタイン少将と合流する。チームαは攻撃体勢を取ってウィーン市街に前進し、ロシア戦車隊の掃討準備に掛かれ」


「了解しました。チームα隊、出撃します!」


 ブラウンの命令にダガーが一声高く吠える。

 それを合図に、スーツ六体は隊列を組んで進撃を開始した。

 


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