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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
155/303

探しもの

 迫撃砲を撃ち込まれた戦車がブリキの缶のようにひしゃげて砂漠に散らばっている。

 炎に焼かれ車体のフォルムだけを残した戦闘車の残骸の脇には、半分炭化した兵士の死体が数多く投げ出されていた。

 特に簡易防護壁の周りには連邦軍兵士が銃を握りしめたまま、折り重なるように倒れていた。

 防衛線を守る為、如何に激しい戦闘が繰り広げられたかが分かる。

 戦いから六時間が経過していた。

 戦域の青空は、あと二時間もすると陽が傾いてくる。

 群青色に染まり出すと闇はすぐそこだ。


「これは酷い。皆、敵か味方か分からないくらい焼け(ただ)れている」


「破壊された二足走行兵器が、ばかでかい虫の死骸みたいで気味悪いです」


 両足をあらぬ角度に突っ張らせて倒れている二足走行兵器を避けながら、ビルとダンは砂の上に崩れ落ちている大型機械兵器を目指した。


「ダン。こいつは、お前が倒した機械兵器だな」


「はい。ガルム2のブレードで、こいつの動力装置をぶった切りました。絶縁コードを切断した際に、散った火花が燃料タンクに引火したらしくて、一瞬で火だるまになりましたよ」


「そうか」


 ビルはビックベアを屈ませて、うつ伏せに倒れている深緑の機械兵器の頭部を持ち上げた。

 真っ黒に焼け焦げた大型機械兵器の頭部には人工骨だけになったサイボーグの残骸がまだ接続されている。


「ICチップはどこにあるんでしょう?」


「中佐の説明だとサイボーグの脳に埋め込んであるらしい」


 ビッグ・ベアは、機械兵器の操縦席からずり落ちそうな格好でサイボーグの人工骨を持ち上げようとした。その途端、頭蓋骨が首から離れて砂の上に落ちた。


「こいつのチップは脳と一緒に燃えてしまったようだな」


 焼け爛れたチタン製の頭蓋骨の内側をビルは覗き込んで見た。

 小さな黒い塊が所々にこびりついているだけだった。


「伍長が倒した機械兵器はどうでしょう?」


「あれか。サイボーグに直接ブレードを突き刺して破壊したからな」


「それじゃあ、チップも粉々になっていますね」


「おそらくな。おい、ダン、あれを見ろ」


 ビルはビッグ・ベアの人差し指を戦域前線の上空で旋回しているドラゴンに向けた。


「ドラゴンの奴、こっちの黒焦げの機械兵器には目もくれないですね」


「そうだ。それも、弧の描き方がだんだん小さくなっている。どうやら戦闘地域の最前線にお目当てのチップを内蔵した機械兵器を見つけたようだぞ」


 ヘルメットに内蔵されているレーダーで位置を確認しながらダンが言った。


「ドラゴンは、フェンリルが倒した四足機械兵器の上を飛び回っています。伍長、レミィはケイに救助に最短距離を取っている。四つ足機械兵器のすぐ脇を突っ切る進路です」


「そうか。だとすると、レミィとドラゴンが接触して交戦する可能性があるな。俺達も急ごう!」


 ビッグ・ベアとガルム2は高速走行で砂を掻き上げながら走り出した。

 ダンは再びガルム2のモニターに目をやった。

 全速力でフェンリルの元へと駆けていくレミィの進路が緑の線で表示される。上空で弧を描くドラゴンの飛行路が黄色の線。緑と黄色が重なるまでの距離はあと僅かだ。


「伍長!計算では、レミィがこのままの進路を取ると四分五十二秒後にドラゴンと接触します。レミィには迂回路を取らせた方がいいんじゃないですか?」


「奴は滑空しながら高度を下げたぞ。四つ足の近くに降りるつもりだ」


 ビルとダンの無線にエマが割って入ってきた。


「伍長、こちらエマ。三キロ先の地点にドラゴンが着陸しました。四分三十秒後にはレミィはドラゴンと戦闘に入ります。ケイの救助命令はダンに変更して下さい」


「はあ?エマ、お前、上官命令を勝手に変更するんじゃねえっ!」


 怒り出すダンにエマが澄ました声で答えた。


「ダン、あんたこそ何言ってるの。レミィの目と鼻の先にドラゴンがいるのよ。先にICチップを回収されてしまったらどうするの。あたしが阻止するしかないでしょう?!」


 エマのもっともな意見に、何も言い返せないダンはぎりぎりと歯噛みした。


「ああ、分かったよ!俺がケイの救助に行けばいいんだろ!」


「それが最善策よ」 


 ビルは上官命令変更の許可を取る為に、速やかにブラウンに連絡を入れた。


「中佐、お聞きの通りです。命令変更の承諾を願います」


「了承した。命令変更を承諾する。伍長、レミィの援護に向かえ。ダンはケイを救出しろ」


 ブラウンが直ちに命令変更の通達を出す。ブラウンの命令を受けて、並走していたスーツ二体はビック・ベアを先頭に、ガルム2が追尾する態勢を取った。


「ビッグ・ベア、レミィの援護に回ります。ドラゴンめ、きさまの勝手にはさせないぞ」


「ガルム2、ケイ・コストナーを救出に向かいます。ったく、ケイの奴、いっつも手間かけさせやがって」


 ダンはぶつくさ言いながらガルム2を操って、砂の(うね)を次々と飛び越えた。

 



 両翼をパラシュートのように膨らませて、砂の上にニドホグを着地させた。

 フィオナはニドホグの胸から上半身を乗り出して、見るも堪えない姿になって砂の上に横たわるレイバントを凝視した。

 レイバントとの接続を外したのか、長い首の天辺にいる筈のマクドナルドの姿が見当たらない。


「グルルルゥ」


 ニドホグが唸って、レイバントから少し離れた場所に鼻先を向けた。

 フィオナがニドホグの胸から伸び上がって確かめると、身体と両手足がバラバラになった状態のマクドナルドが砂の上に投げ出されていた。胴体の上にマクドナルドの頭はなかった。


「酷い!あの狼スーツが、大佐をこんな姿にしたのね」


 眉間に悲嘆の皺を寄せて怒りに顔を赤く染めながら、フィオナはニドホグの体内から這い出で、己の全身を露わにした。

 ニドホグは腕にフィオナを乗せると、そっと砂の上に降ろした。

 フィオナの足元の砂が音もなくさらさらと崩れた。生まれて初めての感触だった。


「わあ」


 フィオナは目を輝かせながら、何度も砂を踏み締めた。

 フィオナの頭の遥か上でニドホグが「グルル」と微かに唸った。フィオナは顔を上げてニドホグを見上げた。


「ごめん。遊んでいる場合じゃないよね。もうすぐ連邦軍のスーツがこっちに来るものね。早く大佐の頭を探さなくちゃ。多分、この辺りに落ちている筈だけど」


 広い砂漠をきょろきょろと見回すフィオナを見て、ニドホグも巨体を屈めてマクドナルドの頭を探し始めた。縦型の大きな瞳が一点を見つめるようにして動きを止めた。


「グウルルゥ」

 

 喉を震わせたニドホグが低音で鳴く。

 呼ばれたフィオナが砂から顔を上げると、ニドホグは小刻みに足を動かして歩を進め、砂に鼻先を軽く押し付けた。

 ニドホグが鼻息を吹きかける。飛び散った砂からマクドナルドの額と突き出た人工眼が現れた。


「あった!ニドホグ、見つけてくれて、ありがとう」


 砂に埋もれているマクドナルドの頭を掘り出すと、フィオナは両手でしっかりと胸に抱えた。


「ニドホグ、モルドベアヌに戻るわよ」


 ニドホグが砂地に腹這いになるようにしてフィオナを自分の体内に収容しようとした、その時。激しい爆発音が轟いて、ニドホグの首から硬質の皮膚が飛び散った。

 不意の攻撃に防御が間に合わず、ニドホグはロケット弾の直撃を受けた。

 爆発の衝撃でニドホグの身体が大きく傾いだ。ニドホグから振り落とされそうになったフィオナが悲鳴を上げる。


「グラアアアルゥ!」


 至近距離からロケット弾の攻撃を受けたニドホグが頭を振り立てて咆哮した。

 その目にレミィがロケットランチャーを肩に抱えた姿が映った。


「ドラゴン!お前を高速ロケット弾でぶっ潰してしてやるからねっ」

 

 エマはニドホグに向けて再びロケットランチャーの発射スイッチを押した。

 爆撃からフィオナを守ろうと、ニドホグは自分の胸に前足を交差して丸まると、背中の翼で己の身体を覆った。

 ニドホグの翼に撃ち込まれたロケット弾が炸裂し、ニドホグの周辺に視野を遮る黒色火薬の分厚い爆雲が立ち込めた。


「どうだ、化け物め!ステルスを撃ち落とした砲弾の威力は。これでもう動けないでしょ」

 

 エマが得意げにレミィの肩を揺すった瞬間。爆砕したと思ったニドホグの両の翼が、ゆっくりと開いた。


「効いてない!あの翼が、ロケット弾を防護したのか?」


 驚いたエマが、あと一発残っているロケット弾の発射ボタンを押した。

 レミィの行動を予期していたかのように、ニドホグが広げた翼を激しく震わせた。

 無数の羽がヤマアラシの刺のように一斉にささくれ立ったかと思うと、次の瞬間、鋭利な刃物となって空を切り、ロケット弾に襲いかかった。


「なに?!」


 ニドホグに届く前に弾頭を切り刻まれたロケット弾は爆発を起こて木っ端微塵に吹き飛んだ。


「くそ!」


 エマは機関銃を背中から素早く取り出してニドホグに撃ち放つ。

 ニドホグは自分に機関銃を連射するレミィに向かって突進した。

 ミサイル攻撃にも動じないニドホグに五十ミリ口径機関銃の攻撃は無力だった。

 ニドホグは全身に撃ち込まれる無数の弾丸をものともせずに、機関銃を撃つレミィの腕を前足でがっちりと掴むと捩じり上げ、一気に引き抜いた。


「ひいっ!うあああっ」


 耐え難い激痛に襲われたエマは、絶叫を放ってから意識を失った。


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