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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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異形の手


「ご苦労。軍曹、トランシルバニア・アルプス・アメリカ基地への攻撃状況を報告せよ」


 ブラウンの問いに間髪入れずにダガーが返した。 


「アメリカ基地の地下発電所を一基破壊しました。アメリカ基地から脱出する時、それほど激しい交戦にはならなかった。地下発電所の消火活動を優先して俺達を追撃する余裕がなかったのだと推測します。」


「おい、今、何て言った?!」


 ミニシャに拘束を解かれたワンリンがブラウンとダガーの会話に割って入った。顔からは血の気が失せて紙のように白くなっている。


「あの難攻不落の巨大要塞に侵入して、地下発電所を破壊しただと!そんな馬鹿な!」


「我が連邦軍は戦域で軍事同盟軍と戦う前に生体スーツ三体でトランシルバニア・アルプス基地に奇襲をかけた。リンクス、キキ、ガルム1。全てのスーツが無事ヤガタに帰還したのは、奇襲が成功したからだ」


ワンリンは心底驚いた顔をして大きく口を開けたまま、ブラウンの説明を聞いていた。


「奇襲を成功させただって?信じられん。硬質な岩盤で守られている要塞に一体どうやって侵入したんだ?」


「それは言えないが、ラストプランはガグル社の協力を得たからこそ成功し得た奇策だった。だから我々は、ユラ・ハンヌを味方と信じて疑わなかったのだ」

 

 ブラウンの言葉に、執務室の空気が一気に重くなる。


「中佐、大尉、たった今、ジャックから連絡が入りました」


 ハナがイヤホンに指を押し当ててきびきびと喋り出した。


「地下指令室の通信機器は破壊されて使用できないので、敵戦闘機の破壊を免れた地上指令室で通信をおこなうとのことです。なお、ハンヌの姿を基地外に設置してあるカメラが捉えたと。今、映像をこちらに送信するそうです」


「よし。すぐにモニターに写せ」


 リンダがスイッチを入れると、執務室の壁のモニターにハンヌの姿が映った。


 ガルム2との戦闘で敗れた機械兵器の残骸の上に、ハンヌは立っていた。




「ドゥームズデイ…」 


 ケイはハンヌの言葉を反芻するように口の中で呟いた。


「おい、大丈夫か?」 


 通路に転がったまま放心しているケイの腕を掴んで、ビルがゆっくりと持ち上げた。

 ダンがケイの脇に手を入れて身体を支えようと中腰になる。二人の力を借りて、ケイはようやく立ち上がった。


「ケイ、お前、額から出血しているぞ。包帯はどうした?一体、何があったんだ」


「ハンヌの奴に突然襲われたんです。頭の包帯はその時に彼のブレードで切られました」


 ケイは額を軍服の袖で拭いながら、事の顛末をビルとダンに話し始めた。

 話を聞き終えたダンが呆れた様にケイを見た。


「お前、ハンヌに殺されなくて本当によかったよ。だけど、お前の額を抉り取ってからヤガタから出て行くなんて、随分と変わった事をする奴だ」


「何か理由があるんだろうが、俺達じゃ分からん。これは中佐と大尉に聞いてみるしかないな。ダン、ケイ、すぐに中佐のいる貴族用執務室に向かうぞ!」


「はい…って、うわっ!」


 ビルはケイを持ち上げて肩に担ぎ上げると、基地の通路を大股で走り始めた。




「何故、あんな所に立っている?」


 モニターを凝視しながら首を傾げるブラウンに、答えられる者は誰もいない。

 ワンリンを除いた全員がモニターの映像に見入っていると、突然、足元が小刻みに揺れ出した。驚いたリンダが床に視線を落とした。


「地震かしら?」


「でも、戦域で地震が起きるなんて聞いたことない」


 ハナが珍しく不安そうな声を出す。リンダとハナの短い会話が終わるのを待ってたかのように、急に振動が大きくなった。どん、と、突き上げたと思えば、今度は横に波打つ。


「何だ、この異常な揺れ方は」


「これ、地震じゃないよ!ジャック、聞こえる?」


 ミニシャは無線の受信をスピーカーモードにしてから、地上の指令室にいるジャックに叫んだ。


「こちらジャック。大尉、地上指令室は相当な揺れです。ここ、倒壊しないですよね?」


 すぐにジャックの不安そうな声が返ってくる。


「安心したまえ、これくらいの揺れなんかでヤガタ基地は倒壊しないから。震源地はどこかコンピュータで計算してくれ」

 

 不気味な振動はなかなか収まらない。

 ミニシャとリンダ、ハナの三人は思わずテーブルの端を手で握りしめた。ブラウンは椅子に座り、ダガーは壁に背を張り付かせて立っている。

 揺れに恐怖したワンリンは、椅子から転げ落ちるようにして床に這いつくばると、ダガーの足に飛びつくようにして縋りついた。


「この揺れ、やっぱり地震じゃないですよ。未確認物体が、戦域の地下約五メートルをヤガタに向けて掘り進んでいるせいで起きている振動です。すぐにデータを送信します」


 ジャックからの応答に、ミニシャとブラウンが顔を見合わせた。


「地下に未確認物体がいるだって!?」


 ジャックから送信されたデータが届いた。コンピュータを操作してモニターに映すと、黒い画面に赤色の丸い点が連続し、それが曲線になって映し出される。


「確かに何かが地下を掘り進めているようだ。で、それが、ヤガタに向かって来ている!」


「おい、見ろ!」


 ブラウンがモニターを指差した。画面の中央に立っているハンヌの前に、土と砂を空中に吹き上げながら、地面から巨大な円柱状のものが突き出て直立した。


「あれは、なんだ??」


 それはまるで巨木の幹のように見えた。先端が大きく膨らみ、指のような形の突起物が生えている。一番大きいものが五本。その他にも無数の小さな指が蠢いていた。

 地上から五メートルは伸びた円柱の中央部分が、九十度に曲がった。


「あの動きを見ろ!まるで人間の“腕”のようだ」


「あれがもし“腕”だとしたら、その先に付いているのって、“手”、だよねぇ!」


 あまりの異形さに、ミニシャが頭を抱えて悲鳴を上げた。モニターを見ていたダガーとハナが、はっとした表情をした。

 “腕”がハンヌに向かって真っすぐに手を伸ばした。

 差し出された巨大な掌にハンヌが飛び乗ると、五本の指がハンヌを包むように閉じていった。次に無数の小さな指が大きな指の隙間を密閉するように、ぴったりと張り付いていく。

 硬く閉じられた手の中央が膨らんだ形は球根のようだった。

 ハンヌを内包した“腕”がゆっくりと回転し始めた。

 次第に回転を速めていくと、地面の中へ潜り始めた。

 “腕”は地面に大きな砂の渦を描きながら、地中へと沈んでいく。基地が再び揺れ始めた。


「さっきよりも酷く揺れているぞ」


 轟音と共に巨大な振動が襲ってくる。縦横に揺さぶられて、壁やテーブルに身体を押し付けて揺れが静まるのを待つしかなかった。

 揺れが収まると、ハンヌを包んだ腕はモニター画面から完全に消えていた。


「見ろ。腕の進路方向が映らなくなったぞ。あいつ、どこに行ったんだ?」


 ミニシャがモニターに目を凝らしながら言った。

 さっきセンサーで捕らえていた腕の進路が全て消えていて、画面は黒一色になっている。


「あれは何だ?ガグル社が開発した生体スーツの新機種か?」


 重苦しい沈黙の中、ブラウンが最初に口を開いた。その疑問に、ダガーとハナが顔を見合わせ小さく頷いた。


「中佐、あの物体は生体兵器と思われます」


「生体兵器だと?」


 ダガーの発言にブラウンは目を大きく見開いた。


「自分とサトー上等兵、レイノルズ一等兵は、アメリカ基地で遭遇した大型兵器です。今見た物体とはかなり外形が異なりますが、ハンヌを連れ去った“腕”の先端にあった指と同じ突起物が付いていた」


「それは一体どんな形をしていたんだ?」


「犬に似ていました。あと、顔がムカデで胴体が蛇の兵器もいた」


「ふむ。ということは、貴殿に聞けば、あの腕の正体が分かるという事ですな、ワンリン殿」


 揺れが収まったのと同時に、こっそりとダガーの足から離れて椅子に戻っていたワンリンに、ブラウンは問い掛けた。

 執務室にいる全員の視線を浴びたワンリンが、身を竦ませながら口を開いた。


「わ、私は脳科学者だから、あれの技術については詳しく知らないぞ」


 不貞腐れた顔のワンリンに、ブラウンが低い声で尋ねた。


「博士、貴方が知り得る限りの情報でいい。話して頂こうか」


 ブラウンに詰め寄られて、ワンリンが観念したように喋り出した。


「軍曹達がアメリカ基地で見たというのは、キメラ生命体の兵器だろう」


「キメラ生体兵器?それは何ですか?どうやら我々の生体スーツとは全く違う代物らしい。博士、詳しく説明して頂こう」


 瞬きも忘れて自分を睨み付けるブラウンの表情に恐れをなしたワンリンは、催促されるままに話を始めた。


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