ハンヌvsダガー
ローブを脱いだハンヌの肉体が露わになった。
白く輝く金属の細い紐が繊細な曲線を描きながら華奢な裸身に絡み付いている。
「あ、あらっ、きゃっ!」
ブラウンにしがみ付いていたミニシャが、頬を赤くして小さな悲鳴を上げる。
「ねえ、ウェルク!この場面でハンヌが半裸になる必要性ってあるの?!」
「服を脱ぐ必要はない、と思うが…」
怪しげな姿になったハンヌに、ミニシャとブラウンが目を見張った。
ダガーもハンヌの様相に、驚きを隠せずにいるのが分かる。
ハンヌが肩を一撫ですると、ダガーの撃った弾が床に落下して、小さな金属音を立てた。
胸元を人差し指と中指で軽く叩くと、赤く光り始めた金属の紐が氷の結晶のように広がり出してハンヌの白い肌を覆い隠していく。
あっという間に金属の接合が終わり、ハンヌの首から下が白銀色の甲冑に覆い尽くされた。
「ブラウン!ハンヌの、あの姿は!」
「人体密装着型パワードスーツか!どんな構造になっているのか、見当もつかないが」
ハンヌが右腕を一振りすると、手の甲から短いブレードが飛び出した。
「どれ、軍曹。手合わせといくか」
白い閃光となって襲ってくるブレードを咄嗟に避けたダガーが、ブローニングの引き金を絞って、ハンヌに銃弾を浴びせる。
ハンヌの両肩に命中したブローニングの弾はくしゃりと潰れて、そのまま甲冑に張り付いた。ハンヌは何事もなかったように弾丸を手で払い落した。
「ダガー軍曹、いくらお前の身体能力がずば抜けていても、パワードスーツを纏った俺には勝てないぞ。貴様を生きながらブレードで切り刻んでやろう」
ハンヌはブレードを構えると雄叫びを上げながらダガーに突進した。
パワードスーツに急接近されたダガーは、自分の胴体を横から切り裂こうとするハンヌの動きをいち早く読んで、身体を捩じりブレードの切っ先を避けた。
パワードスーツのの間合いから逃れたダガーは、腰のベルト・キットの両脇から刃が鉤形をした中型のカランビットナイフを引き抜いた。
「そんな小さなナイフでは、俺のスーツに傷一つ付けられないぞ」
ダガーとの間合いを一気に詰めたハンヌがブレードを左から右へとスライドさせる。
ブレードの刃が自分の胸板を抉ろうと繰り出された瞬間、ダガーは左のカランビットの湾曲した刃をブレードに引っ掛けて強く捩じった。
「うわっ」
ダガーに技を掛けられたハンヌは、重心を崩して背中を床に叩き付けられた。ダガーがすかさずハンヌの身体に馬乗りになる。
甲冑の腹を片足を乗せて押さえつけると、根本を合わせたブレードの刃を水平に倒した。
カランビットを素早く持ち替えたダガーは、鉤になっている刃先をコンクリートの床に突き刺した。
「くそっ」
右腕が使えなくなったハンヌが左手首からブレードを出現させた。ブレードの刃先がハンヌの手の甲から飛び出すと同時に、ダガーの右腕が目にも止まらぬ速さで動いた。
ハンヌは左のブレードもカランビットに抑え込まれ、ハンヌの両腕は完全に動きを封じ込まれた。
「インナースーツにもパワードスーツの機能が備わっているのを忘れたか?」
「だからどうした。お前のスーツよりも、俺のスーツの性能の方が数段上だ」
ハンヌが両腕に力を込めると、コンクリートに打ち込んだカランビットナイフの刃が浮き出した。
確かにハンヌのスーツの方が力はある。
カランビットを外したブレードの切っ先が自分の両脇腹に襲い掛かってくるのを回避すべく、ダガーはハンヌに乗り上げていた足を外し、ナイフを手前に構えたまま後ろに跳び退った。
背中を思い切り反らせると、ハンヌは床から飛び跳ねるようにして起き上がった。ダガーに一気に詰め寄ると、両のブレードを十字に振り回した。
ダガーが隙を見てスーツの死角に回り込もうとする。そうはさせじと、身体を連続で回転させたハンヌが電光石火で攻撃を仕掛けた。
ダガーより身長が二十センチ低いハンヌの攻撃が胸や腹に集中する。
息つく暇もなく切りつけてくるブレードを、ダガーはカランビットの鉤刃で受け止めて防御した。
「はははは」
ハンヌは楽しそうに笑いながら、防戦一方のダガー目掛けてブレードを閃かせた。
突然、非常ベルの音が天井から響き渡った。
尋問室の外が俄かに騒がしくなり、施錠してある鉄の扉が激しく叩かれる。内側から開かない扉の隙間から、バーナーの火花が飛び散った。
「ふん。遊びも終わりだな。ガグル社に戻るとしようか」
扉の鍵が焼き切られていくのを見たハンヌは、ダガーへの攻撃を止めた。
ブラウンの出血した腹に白衣を切り裂いて巻き付けているミニシャに、ハンヌは小さな箱を投げつけた。箱の中には薬の瓶と注射器が入っていた。
「ボリス。中佐にこの抗生剤を打ってやれ。すぐに回復するぞ。ブラウン中佐に死なれると、ガグル社が困るのでな」
ハンヌが自分の喉元を押すと、首の後ろと両脇から金属の板が蛇腹となって立ち上がり、小さな顔と頭をすっぽりと包んだ。
それと前後するように、扉の鍵が焼き切られた。
勢いよく開いた扉の向こうに、ハナとリンダがインナースーツに身を包んで立っていた。
「今頃になって、子猫達のお出ましか」
ハンヌは含み笑いを漏らすと、カニがハサミを広げるような格好でブレードを構えた。
スーツの後方に怪我を負ったブラウンがいるのを見たハナは、銃をホルスターにしまうと、胸の脇に装着しているダガーナイフを引き抜いて構えた。リンダもハナと同様にナイフを取り出す。
「そこをどけ。大人しく俺を通せばヤガタ基地をこれ以上攻撃するつもりはない。ブラウン中佐、お前も生体スーツのパイロットを切り刻まれたくはないだろう?」
「ハナ!リンダ!ハンヌを退出させろ」
ブラウンが出血した腹を押さえながら二人に叫んだ。ハナとリンダがぴくりと片眉を上げる。
「しかし…」
「構わない。入り口を開けて、ハンヌを行かせろ」
「了解しました」
手にしたナイフの切っ先を下にして、ハナとリンダは扉の前から身体を右と左に大きくスライドさせた。ハンヌはブレードを両手の甲に収めると、後ろを振り向きブラウンを見た。
「また会おう、ウェルク・ブラウン。アガタの息子よ」
そう言い捨てると、ハンヌが尋問室から飛び出していった。その姿をブラウンは無言で見送る。ミニシャがハナに怒鳴った。
「サトー上等兵!指令室に連絡して、基地の出口をロックする指令を出せ。兵士に重装備させてユラ・ハンヌを見つけ次第、拘束しろと伝達せよ。あいつを逃すな!」
ハナとリンダが悲痛な表情を浮かべて首を振った。
「どうした?」
「大尉。指令室の通信機器が全て破壊されているようです。通信兵も皆、惨殺されていました。ユラ・ハンヌの仕業と思われます。今、ジャックが修復に当たっていますが、暫く時間が必要です。基地全体に大尉の指令を行き渡らせるのは難しいかと」
「何だって…」
ミニシャは言葉を失って、ブラウンの脇にがっくりと膝を付いた。
「ミニシャ、ハンヌの装着したパワードスーツは銃弾を通さないのをお前も見ただろう。兵士が一方的に血祭りに上げられるだけだ。奴を捕らえるのは諦めろ」
苦渋に顔を歪めながら、ミニシャは命令を変更した。
「分かったよ、ウェルク。今、基地内は怪我人だらけだ。確かに、これ以上人的被害を出したら、まともに動ける兵士がいなくなる。基地が機能しなくなってしまう。ハナ、リンダ、通信傍受が可能な兵士にすぐに伝えろ。プラチナ色の甲冑を見たら、追わずに退避しろと」
「了解しました。自分はビルとダン、ケイに連絡を取ってみます」
リンダが指を耳に当ててイヤホンを弄り出した。ハナもイヤホンに指を当て、受信可能な兵士を探し始める。
「ハンヌを逃すのは本当に悔しいが、ここにガグル社の内情をよく知っている人間がいる」
ブラウンは痛みに吐く息を荒げながら、倒した机を壁に寄せ、天板で身を隠している男を見た。
「ハンヌに殺されなかったのは幸運でしたな、ワンリン殿」
名前を呼ばれたワンリンが、天板の後ろから飛び出して、恐怖に声を震わせた。
「Y11854UR2A!!何故、あいつが生きているんだ?!」