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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
154/303

戦禍の果て・2


 操縦席に警告音が鳴り響く。


『戦域上空に巨大な飛翔体発見。連邦軍戦域領土に時速三百キロで接近中』


 フェンリルの人工脳は赤外線レーダーを使って敵の位置を知らせてくる。ケイはヘルメットを装着した顔を上に向けた。

ヘルメットのバイザーディスプレイに空が映る。戦闘モードに入っているので、ケイの目には外の映像は全てがグリーンのモノトーンに映っている。

 一旦、フェンリルの戦闘モードを解除すると、画面にいつも目に映っている色が戻ってきた。

 青だ。

 青一色が織りなす戦域の空に、黒い影がぽつんと浮かんでいた。

 ケイはヘルメットに内蔵されている画面に目を据えた。

 点は瞬く間に緩やかなカーブを描く二つの曲線となった。

 曲線は翼になり、翼と翼の中央に太古の地球に王者として君臨した恐竜の如き顔が現れた。

 巨大な鉤爪の生えた前後の足。太くて長い尻尾。

 黒曜石を隙間なく貼り合わせたような巨躯が、太陽の光を浴びて(にび)(いろ)に変化する。

 その背中には、フェンリルのミサイル攻撃を受けて失った両翼が見事に再生されていた。


「ヤツが、来タ」


 ドラゴン。

 アウェイオンで戦った怪物が、一回り以上巨大化して、再びヤガタに姿を現した。




「あいつだ」

 

 ニドホグの体内でフィオナはフェンリルを睨み付けた。


「銀灰色の生体スーツ。また、あたしの邪魔をするつもりなのね」


 空に巨大な円を一つ描くと、ニドホグはフェンリルに狙いを定めて急下降した。


「来たゾ!フェンリル、ヤツを引き裂ケ」


 ケイはフェンリルを戦闘モードに移した。

 人型の腕を狼の前足に変形させ完全に獣型になると、四肢を屈伸させて強力なバネのように弾かせた。

 空中に跳び上がったフェンリルはドラゴンの右翼に噛み付こうと大きく口を開けた。

 アウェイオンの時のようにドラゴンの翼を引き裂いて地上戦へ持ち込めば、フェンリルに勝機がある。

 しかし、その戦法は読まれていたようだ。

 フェンリルが襲いかかる直前にドラゴンは高速で巨体を翻すと、前足でその顔を殴り飛ばした。

 その(パワー)四足機械兵器(レイバント)の比ではなかった。

 フェンリルは砂漠の上に背中から落下して、大きな砂柱を立てた。

 ドラゴンは身体半分が砂に埋まったフェンリルを二本の後ろ足で鷲掴みにすると、空へと大きく舞い上がった。


「お前の腹を握り潰してやる!」


 上昇しながらニドホグが両足の指に力を籠める。

 凄まじい握力に、フェンリルの胴体がみしりと軋んだ。痛みにフェンリルの人工神経が収縮し、同期装置を纏ったケイの全身をぎりぎりと締め上げる。


「ぐアぁっ」


 ケイの口から悲鳴が溢れた。

 フェンリルはニドホグの足首に噛みつこうと首を激しく振り立てるがニドホグには届かない。


「放セ、バけモの!」


 ケイはフェンリルの左手を人型に戻し、切っ先の折れたブレードの刃をニドホグの左足に何度も叩き付けた。硬い皮膚が岩を砕くような音を立てて、飛び散った。

 ガアァと、ニドホグが大きく鳴いて、左足をフェンリルから離した。


「よくもニドホグを傷つけたな!」


 フィオナはニドホグを急上昇させて、右足に掴んでいるフェンリルを振り落とそうとした。

 いくら生体スーツが頑丈に出来ていても、これだけの高さから落ちたれば無事ではいられない。

 フェンリルはニドホグの足にしがみ付きながら、必死でブレードを振り回してその右足に刃を穿った。

 執拗な攻撃に耐え切れなくなったニドホグが、高度を下げてフェンリルを砂漠に放り投げる。

 フェンリルは空中で猫のように身体を捩るように回転させると、墜落の衝撃を極力抑える為に身体を丸めて背面で着地した。


「スーツめ!アウェイオンの時よりもパワーアップしたニドホグの威力を思い知れ!」


「サあ、来イ。お前の喉ヲ縦ニ切り裂イてやル」


 翼を畳んで急降下してくるニドホグに、甲冑姿に戻ったフェンリルが折れたブレードで攻撃の構えを取った。


「銀灰色のスーツ、お前をニドホグの爪でズタズタにしてやりたい!だけど」


 ニドホグは畳んでいた両翼を大きく広げると、風を溜めるように翼を膨らませた。

 一瞬のうちに、巨体がふわりと上空に舞い上がる。


「ファーザに与えられた任務を遂行するのが先だ。お前なんかと戦っている暇はない」


 そのまま高度を上げてフェンリルから去っていくニドホグに、ケイは狂ったように(わめ)いた。


「どうシた、ドラゴン!俺ト戦え!オレハ、お前ヲコロス。殺シテヤル、コロス、コロ…」


 突然、頭を棒で強打されたような激痛に襲われて、ケイは引き()った悲鳴を喉から絞り出した。


「ぐわあぁっ…うぅ…」


 あまりの痛みに、悲鳴は途中から喘鳴(ぜいめい)へと変わる。

 きつく目を瞑った途端、ふっと頭が軽くなり意識が遠のいた。

 ケイは拳で自分の頬を殴り付けて、必死で意識を戻した。

 

 だが、割れんばかりの頭の痛みに全身を蝕ばまれて、フェンリルを動かせなくなった。

 ケイはフェンリルの膝を折って砂の上に落とした。今にも突っ伏しそうなスーツの身体を両腕で支えると、そのまま動きを止めた。


「こいつ、アウェイオン戦の時と同じような不具合を起こして操縦不能になったようね。こっちとしては好都合だわ」


 ニドホグが機動力を失ったフェンリルの頭上に小さく円を描きながら様子を窺う。フィオナは高度を上げて戦域上空をすごい速さで旋回し始めた。


「マクドナルド大佐は、どこ?」




「変だぞ。ドラゴンがヤガタを攻撃してこない。どうしてだろう?」 


 地下指令室の大画面モニターを食い入るように見つめていたミニシャが首を傾げた。ハンヌも思案顔で戦域の空を飛ぶニドホグの映像を凝視する。


「あの生体兵器の動きが気になる。まるで何かを探しているみたいだ」


 そう口にした途端、ハンヌははっとした表情になった。無線のスイッチを入れるとブラウンに声を荒くして喋り出した。


「中佐!高射砲でドラゴンを攻撃できるか?」


「無理です。コンテナの一斉射撃で、砲弾は一発も残っていない」


「しまった。くそっ」


 ハンヌがテーブルを拳で叩く音が、ブラウンのイヤホンに届く。


「あのう、ハンヌ様。何をそんなに慌てているのですか」


 おずおずと質問するミニシャをハンヌは怒った顔で睨み付けた。


「呆れた奴だ。ボリス、お前はドラゴンが、この戦闘区域に現れた理由が分からないのか?」


「えっと、…はい」 


「奴はヤガタ基地を破壊しに来たんじゃない。生体スーツの対戦データを回収に来たんだ」


「あのでっかいドラゴンが、データ回収ぅ?」


「ボリス、お前も大型機械兵器の頭部にサイボーグが接続されているのを見ただろう?奴らの頭には記憶センサーICチップが内蔵されている。生体スーツVS大型機械兵器の戦闘状況は全て記録されていた筈だ」


 口早に喋り出したハンヌの険しい表情に、ミニシャが顔を強張らせる。


「戦勝を見込んでサイボーグの脳に記憶チップを埋め込んだのはいいが、まさかの全滅だからな。圧倒的な戦闘力を持つドラゴンを攻撃に使わないのは、アメリカ軍が喉から手が出るほど生体スーツのデータを欲しがっているからだ」


「って、ことは…」


「そのデータをアメリカ軍が入手すれば、即、アルゴリズム化されて戦闘用人工知能のビッグ・データに活用されてしまう。生体スーツの動きを学習した機械兵器と、この先戦闘になれば、連邦軍はかなり厳しい状況に陥るぞ」


 ハンヌの説明に、やっと状況を理解したミニシャが真っ青な顔になって悲鳴を上げた。


「ひゃああ、そりゃ大変だ!ドラゴンより先にサイボーグの記憶チップを回収しないと」


 ハンヌとミニシャのやり取りを無言で聞いていたブラウンは、ビッグ・ベア、ガルム2、レミィのスーツ三体に向かって命令変更の指示を発した。


「ロウチ伍長、コックス二等兵、お前達はサイボーグの記憶チップの回収に当たれ。ヤコブソン、お前はそのままコストナーの救助に向かえ」


「イエス、カーネル!ダン、俺達はチップの回収だ。エマ、ケイを頼んだぞ」


「了解!」


「了解です、伍長」


 戦域の広大な砂漠を、三体のスーツが、全速力で駆け出した。


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