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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
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エマの容体


 広間の開け放した扉の前にダンが立っていた。床の上にごろりと転がっている負傷兵の顔一つ一つに目を凝らして、ケイを探している。


「ダン、こっちだ」

 

 ケイは手を上げてダンに向かって軽く振った。

 ダンはケイを見つけると隙間なく横たわっている負傷兵を踏みつけないように慎重な足取りでやって来た。毛布の上に足を投げ出して座っているケイの傍にしゃがみ込むと、声を顰めて体調を訪ねた。


「頭はどうした。かなり痛むのか?」


「まあまあ、かな」


 何とも曖昧な返事に、ダンは眉間に深い皺を刻んでケイを睨み付けた。


「何がまあまあだ。お前、頭から顔から血塗(ちまみ)れで、レミィのコクピットで意識を失ってぶっ倒れたんだぞ。こっちはお前が死んじまったかと思って、どれだけ心配しことか」


「そうだったのか。驚かせて、ごめん」


 ケイは自分の頭部と額に分厚く巻かれた包帯を決まり悪そうに撫でた。


「コクピットだって?もしかしてお前、生体スーツのパイロットか?」


 ダンの話を耳に入れた隣の兵士が驚いた顔をして、ケイを凝視した。


「ええ、はい」


「そうか。お前が、か」


 気恥ずかしそうに返事をするケイに、傭兵は満面の笑みを浮かべて、分厚い掌をケイに差し出した。


「大した活躍だったぜ。スーツがなければ連邦軍は大敗していた。お前らは英雄だ。新兵(プライベート)なんて言っちまって悪かったな。」


「いや。そんな大げさなもんじゃないです。それに俺、入隊して間もないんで階級は新兵、二等兵です」


 傭兵に握手された手を勢いよく振り回されて、ケイは困ったように俯いた。ただ、必死だった。フェンリルと一緒に死に物狂いで戦っただけだ。


「スーツのパイロットさんよ、お前の名前を教えてくれ。俺はハイネ傭兵団副団長、マディ・ウレクだ」


「俺は、ケイ・コストナーです。生体スーツ、フェンリルのパイロットです」


 小さな声で名乗るケイを横目で()め付けながら、ダンがこほん、と咳払いをした。


「傭兵の副団長さん、俺も生体スーツ、ガルム2のパイロットです。ダン・コックスといいます。聞かれてないけど名乗っておきますね。俺の階級も二等兵ですけど、こいつよりは十ヶ月は古参です。ですので、新兵とは区別して頂きたいです」


「そうか。お前もスーツのパイロットか」


 マディは嬉しそうにダンにも手を差し出した。


「宜しくな。コックス。次の戦闘でも活躍を期待しているぜ」


「あ、はい。頑張ります」


 ダンは嬉しそうに顔を輝かせながら、マディに腕ごと振り回されながら握手をした。


「ダン、エマは、彼女はどこにいる?」


 エマの名に、ダンが一瞬、複雑な表情をしたのをケイは見逃さなかった。頬を叩いた時、エマに意識が戻ったのをしっかりと確認している。

 だから、エマは、ここにいない。生死を選別する部屋にはいない。


(なのに、ダン、お前はどうして、そんな顔をするんだよ?)


「戻ってから話す」


 ダンはケイにそう言い捨てると、素早く腰を上げた。

 マディに敬礼してから、ケイはダンの後を追った。広間から出ると、ダンは廊下でケイを待っていた。


「それで、エマの容体はどうなんだ?」


 苛立った口調のケイを、ダンはしっかりと見据えながら、ぶっきらぼうに言った。


「安心しろ。死んじゃいない」


 その言葉に、ケイは、かっとなった。


「死んじゃいないだって?何だよ、その言い方は!おかしいだろう!」


 ダンの胸元を掴んで声を荒げたると、ケイの視界がぐらりと揺らいだ。慌てたダンが腕を回して崩れ落ちそうになるケイの身体を支えた。


「悪かったよ。エマは無事だ。あいつは準貴族だからな。階級の低い負傷兵がいる大部屋とは別の場所で治療を受けている。個室のベッドの上にいるから、安心しな」


「だったら、最初からそう言ってくれよ。良かった。エマは無事なんだ」 


「ああ、そうだ。だからお前は早く部屋のベッドで休んでくれよ。俺、ボリス大尉にお前を安静にさせろって、お達しを受けているんだ」


 ケイはダンの腕を振り解くと、壁に背中を擦り付けながら立ち上がった。すれ違った衛生兵を呼び止めて、貴族の負傷兵が収容されている部屋を訪ねる。


「おい、ケイ。どこに行くつもりだよ?」

 

 衛生兵から教わった部屋に足を向けるケイを、ダンは慌てて呼び止めた。


「決ってるだろ。エマの様子を見に行くんだ」


「あいつは、今、点滴を受けて眠っている。後にしろ」


 ダンが口早で喋った。ケイはその顔をじっと見つめた。やけに緊張した表情だ。ダンから視線を離すと、部屋の反対方向へと足を進めた。


「ケイ!」


 ダンの苛立った声が不安を増大させた。急ぎ足になるケイの肩を、ダンがむんずと掴んだ。


「行くな!」


「何でだよっ」


 ダンの手を荒々しく振り払うと、ケイは大股で歩き出した。


「エマは、エマの意識は、戻っていない」


 衝撃の言葉に、ケイの目の前が真っ黒に塗り潰された。両足から力が抜け、膝を折って廊下にくたくたと倒れ込みそうになる。ダンが駆け寄って、肩を差し入れてケイの身体を持ち上げた。


「おい、しっかりしろ」


「嘘だ。そんな筈ない!エマの意識が戻っていないなんて!」


 ダンの肩に半分担ぎ上げられた状態で、ケイは掠れ声で怒鳴った。


「とにかく、こんな所じゃ落ち着いて話も出来ない。お前を部屋に連れてくからな」


「嫌だ!エマの病室に行く!」


 ダンは喚くケイを無視して肩に担ぎ直すと、廊下をすたすたと歩き出した。両手首をしっかりと掴まれて身動きが取れないケイが、両足を大きくばたつかせた。


「うわっ」


 反動で、ダンの背中が()くり(かえ)った。後ろに倒れそうになるのを防ごうとして、ケイの手首を離す。身体が自由になったケイは、基地の廊下を走り出した。


「いい加減にしろ、コストナー」


 猛獣のような声が廊下に響いた。

 ダンが飛び上がるようにして後ろを向くと、恐怖に慄いた表情で身を縮めた。ケイの真ん前に、ビルが両腕を胸の上に組んで仁王立ちしていた。


「お前、頭を怪我しているんだぞ。安静にしていろとボリス大尉に言われてるんだろうが」


「分かっています。でも、エマが」


 ビルの脇をすり抜けようとして、ケイの鳩尾(みぞおち)に激痛が走った。自分の腹に目を落とすと、ビルの大きな拳がめり込んでいた。


「ぐっ」

 

 ケイの身体から一気に力が抜けた。意識を失い前屈みになって倒れるのを、ビルがすくい上げて軽々と肩に乗せる。


「伍長、助かりました。けど、ちょっと荒っぽくないですか?」


「仕方ないだろ。こいつの怪我は頭だけだ。首から下はぶん殴っても問題はない」


「はあ…」


 困ったように肩を竦めるダンを尻目に、ビルはケイを部屋に連れて行こうと大股で歩き出した。


「あ、伍長、待って下さいよう」


 歩幅の大きなビルの後を、ダンが慌てたように小走りで追う。


「ダン、このバカが起きたら、部屋から出て行かないように見張っていろ。次に廊下をうろちょろしているのを見かけたら、腹に一発じゃ済まさないと言っておけ」


「り、了解しました」


 ベッドに寝かせたケイを鋭く一瞥(いちべつ)してから、ビルは踵を返してケイの部屋から出て行った。


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