尋問
第五章あらすじ
ロング・ウォーの決着が付き、連邦軍の勝利で終わった。
フェンリルとの同期で自我を飲み込まれたケイだったが、僅かな時間で意識を回復させる。
それとは反対に、ニドホグとの戦闘でフィオナにレミィを破壊されたエマは、意識のない状態でベッドに横たわったままだった。
シン・ワンリンが連邦軍の人質となり、ガグル社とユーリーの秘密を口にする。
ユラ・ハンヌが真の目的を露わにし、ブラウンに襲い掛かる。その攻撃を回避したのも束の間、ノイフェルマンからウィーンがロシア軍に侵攻、攻撃を受けているとの情報が入る。
ウィーンに急行したブラウン率いるダガー隊を待っていたのは、ロシア軍特殊部隊隊長バラノフが率いる機械兵器だった。
第五章です。「武器を抱いて~」の"抱て"は「いだいて」、と読んで下さいね。
起・承・転・結の「転」に入っていきます。ようやくです(;^ω^)
宜しくお願いします。
「さて、ワンリン博士。食事も終わった事ですし、約束通り質問に答えて貰いましょうか」」
シャワーを浴びた後に、煤で汚れた服を着替えたシン・ワンリンは、空になった皿をフォークで突っついて音を立てながら、ウェルク・ブラウンを睨みつけた。
薄いベーコンが三枚に茹でたジャガイモ一個だけという皿の中身に、ワンリンはかなり機嫌を損ねている。それでも空腹には逆らえないようで、飲み込むように平らげた。
「聞かれたことは何でも喋ると言っているんだ、食後に温かいお茶くらい出して貰いたいもんだね」
ブリキのコップに注がれた水を恨めしそうに眺めてから、ワンリンは鼻を鳴らした。
「では、始めます」
ブラウンはワンリンの要求を無視して、抑揚のない声で質問を開始した。
「ワンリン博士、まず最初に、アメリカ軍内部でのあなたの地位をお教え願いたい」
「最初に言った通り、私は脳科学者だ。アメリカ軍の施設で脳神経の研究を行っていただけだ。兵器開発なんかには全然関わっておらんぞ」
「兵器開発に関与していない脳科学者のあなたが、戦闘真っ盛りの危険な場所に出向いてくる理由は何ですか」
ブラウンに詰問されたワンリンが眉間に皺を寄せながら、ぶつくさと喋り出す。
「二足走行兵器や機械兵器の戦闘データの収集管理だ。別の人間の仕事のはずが、そいつに急用ができたもんで仕方なく私がその役を買って出てやったんだ」
そこまで話すと、ワンリンはげんなりとした顔になった。
「まさか、マクドナルド大佐が率いるアメリカ軍海兵の精鋭部隊が全滅するとは夢にも思わなかったからな。くそっ、私がプロシアの捕虜になったのも、バートン博士のせいだ」
「バートン博士とは何者ですか」
ワンリンの口から新しい名前が出たので、ブラウンは興味深げに科学者の名を反芻した。
「アメリア・バートンはロボット工学を専門とする学者だ。あの女が生体スーツの能力を過小評価したおかげで、アメリカ軍が壊滅してしまったんだ。自分の開発した機械兵器が尽くスクラップになったと知ったら、奴め、今頃大泣きしているに違いない」
ワンリンが意地悪そうにひひひと笑った。
「その様子だと、バートンという女性科学者とあなたは犬猿の仲のようですな」
「ああ、そうだ。私はあの高慢ちきな女が大っ嫌いだ!向こうも私を嫌っているがね。まさかU11113RE5Yが、あの女をアメリカ軍に引き入れるとはな。奴の甘言に乗ってしまったのが、間違いだった。この偉大なる脳科学者のシン・ワンリンが、劣化遺伝子の集合体である連邦軍の捕虜になってしまうとは。とほほほ」
尋問室の高い天井を仰いでから、ワンリンはがっくりと肩を落とした。
「U11113RE5Yとは何ですか?」
「男に付いている名前だ。ガグル社から出奔してきた科学者とアメリカ軍の人間は、数字を省略して英字だけでユーリーとだけ呼んでいるがね」
(ユーリーだと!)
ブラウンの心音が早くなった。ガグル社きっての天才科学者。生物の遺伝子を自由自在に操る男。
(この男からその名を聞くとはな。面白くなってきたぞ)
怪しまれることがないようにと、ブラウンは冷静な態度を崩さずに、ワンリンに質問をぶつけた。
「そのユーリーというのは、どんな男ですか。今でもアメリカ軍に在籍しているのですか?」
ワンリンは忌々しいといった感じで机に頬杖を付くと、頬を膨らました。
「さっきも言った通り、私達はガグル社を出奔したのだからな。我々はアメリカ軍に頭脳と技術を提供する見返りに、地位と安全を保障されている。今更ガグル社に戻れるわけがないだろうが」
ブラウンは不貞腐れた表情で皿を睨み付けているワンリンをじっと見据えた。
(ユーリーの詳細を聞きたいが、この男はプライドが異常に高い。天才科学者の話ばかりになると、へそを曲げて何も喋らなくなるだろう。ここは慎重に言葉を選ぶしかないな)
「ワンリン博士。あなたのような天才脳科学者が、何故、ガグル社を離れたのですか」
机に身を乗り出して聞いてくるブラウンに気をよくしたワンリンが、ペラペラと喋り出した。
「出奔の発起人は、U11113RE5Yだ。彼が、ガグル社に何らかの不満を持つ学者を集めて、一緒に逃亡する計画を立てた。ガグル社は規約がえらく厳しくてね。上級役員に承認されないと何の研究もできない。私はU11113RE5Yの脳の構造を原子レベルで調べたかったんだが、頭の固い役員どもに却下されてしまった。彼が死んだら自分の脳を私にくれるというから、行動を共にしたまでだ」
役員達に見下されている腹いせもあったと付け加えて、ワンリンは鼻を鳴らした。
「ガグル社の上級役員の連中にとって、我々は社員であって社員ではないからな。この世界の人間が、人であって人でないのと同じ理由だとほざいた。あいつらは、私のような優れた頭脳を持つ者の遺伝子を、この世界の蛮族どもと一緒と考えている。原理的には同一だというのだ。それが一番許せんのだ!」
怒りに顔を上気させたワンリンが興奮して拳で何度も机を叩いた。皿の上に置いてあるフォークが飛び跳ねてカチャカチャと喧しい音を立てる。
「人間であって人間でない?博士、仰る意味がまるで分かりませんが」
「そうだろう。蛮人には分かるまい。特に、お前のような瞳の色をした人間にはな」
ブラウンの目を指差してワンリンが嘲りの笑い声を立てた。
「私の瞳の色が、どうかしたのですか?」
ワンリンが自分の何を見下しているのか知らないが、あまり気持ちの良いものではない。ブラウンは立腹を押さえて静かな口調で聞き返した。
「教えてやろう。その鉄色の瞳は、アガタ因子が発現したからだ。最終戦争の災厄後、従来の人類にはない遺伝子の一つが君に組み込まれている。中佐、それは紛れもない蛮族の出自であるという証明なのだよ」
音を立てて椅子から立ち上がると、ブラウンは座っているワンリンに向かってゆっくりと歩を進めた。
ブラウンの鋭い眼差しを上から当てられて、ワンリンがひぃと情けない悲鳴を上げ、恐怖に長身を竦ませる。
「遺伝子の話に興味は尽きないが」
ワンリンのシャツの襟元を掴むと、ブラウンはぐいと持ち上げた。
「その前に、あなたが知っている限りのアメリカ軍兵器の情報を頂きたい。ドラゴン、サイボーグと接続して起動する機械兵器、完全自動二足走行兵器、機械兵器に変身する無人戦闘機、人型になる小型戦闘車に、集合体ドローン兵器。その他に、どんな兵器を開発している?」
「わ、私は、兵器開発には関与していないから、分からないと言っただろう!」
「敵の話を私が素直に信じるとお思いか?」
ぶるぶると震えるワンリンを睨み付けていると、尋問室のドアが開いてミニシャが入って来た。
「大尉、どうした」
ブラウンがワンリンのシャツから手を離す。血の気の失せた顔のワンリンが椅子にくたりと腰を下ろすのを眺めながら、ミニシャはブラウンに敬礼した。
「ハンヌ殿がお呼びです。スーツの件で重要な話があるそうです」
「そうか。分かった」
直立不動で敬礼しているミニシャをちらりと目をやってから、ブラウンは尋問室の外で待機している兵士二人を中に呼んだ。
「私が戻るまで、博士を拘束しておけ」
尋問室の扉を閉めると、ミニシャが静かにブラウンの後ろに回った。
突然、円筒状のものがブラウンの腰に押し付けられた。銃口だと知って、ブラウンは自分に銃を向ける理由をミニシャに小声で尋ねた。
「ミニシャ、何故、私に銃を向ける?ハンヌの命令か?」
「ごめん。ウェルク。このままウルバートンが使っていた執務室に行ってくれないか」
「ハンヌの指示だな。彼は何を求めている?ヤガタ基地の支配権か?お前がハンヌに与する理由は何だ。余程の条件を提示されたな」
「それは…」
ミニシャは口籠りながら、ブラウンの腰を銃口で突っついた。
「とにかく、執務室に行って下さい。話はそれからです」
「執務室に行く必要はなさそうだ。ミニシャ、前を見ろ」
ブラウンは、自分の大きな身体に隠れて前方が見えないミニシャに顎をしゃくった。
尋問室の廊下に、ユラ・ハンヌが立っていた。
「そうだ。中佐、俺には欲しいものがある」
ハンヌは広い袖口から軽量型の拳銃、グロックを取り出してブラウンに向けながら、冷酷な笑みを浮かべた。
「お前が隠し持っている、正確な同期測定値が入ったUSBメモリだ」