戦禍の果て・1
半壊した移動指揮装甲車に肩を寄り掛からせながら、ブラウンは立ち上がった。
ヤガタのすぐ脇に墜落したステルス戦闘機が火だるまになって燃えている。
「装甲車が爆発しなくて助かった。青の戦域の女神は私に微笑んでくれたようだな」
戦闘機から立ち上がる黒煙に咳き込むと、肋骨に鋭い痛みが走る。
「爆風に煽られて装甲板に叩き付けられたからな。少しひびが入ったか」
ブラウンが顔を顰めて脇腹を擦っていると、イヤホンにヤガタ地下管制室のミニシャから連絡が入った。
「こちらボリス。ブラウン中佐、ご無事ですか!?」
「こちらブラウン。何とか生きてるよ」
ブラウンは軍服の胸ポケットからタブレットを取り出した。何度スイッチを押しても作動しない。
「移動指揮所の通信機器が破壊されて使い物にならない。ボリス大尉、状況を報告せよ」
「連邦軍戦域領土内主戦闘地域前線、対機甲突撃破砕線、絶対防衛陣地に侵入した軍事同盟軍の戦車隊、二足走行兵器、大型機械兵器は生体スーツが撃滅しました。領土内のレーダー網から敵影は全て消えた。軍事同盟軍は全滅です!戦域の戦闘は我々が勝利しました!」
「辛勝だったがな。有難いことに、青の戦域の女神は最後の最後に我々の味方をしてくれたようだ」
口の中に入った砂を吐き出しながらブラウンは言った。砂の上を転げ回ったせいで、どこもかしこも砂だらけだ。
軍服の砂を叩き落としていると、ナナとレミィ、その後にビッグ・ベアが、ブラウンの近くに集合した。
ヤガタ基地司令官護衛の為に、ナナとレミィはブラウンの前方に立つと、すぐに機関銃の銃口を戦域に向ける。ビルはビッグ・ベアの両膝を砂地に着かせ操縦席のハッチを開けると、急いで降下しブラウンの元に走り寄った。
「中佐!ご無事で何よりです」
「ああ。お前達もな」
ブラウンはビルに頷いてから戦域を見渡した。
「ガルム2とフェンリルの姿がないが」
「ガルム2は絶対防衛陣地を死守した傭兵団の生き残りと一緒に待機させてあります。メリル一等兵の報告では、フェンリルは最前線で大型機械兵器二体を破壊してから、四足型機械兵器と一対一で戦闘状態に入ったようです」
口元を引き締めたビルに、ブラウンが眉を顰めた。
「どうした」
「コストナーとは、未だ連絡が付かない状態です」
「どういうことだ」
ブラウンの鋭い口調に、ビルが緊張した顔で報告を続ける。
「メリル一等兵によると、四足の機械兵器は他の機械兵器よりも桁違いのパワーと瞬発力を持っていたそうです。攻撃を受けたガグル社製のスーツ二体が、あっという間にやられたと。フェンリルはかなりの苦戦を強いられたはずです」
イヤホンに人差し指を当てると、ブラウンはミニシャに言った。
「聞いたな、ミニシャ。フェンリルを確認せよ。すぐに戦域最前線に猛禽類型ドローンを飛ばせ」
「了解です」
ミニシャはヤガタ基地から一羽の鷹型ドローンを前線へ飛び立たせた。空高く舞い上がった鷹ドローンは瞬く間に最前線へと到達し、ヤガタの地下指令室へと映像を送信し始めた。
「これは…」
漆黒の色をした半身半馬の機械兵器が砂の上に脚を投げ出して横たわっていた。
人型の胸の部分が滅茶苦茶に切り裂かれて、装甲板が大きくめくれ上がっていた。
馬型の半身も胴体部分が大きく裂けている。中の機械が徹底的に破壊されて、砂の上には引き千切られたコードや噛み砕かれた機械部品が派手に散乱していた。
「まるで本物の狼に食い千切られたみたいだな。あの大型機械兵器を、ここまで破壊し尽くすなんて…」
モニターパネルの映像にミニシャは表情を強張らせた。その隣でハンヌが含み笑いを漏らしながらモニターを眺めていた。
「何とも壮観な映像だな。ボリス、ドローンを兵器の残骸に近づけろ。もっと面白いものが映りそうだ」
高度を落としたドローンから送られてくる映像をミニシャは息を飲んで凝視した。
「どうした、ミニシャ。なぜ黙っている?フェンリルは無事なのか」
ブラウンの問いに我に返ったミニシャは、無線通信をスーツ隊にも全開にして、あらん限りの声で叫び出した。
「中佐!フェンリルは、連邦軍戦域領土から退却しようとしたアメリカ軍の戦闘車を追撃して、全滅させている。目を覆うほどの凄まじい破壊行為で、だ。状況からすると、フェンリルが気狂い狼に戻ってしまった可能性が高い。暴走したフェンリルの人工脳と同期したままだと、アウェイオンの時と同じように、ケイの命が危うくなってしまう。早くケイを見つけて同期装置を外してくれ!」
「了解した」
ミニシャとの通信を切ると、ブラウンは即座に命令を出した。
「ロウチ伍長、大尉の話は聴いたな。ビッグ・ベア、レミィ、それからガルム2と合流して、速攻でケイの
救助に向かえ。メリル一等兵はこのまま待機して、ヤガタ護衛に当たれ」
「了解です」
ブラウンの命令にリンダが頷く。
「イエス、カーネル。エマ、聞いたな。すぐにスーツを獣型に変形させて最前線に向かうぞ」
「はいっ」
ビルはビッグ・ベアの操縦席に戻るとスーツを獣型に変形させた。大きな四つ足で砂をまき散らしながら猛然と走り出した。
レミィも猫型に変形した。乳白色の機体をしなやかに翻し、華麗な跳躍で最前線へと駆け出して行く。
「どうかケイが、フェンリルの人工脳に侵食されていませんように」
ミニシャが目を瞑って手を擦り合わせた。
「おい、ボリス。あれを見ろ」
ハンヌがミニシャの腰のあたりを掌で叩き出した。
「ちょっと、やめて下さい。それ、セクハラですよ」
自分の隣に立って中央のモニター画面を一心に見つめているハンヌを、ミニシャは顰め面をして睨んだ。
「鷹ドローンが未確認飛行体を捉えたぞ。人工眼の映像を拡大しろ」
ハンヌに命令された通信兵が、ドローンのカメラを砂漠から空に切り替えた。
「あれは…まさか…」
モニターを凝視しながら、ミニシャはごくりと唾を飲み込んだ。
「あれは何だ?」
ブラウンが額に手を翳して太陽光を遮りながら空を仰ぎ見た。
見開いた目の眦がきゅっと上がる。すぐに耳のイヤホンに指を押し当てて、ミニシャに連絡を入れた。
「ミニシャ、聞こえるか。飛行体を目視した。もしかして、あれは…」
「ブラウン、君の考えている通りだよ」
ミニシャの絶望的な声がブラウンのイヤホンに重く響いた。
「戦闘は終わっていない。アメリカ軍が最終兵器を投入したんだ。あれは、ドラゴンだ!」