死闘
フェンリルを切り刻もうとレイバントの長剣が乱舞する。
あの刃に捕まれば一撃で死を招く。
ケイは長剣から逃れようと、必死でフェンリルの上半身を限界まで捩じった。
だが、漆黒の四足機械兵器の長剣は確実にフェンリルを捕えていた。
「だめだっ。避けきれない!」
すぐ目の前に迫る白い光がフェンリルを肩から縦に切り裂こうと振り下ろされた瞬間。
レイバントの人型の上半身が大きく揺れた。フェンリルに振り下ろされた長剣は僅かに逸れてフェンリルの腕を掠ってから空を切った。
「!」
レイバントが動きを止めた。その一瞬を見逃さずに、ケイはフェンリルをレイバントから跳び退かせた。改めてレイバントに目をやると、その左肩に剣が突き刺さっている。
「なん、だ?」
レイバントがゆっくりと後ろを振り向く。ケイもレイバントの視線を追った。
G―2が倒れたままで左手に残った剣を構えている姿が映った。
「G―2!」
思わず叫ぶと、ケイのイヤホンにルシルの喘鳴が聞こえてきた。
「いいか、小僧。借りは返せよ。ロラの仇を取ってくれ。それまでは絶対に死ぬんじゃないぞ」
「ベルナルドさん!」
「死に損ないが、この俺の邪魔をするとはな」
レイバントは左肩に刺さった剣を引き抜いてG―2に素早く駆け寄ると、その背中に突き立てて深々と刺し貫いた。
「わあああっ!」
目の前でルシルが絶命するのを見たケイは絶叫を放った。
「ちくしょう!よくもベルナルドさんを殺したな!」
ケイは我を忘れてレイバントに襲い掛かった。
左右のブレードで交互に切りつける。だが、ブレードは空気を切り裂く音を残しただけで相手のボディには届かなかった。
漆黒の四足機械兵器はフェンリルの攻撃をひらりと躱して、前足の後に後ろ足を砂地へと軽やかに着地させた。
機械とは思えない優雅な動きは本物の馬のようだ。
レイバントがゆっくりとフェンリルに向き直った。斬り掛かるタイミングを計っているらしい。
「くそおっ!」
フェンリルを動かす度に、傷付いた人工筋繊維が軋み、ケイの身体に痛みが伝わってくる。
歯を食いしばって耐えると、苦痛は喘鳴となって喉の奥から込み上げて、口の端から漏れ出た。それはまるで本物の狼の唸り声のようだった。
ケイは肩で息をしながら防御態勢を取った。
レイバントが横に寝かせた長剣の刃をフェンリルに向けるのを、荒い息の下で瞬きもせずに凝視した。
「あいつ、疾走しながら剣をスライドさせて、フェンリルの胴体を真っ二つにするつもりだな」
スーツの傷付いた部分を狙うのは当然だ。
防御を優先。それしかない。だから、ブレードで腹部を守ろうと腕を下げたフェンリルのどこを機械兵器は狙ってくるか。
それは多分。
長剣が目にも止まらぬ速さでフェンリルに向かって弧を描いた。
「読み通りだ!!」
ケイは長剣がフェンリルの頭部に振り下ろされる前に、刃先の折れたブレードで長剣を受け止めた。
渾身の力で長剣を振り払う。同時に左のブレードをレイバントの人の形をした胴体に向かって突き出した。
手ごたえを感じた。ブレードの先がレイバントの腹部に刺さっている。
「やったぞ!」
「ちいっ」
レイバントが前脚でフェンリルの負傷した腹を思い切り蹴り上げた。
「うわっ」
衝撃でブレードの刃から長剣が外れた。
体勢を崩したフェンリルに、レイバントが長剣を振り下ろす。ケイが即座に左腕のブレードでそれを受け止める。長剣とブレードの刃が激しく擦れ合い、火花が飛び散った。
「しぶとい奴だ」
マクドナルドは長剣を引きながら後退して間合いを取った。
「パイロットめ。スーツの首を刎ねてから、返す刀で串刺しにしてやる!」
レイバントを駆ってフェンリルに急接近したマクドナルドは、目にも止まらぬ速さで長剣を縦横に振るった。
エンド・ウォー以前からの大切な部下を、三人も殺された憤怒を長剣に宿らせ、鬼の如くフェンリルに打ち込んでいく。
「くっそおおおっ」
ケイは唸り声を上げた。
レイバントはフェンリルを切り刻もうと狂ったように長剣を振り回している。ブレードでの防御が精一杯で、攻撃に転じることが出来ない。
頭上に振り下ろされた長剣を右のブレードで受け止めた途端、鈍い金属音を響かせてフェンリルのブレードが真っ二つに折れた。
「しまった!右のブレードも折れた」
フェンリルの使い物にならなくなったブレードを見て、マクドナルドは土色をした唇をぐいと引き上げ、歯列を剥き出しにした。
「スーツめ、今度こそ貴様を地獄に送ってやる」
フェンリルの首を刎ねようと、長剣が真横から迫ってくる。
「やらせるかぁぁっ!」
ケイはフェンリルの身体を捩じって長剣の前に左ブレードを突き出した。
「無駄だ」
刃先の折れたブレードをひらりと躱した長剣がフェンリルの首に突き刺さろうとした瞬間。
どん、と音がして砂漠が揺れ、ヤガタ基地から黒い爆炎が上がった。
爆発に気を取られたマクドナルドの長剣が、フェンリルの首を僅かに掠めて離れた。
「何だ?まさか、ヤガタ基地が、破壊された?!」
ケイが長剣を躱しながら叫んだ。
ヤガタから砲弾が数発、高速で対機甲突撃破砕線の外に飛んでいくのが見えた。
「あれは連邦軍の高射砲だ!良かった、ヤガタ基地は無事なんだな」
「しまった!奴らの狙いはアメリカ軍の指揮コンテナ車か」
マクドナルドはレイバントの前脚を跳ね上げて、フェンリルから距離を取った。
砂の丘陵の向こうに砲弾が落下する。複数の爆発音が乾いた空気を振動させた。
真っ黒なキノコ雲が空に向かって立ち上る。
「指揮所の状況はどうなっている!キャサリン、応答しろ!」
イヤホンに指を押し立て大声を上げるマクドナルドに妻からの返事はない。
代わりにワンリンの興奮した声がイヤホンから聞こえてきた。
「大佐、私だ!連邦軍から砲撃を受けて指揮所は壊滅状態だ。コンテナにいた将校が戦死して、指揮系統を失った兵士が右往左往している」
「ワンリン博士!キャシーは無事ですか?」
パニックになっているワンリンは、マクドナルドの問いを無視してがなり立てた。
「コンテナ車を護衛していた戦闘車が、私を置いて逃げ出した!くそうっ!基地に戻ったら、あいつら絶対銃殺刑にしてやる。大佐、直ちに戦闘を放棄して私の護衛に当たれ」
「もう一度聞く。ワンリン、私の妻は、キャシーは無事か?」
恐ろしい怒声を放ったマクドナルドに、ワンリンはひっと息を飲んで怯えた声で答えた。
「キャサリンは死んだ!脳ストレスの数値が限界を超えたのに、ステルスを操作し続けたせいだ。私はこんな恐ろしい場所に一分、いや、一秒でもいたくないんだ。マクドナルド、私の護衛もお前の任務のうちだろう?早く指揮所に帰って来なさいっ」
「キャサリンが、死んだ、だと」
マクドナルドは土色の唇を噛みしめた。
このまま噛み切ったとしても血は出ない。身体は人間ではないからだ。
だが、脳は人間として機能している。怒りと悲しみで爆発しそうな心は人のものだ。
「ぐわあああああ」
怒りの雄叫びを上げると、マクドナルドはフェンリルに剣先を向けて突進した。
「私は、目の前のスーツを倒すまでは戦線離脱などしない!」
フェンリルは、折れたブレードでレイバントの長剣を弾いた。レイバントはすぐに攻撃を立て直し、ブレードの刃に長剣を幾度も叩き込んだ。
「あなたの保護はイーサンに任せます。至急彼に連絡を入れて下さい」
「ミラーも死んだぞ!アメリカ海兵隊はお前を残して全滅した!」
「何だって…」
ワンリンの言葉に衝撃を受けて、レイバントの攻撃速度が落ちた。