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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第一章 長い戦争(ロング・ウォー) 
17/303

ドラゴン再び

 


 エンド・ウォー後、人類は空の支配を放棄した。

 羽ある生物以外飛ぶものがいなくなった天の空間は、一世紀以上の静謐を保っていた。

 だがそれも、突如現れたこの世に存在したことのない巨大な怪物によって、安穏を成す穹窿(きゅうりゅう)は過去のものとなった。

 悠々と空を掛ける軍事同盟軍の忌まわしき兵器は、ヴァリル・ダガーとビル・ロウチの対の瞳に、エンド・ウォーの記憶の墓場から甦った悪夢として焼き付いた。





「あの、えーとですねぇ、軍曹…」


 呆然とした様子で、ビルは両目から外した双眼鏡を下に置いた。

 双眼鏡に映る飛行体の姿が信じられないというように激しく瞬きながら、再び肉眼で空を見上げた。それでも足らずに拳で両目をごしごしと擦る。


「アウェイオン敗退からこっち、殆んど睡眠取ってないから、それで俺、幻覚見てるんだと思うんですけど…。軍曹、言っちゃっていいですか?でっかいドラゴンが空を飛んでいるのが見えるんです!ヤバいっすよね。俺、相当疲れてるのかな?」


「いや、幻覚でも何でもない。俺の目にもドラゴンが空を飛んでいるのが見える。あれが軍事同盟軍の飛行兵器だ」


 空を睨みながらダガーが言った。アウェイオンの時とは違い、ドラゴンは己の姿を完全に曝け出していた。

 漆黒に塗られた巨躯が、その三倍以上はあるだろう大きな翼を力強く羽ばたかせて大空を滑空していた。

 蝙蝠に似た翼は漆黒の突起物で覆われている。巨大な双翼を動かすたびに、太陽光線を反射させてきらきらと輝く姿は恐怖の中に美しさを垣間見せている。そのスピードは地を走る戦車の比ではない。


「ブラウン大尉、ドラゴンが、ハイランド方向からこちらに向かって飛行して来ます」


 通信をオンにしたままなので、ブラウンには今の状況が手に取るように分かる筈だ。


「来たか。あの大きな翼の前では、テミショアの低い山など何の障害にもならんだろうな。恨めしい限りだ」


 ブラウンが、悔しそうな声を上げた。


「今から全ての防衛陣地から攻撃を仕掛ける。爆撃に巻き込まれないように注意しろ」


 山の麓にまで迫っているドラゴンを狙って、テミショアの山林から凄まじい砲撃音が響いた。対空射撃された砲弾はオレンジ色の尾を引きながら、空を滑空している怪物に襲い掛かっていく。


 ドラゴンは自分に向かってくる砲弾に向かって、巨大な双翼を大きく一振りした。

 アウェイオン戦の時と全く同じ黒い凶器が放たれ、空中を高速で縦横無尽に飛翔する。味方の砲弾はドラゴンに届くことなく次々と爆破されていった。


「なんてこった」


 ビルが力なく嘆声を上げた。


「マジかよ。一つも当たらねぇ」


「ドラゴンの放った例の弾丸で、味方の攻撃は全て阻止されました」


 ダガーはブラウンに現状の報告をした。


「乗車している四輪駆動には、機関銃が装備されてます。奴の背後から射撃してみますか?」


「やめておけ。見通しの良い場所では、ドラゴンの砲弾に撃ち抜かれておしまいだ。今は山中から対空射撃を繰り返すしか手がないのが実情だ。お前たちは早く我々と合流しろ」 


「了解しました」


 ドラゴンは、眼下の山に潜む敵に反撃することもなく上下に翼を羽ばたかせると、ふわりと上空に舞い上がり、瞬く間に小さな点になって積雲に隠れて見えなくなった。


(あんな高度まで上昇されたら、我々のロケット弾ではとても撃墜出来ないだろう)


 絶望的な思いが胸を過ぎり、ダガーは自分の表情が険しくなるのを感じた。


(それに、反撃もしないまま飛び去るのには、何か理由がある筈だ。まさか…)


 ビルも険しい表情で、前方を見据えたまま、車を無言で走行させている。暫く一本道の山道を走行していたが、ブレーキを踏んで静かに車を停車させた。


「味方の砲撃隊がいます」


 ビルが低い声で、ダガーに告げた。

 ドラゴンの姿を見失った防御陣地の兵士達が、拍子抜けしたように木々の間に佇んでいた。次に襲来する敵の装甲部隊の侵攻を迎え撃つまで、束の間の静けさに、その身を浴するばかりだ。


「あそこにいるのは、第一防衛隊か?」


「そのようです」


 同士討ちに会わないようにビルが車を停止させ無線連絡を取る。ダガー達の四輪駆動に気が付いた味方の陣地から手を振る者がいる。


「ジャックだ。無防備な野郎だな。近くに敵がいたらどうすんだ?真っ先に撃たれちまうぞ」


 文句を言いながら、ビルは車を陣地に乗り入れた。

 驚いたことにブラウンがいた。総指揮を司る将校が、最前線にいるのは異例のことだ。ダガーとビルは車から降りるとブラウンに敬礼した。


「もっと後方に待機されているのかと思いました」


「我々に帰還命令が出た」


 ダガーが喋り終わらないうちにブラウンが口を開いた。


「カトボラが攻撃されたと大佐から連絡が入った。基地の損傷度合いが著しく機能停止状態に陥っているらしい。上空からドラゴンにミサイル攻撃を受けたようだ。奴が何故我々に反撃してこなかったのか、これで分かった。ドラゴンは無駄玉を打ちたくなかったってことだ」


「ドラゴンからミサイルが発射されたのですか?」


 あまりにも意外な取り合わせに、ダガーは思わずブラウンに聞き返してしまった。


「そうだ。ドラゴンは火を吐く怪物というのが古からのお約束だったが、今日からその設定が変わるかも知れないぞ」


 軽口とは正反対の深刻な表情のブラウンに、兵士達の顔が引き攣った。


「おとぎ話から抜け出て来た邪悪な姿そのものだが、我々の計り知れないテクノロジーで生み出された飛行兵器だよ、あれは。

 何せ最後に人間が空からの爆撃を受けるたは百年以上前の話だ。アウェイオンと同様、カトボラもなす術もなかったろう。

 軍事同盟軍は共和国連邦の基地をドラゴンで一つ一つ叩き潰してくつもりらしいな。次は、ヤガタが攻撃の的だろう。高級将校の中にはヤガタを放棄し、戦域から離脱した者もいるらしい。さすがにオークランド司令官は残ったようだが。ヤガタの実戦総指揮は今、ヘーゲルシュタイン大佐が担っている」


「それは本当ですか?我が軍の将校が、ヤガタを放棄するなんて…」


 ダガーは呆然とした表情を隠すのも忘れて、思わずブラウンに聞き返した。


「連邦軍は、軍事同盟に降伏するつもりなんでしょうか?」。


「あの基地は独立共和国連邦軍の最後の砦なのだ」


 ブラウンが怒りで喉を震わせた。


「この戦いで我々が敵の軍門に下りヤガタを奪われたら、戦域全土が軍事同盟に支配されてしまう。そう

なったら、共和国連邦の終焉が始まるかも知れない。そんなことはさせない!ヤガタは我々が死守せねばならんのだ!!」


 はっとした表情でダガーがブラウンを見た。


 ビルもジャックも、緊張した面持ちで上官の次の言葉を待っている。ブラウンは猛禽類の如き眼差しで三人の部下に力強く言い渡した。


「これから最終作戦に移行する!ダガー軍曹及び、ロウチ伍長、レイノルズ一等兵は、私と共にヤガタに戻る。これ以上、ドラゴン一匹に好き勝手させてなるものか!我々も反撃の力がある事を奴らに見せつけてやる!」


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