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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
152/303

狂狼現る


「機械兵器の攻撃が鈍ったぞ」


 黒の機械兵器(レイバント)の隙を縫って、ケイはフェンリルを後方に大きく跳躍させた。

 空中で一回転し、フェンリルを四足走行へと変形させる。

 砂地に着地したフェンリルが狼の姿になったのを見て、マクドナルドが舌打ちした。


獣型(じゅうがた)で勝負するつもりか。往生際の悪い奴だ」


「折れたブレードでは戦えない。銃もない。人型じゃ丸腰だ。だけど、狼の姿になれば、フェンリルの爪と牙で戦える。俺はまだ戦えるんだ!」


 フェンリルは砂地を高速で駆った。

 レイバントに飛びかかろうと突進して来るフェンリルから間合いを取ると、マクドナルドはレイバントをフェンリルと並走させた。

 真横からフェンリルの胴を一刀両断するべく長剣を構える。


「行け、フェンリル!あいつを倒せ。俺達のヤガタを守るんだ!」


 フェンリルは操縦席で叫ぶケイに全身で反応した。

 身体を低く保ち、右へ左へと高速でジグザグに走ってレイバントへ接近する。


「スーツめ!貴様をズタズタにしても足りないぞ」


 レイバントの長剣(ソード)が怒涛の勢いでフェンリルに襲い掛かる。

 ケフェンリルの胴を一太刀で切断しようとする長剣をケイは必死で回避した。

 レイバントの白刃がしゅっと音を立てて、フェンリルの身体を掠っていく。削り取られた薄い金属片が花びらのように宙に舞い上がった。


「逃げ足の速い(けもの)が!」


 勢いよく振り下ろされた長剣をフェンリルは前足で強く弾いた。

 その衝撃でレイバントの腕が伸び切って、長剣(ソード)がフェンリルから大きく離れた。

 レイバントの隙をケイは見逃さなかった。


「今だ!フェンリル!」


 ケイの叫びに呼応して、フェンリルがレイバントに稲妻の如く飛び掛かった。

 右腕にがぶりと噛み付き歯を食い込ませる。腕を破壊されたレイバントが砂の上に長剣を落とした。


「放せ、この、汚らわしい狼が!」


 マクドナルドはレイバントの左腕をフェンリルの首に巻き付けて力の限り締め上げた。


「フェンリル!フェンリル!俺に、お前の力を与えてくれ!」


 あらん限りの声でケイが()えた。


「こいつの腕をこのまま噛み切ってやれ!」


 フェンリルはぶるりと身体を震わせると、口の中にある機械の右腕を一気に噛み砕いた。

 両方の前足の爪をレイバントの胸元目掛けて一気に突き立てる。

 フェンリルの攻撃を受けて動力部に損傷が起きたらしい。レイバントが左腕の力を弱めたのをケイは見逃がさなかった。


「フェンリル、こいつを食い千切れ!」


 長剣を失ったケンタロウスは、もはや無力な馬と化した。

 フェンリルは瞬く間にレイバントの前脚に噛みついて、膝から下を引き千切った。

 足を一本失って横倒しになったレイバントを前足で押さえ込み、容赦なく牙と爪を立てる。

 馬の胴体部分の鋼鉄を鋭い爪で切り裂き、剥き出しになった機械装置(メカ)を鋭い犬歯で切断していく。

 その姿は、獲物を(ほふ)るどう猛な狼そのものだった。

 数発の銃声がした。

 レイバントの頭部から機械兵器の操縦コネクターを外したマクドナルドが、フェンリルの頭を狙って拳銃を撃ったのだ。


「死ね!この、化け物が!」


「フェンリル、殺せ!こいつを、敵を殺せ!」


 砂漠に仁王立ちして拳銃のトリガーを引き絞るマクドナルドを前足で薙ぎ払ってから、フェンリルはその全身を爪と牙でばらばらに引き裂いた。


「殺せ、殺せ、殺せ、コロセ」


 フェンリルが自分の命令通りに動いているのか、それともフェンリルによって自分の意思が動かされているのか。

 極度の緊張に支配されたケイには分からなくなっていた。

 機能を停止して動かなくなったサイボーグの残骸から顔を上げると、フェンリルは操縦者を失って砂の上に横たわっているレイバントに飛び乗って繰り返し牙を立てた。

 フェンリルの異常な行動に、ケイは息を飲んだ。


「もうやめろフェンリル!機械兵器は動いていない。これ以上攻撃したって意味がない」


 それでもフェンリルは攻撃を止めなかった。

 ケイの命令を無視して機械兵器を破壊し続ける。見る見るうちにレイバントは無残な姿になっていく。


(気狂いウルフ)


 ダンの言葉が脳裏に蘇った。


「制御できていない」

 

 ケイはフェンリルとの同期を緊急解除しようと、スイッチに手を伸ばした。


「腕が、動かない!どうして?」


 インナースーツの上に纏っている同期装置に異変を感じたケイは、腕に装着してある網目状の同期装置を慌てて毟り取ろうとした。

 同期装置が、どくん、と波打った。


「何だ?同期装置が動いたぞ?!」

 

 突然、こめかみに痛みが走った。


「つうっ」

 

 急いでヘルメットを外そうとするが、同期装置に動きを阻まれる。


「…これは、アウェイオンでドラゴンと戦った時と同じ状態だ。フェンリルの人工脳が暴走したんだ!」


 人工神経線維は、同期装置を外そうともがくケイのヘルメットの内側を突き破った。

 ケイの額に幾重にも巻き付いて締め上げると、鋭く尖った神経線維の先端を頭皮に突き刺した。


「うわあああ!」


 あまりの痛みに、ケイは悲鳴を喉の奥から(ほとばし)らせた。

 暴走した人工神経線維がケイの頭皮を突き破り、頭蓋骨に張り付いた。フェンリルの神経は蜘蛛の巣のように広がって前頭骨と側頭骨に広がって小刻みに振動し始めた。

 振動は人の声となって、ケイの脳に直接響いた。


「コロセ」

 

 酷く落ち着いた囁き声は憎悪に()られていた。ケイは声を絞ってフェンリルに叫んだ。


「フェンリル!やめろ!戦いはもう終わり…」


 言葉は続かなかった。頭が破裂しそうなほどの激痛に、ケイは意識を失った。

 操縦席にぐったりと寄り掛かったまま、ケイは動かなくなった。

 頭から流れ出した血液が数本の筋となって頬を伝う。

 フェンリルの人工神経線維が血を求める蔓となってケイの顔を這い出した。

 フェンリルの人工神経線維で顔を覆われたケイが顔を持ち上げた。

 かっと目を開くと、真っ赤に充血した眼球で、コクピットのモニターを凝視する。

 モニターパネルにはアメリカ軍の戦車と戦闘車両が戦域から撤退していく様子が映っていた。


「コロセ、アレハ、テキダ」


 ケイは野獣のような雄叫びを上げた。狼の姿のままで、砂の平原を疾駆する。


「コロセ!コロスノダ!!」


 生体スーツの追撃に気付いた戦車は、砲塔を百八十度回転させて連続砲撃を始めた。

 砲弾の弾道を瞬時に計算したフェンリルは自分に向かってくる砲弾を横に跳んで全て回避すると、全速力で逃げる戦車に追い付いた。

 フェンリルは全速力で走行する戦車の砲塔の上に飛び乗ると、戦車砲に噛み付いて持ち上げた。

 砲身が捻じ曲がり、砲塔ごと戦車の本体から引き剥がされる。

 砲塔を失って大穴の空いた戦車に人型に戻した前足を入れて、激しくかき回す。

 フェンリルの指で潰された兵士の絶叫はすぐに止み、戦車は停止して動かなくなった。


「コロセ」


 フェンリルは散開して逃げようとする三両の歩兵戦闘車に顔を向けた。

 砂を水しぶきの如く空中に巻き上げながら追い付くと、重量が三十トンはある戦闘車を横から体当たりした。

 砂上に斜めになって停止した戦闘車のキャタピラを両手で掴んで外す。

 走行不能になった戦闘車の後にあるアクセスドアが開き、機関銃を手にした歩兵が飛び出してきた。


「こ、この、化け物め」


 自分に向かって一切に銃撃を開始した兵士全員を、フェンリルは手を一振して薙ぎ払った。

 首や手足をあらぬ方向に折り曲げた身体を砂に叩き付けられて絶命する兵士達に目もくれず、最後に残った戦闘車を追う。


「助けてくれぇぇ!」

 

 あまりの恐怖に戦意喪失した戦闘車の搭乗員は悲鳴を上げながら砂漠を逃げ惑った。

 悲しいかな、戦闘車の速度がフェンリルのスピードに敵う筈もない。車体に飛び乗られたフェンリルにあっという間に機関砲を叩き潰された。

 フェンリルは地雷や手榴弾、照明弾が入ったバスケットを戦闘車の後部からもぎ取ると、砲塔のすぐ後ろにある戦闘室のハッチをこじ開けた。

 ハッチから突き出した複数の銃口が発砲するのも構わずに、バスケットの口を開けて投げ入れる。

 地雷と手榴弾が車内にぶちまけられた戦闘車は、操縦席で爆発を起こして停止した。敵の戦闘車の残骸が砂の上に散らばっている。敵の兵士の惨たらしい死体も一緒だ。

 ヘルメットから騒々しい音が発せられる。

 敵接近を知らせる警告音だ。

 ケイはフェンリルを後ろ足で立ち上がらせると、ヘルメットに装着されたゴーグルの中で目を動かした。


「新たナ、敵が、来ルぞ」


 ケイとフェンリルの声が重なった。

 人の両腕と、顔と胴体が獣という異形の狼は、赤く光る人工眼を地平線に向けた。


「フェンリル、アイつヲ、コロセ。殺すんだ」


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