USBメモリ
「中佐、両手を頭の後ろに組め。おかしな行動を取ったら、お前の腹に大きな穴が開くぞ」
ハンヌはブラウンの背後に素早く回ると慌てふためくミニシャの横に立って、ブラウンの広い背中にグロックの銃口を突き付けた。
「ハンヌ様!どうしてここに?上級貴族の執務室にウェルクを連れて行けとの指示じゃなかったんですか?」
「そのつもりだったがな。ワンリン、あのお喋りを早く始末しようと思ったまでだ。いつまでも余計な話を垂れ流されても困るからな。尋問室は壁も厚いし、あまり人の出入りもない。こっちの部屋の方が都合がいいと気付いたまでだ。中佐、部屋に戻れ」
ハンヌはミニシャに命令して尋問室の扉を開けさせた。後頭部に手を組み足を広げて立つブラウンの姿に二人の兵士が驚いて、ワンリンを拘束する手を止める。
「逃げろ!」
ブラウンが叫ぶより早く、ハンヌが兵士に向かって銃の引き金を引いた。二人の兵士は、額を撃ち抜かれた衝撃で壁に身体を叩き付けられてから、床に転がった。
「ひいいいいいっ」
兵士の血飛沫を顔に浴びたワンリンが、金切り声を上げて床にへたり込んだ。
「ハンヌ殿、正確な同期測定値とおっしゃいましたが、そんなものはとっくにガグル社に渡していますよ。私を銃で脅すまでもない」
ブラウンの動揺のない落ち着いた声に、ハンヌは不愉快そうに、ちっと舌を鳴らした。
「嘘をつけ。いくら計算し直しても、同期数値に“ずれ”が生じる。何故だか分るか。お前がガグル社に渡したデータを巧妙に改ざんしたからだ。お陰で、G―2とG―3はアメリカ軍の機械兵器に破壊されてしまった。戦闘中のスーツとパイロットの同期率が安定しなかったせいだ」
ハンヌはグロックの銃口で、ブラウンの背中を荒々しく小突いた。
「同期率が安定しなかったのは、類人猿の脳神経を使用したからでしょう。スーツの機動力は増したでしょうが、パイロットに思わぬ負荷が掛かる。それは我々の実験でも実証済みだ」
「俺がそんな戯言に騙されると思うか?中佐、早くUSBメモリを渡して貰おうか」
「私がメモリを持っていると思うなら、どうぞ調べて下さい」
「ミニシャ、お前が調べろ」
ハンヌの命令を受けて、ミニシャがおずおずとブラウンの軍服を探り出す。
「ミニシャ」
ブラウンの凛とした声に、ミニシャは手の動きを止めた。
「奴はお前にどんな条件を提示した?」
「スーツのメモリを渡せば、彼は、私を、ガグル社の正規研究員にすると…」
ミニシャの震える唇から零れ出た言葉に、ブラウンは唸った。
「やはり、そうか」
ガグル社の高度な技術を目の当たりにしてきたミニシャにとって、これ以上の誘惑はないだろう。
「ミニシャ、お前の気持ちは痛いほど理解出来る。だが、ハンヌはお前を言葉巧みに利用しているだけだ。メモリを渡せばお前も俺もすぐに消されるぞ」
「ボリス、何をぐずぐずしている。早く探せ」
ハンヌが苛立たしげに拳銃を振り上げた。
「中佐、お前がメモリを渡さないと言うなら、ボリスを撃ってもいいんだぞ。こいつの頭脳は、ガグル社では履いて捨てるほどのレベルだが、お前らにとっては貴重品だろうからな。さて、どうする?」
その非情な言葉に、ミニシャがはっと顔を上げる。ハンヌが自分の額に銃口を向けたのを見て、息を飲んだ。
「本音が飛び出しましたな、ハンヌ殿。確かに我々連邦軍はボリスの頭脳を失うわけにはいきません。内ポケットに隠してあるUSBを渡しますから、彼女を撃つのは勘弁願いたい」
メモリの在りかを聞いて、ハンヌが歪んだ笑みを浮かべた。
「ボリス、中佐に弾を撃ち込まれたくないだろう?USBメモリを奴の服から取り出してこっちに渡せ」
ミニシャはブラウンの軍服の内ポケットからUSBを取り出すとハンヌに向き直り、腕を伸ばしてメモリをハンヌの手に置いた。
「ブラウン、ごめん!私が間違っていた」
叫ぶが否や、ミニシャは腰のベルトに差していた拳銃を素早く引き抜いた。
ハンヌに向かって引き金を引く。サイレンサー付きの小型拳銃はカチリと音がしただけだった。
「馬鹿め!俺が装填した銃を渡すと思ったか?」
ハンヌがミニシャに向かってグロックの引き金を引いた。
尋問室に銃声が響いた。
床に倒れたミニシャが上半身を起こして、大声で叫んだ。
「ウェルク!」
ミニシャを突き飛ばして自分の身体に銃弾を受けたブラウンが、脇腹を押さえてがっくりと床に膝を落とした。
「裏切り者を庇うとはな。中佐、あんたはとんだ酔狂者だ」
ハンヌが残忍な笑い声を上げながら、再びミニシャに銃口を向ける。
「裏切り者はすぐに粛清されるのが、ガグル社の習わしだ。ボリス、冥土の土産に覚えておけ」
「くそっ」
ミニシャが瞼をぎゅっと閉じた、その直後。
尋問室の扉が激しい音を立てて開くと、ものすごい勢いで一人の兵士が飛び込んで来た。
「誰だ!」
ハンヌが後ろを振り向くと、インナースーツを装着したままのダガーがブローニングを構えて立っていた。
「ヴァリル!」
「中佐、こいつを撃つ許可を願います」
グロックを自分に向けたハンヌを鋭い目で睨み付けながら、ダガーがブラウンに指示を仰いだ。
「了承した。だが、殺すな。ハンヌには色々と聞きたいことがある」
撃たれた痛みに息をに荒げながら、ブラウンはダガーに命令を下した。
「死にぞこないが、ふざけたことを言う」
「ふざけているかどうか、試してみるか?」
鼻で嗤うハンヌに、ダガーが一歩近づいた。全く隙のないダガーの動きにハンヌは小さく舌を鳴らすと、数歩、後ろに下がった。また一歩、銃を構えたダガーがハンヌに接近する。
「軍曹、これ以上俺に近付くと、こいつの頭に銃弾を食らわせるぞ!」
ハンヌはダガーに向けていたグロックを、床に座り込んで動かないブラウンに向けた。
「ウェルク!」
ミニシャがブラウンに駆け寄った。
「よせ、ミニシャ、お前も撃たれるぞ」
「構わない。連邦軍に必要なのは私じゃない。ウェルク、君だ」
ミニシャは自分の身を挺してハンヌの銃からブラウンを守ろうと、その大きな身体に覆い被さった。
「ふん。ならば、ボリス。お前もブラウンと一緒に死ね」
拳銃の引き金が引かれた。
二つの銃声が重なり、金属の弾ける音が尋問室に響いた。
自分の空になった手を凝視してから、ハンヌは床の隅へと滑っていくグロックを眺めた。
肩に視線を移すと、ローブの上衣に小さ穴が開いている。自分が二度撃たれたのだと気が付いた。
「なるほど、大した腕前だ。我が社の私設兵より、チームαの方が身体能力が勝っているという事か。だとすると、中佐の言う通り、スーツの同期数値の差異はあまり関係ないかも知れないな」
ダガーに撃たれた肩を擦りながら、ハンヌがげらげらと笑い出す。笑っているハンヌの背中にダガーが
ブローニングの銃口を強く押し付けた。
「ユラ・ハンヌ。お前を拘束する」
「俺を拘束するだと?やってみるがいい」
荒々しく叫んでから、ハンヌは自分の上半身からローブを毟り取った。