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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
146/303

地下発電所


 金属製の分厚い大扉を開け放して、リンクスが飛び込んだ。

 アメリカ軍からの攻撃がないのを確認してから、キキとガルム1を侵入させる。


「うわあ、壮観だなあ」 


 ジャックはガルム1の身体を捩じって巨大な地下発電所をぐるりと見渡した。

 恐ろしく広い空間に大型の長方形が整然と列を作っていた。床を這う複数の太いケーブルで一個一個が繋がっている。

 赤、白、黒の三種類に色分けされたケーブルは、どれもが岩壁を這い天井を突き抜けていた。


「これがアメリカ軍の地下発電所か。でっかいな」


 ダガーとハナもスーツの人工眼から辺りを見す。

 ジャックがガルム1の人工鼓膜の出力を上げた。


「地下十キロ地点で、タービンの回転音が微かに聞き取れます。この地下発電所は地熱を蒸気に変えて電気に変換しているんですね」


「なるほどな。人の作業員は誰もいないのか」

 

 ダガーが辺りを窺いながら呟いた。

 人型ロボットが通路を動き回っている他には、動くものが見当たらない。


「人為的ミスを防ぐ為に、ロボットだけでメンテナンスしているんでしょう。あの四角い箱は発電装置を守るカバーです。ブレードで切りつければ破壊出来るけど、箱の中は超高圧電流が流れている。感電すると、さすがの生体スーツも一瞬で炭化してしまいます」


 ジャックの説明にハナがキキの首を横に傾けた。


「炭にはなりたくないわね。どうやって破壊すればいいかしら?」


 ジャックが細い送電線ケーブルを持ち上げた。


「これは兵器充電専用の送電ケーブルですね。絶縁体チューブを持てば感電はしません。中の銅線を剥き出しにして、そこのコンセントに突っ込んでショートさせちゃいましょう」


 ガルム1が指差す方向に、リンクスとキキが顔を向けた。壁には機械兵器専用の大きな充電コンセントが一定間隔で設置されている。

 キキがケーブルを手で固定し、ガルム1がブレードを使って慎重にチューブに切れ目を入れる。

 左右から布を絞るように引っ張りながらケーブルを捩じ切っていると、メンテナンスロボットが頭の上の緊急ランプを点滅させながらスーツに近寄って来た。


「申し訳ないけれど、君達にお仕事して貰っちゃ困るんだ」


 ジャックは自分に群がるロボットを足で蹴飛ばしながら、切れたケーブルの先をプラグに差し込んだ。

 バチッという大きな音がして、発電所の照明が消えた。

 プラグから飛び散る火花は早くも大きな炎へと変わっていた。

 消火しようと集まってくるロボットの頭をブレードで叩き割ってから、ダガーは叫んだ。


「ここはもうすぐ火の海になる。ジャック、侵入経路とは別の通路をすぐに探せ!」





 ニコラスは焦っていた。

 ララが最初の陣痛を感じたのが二時間前。

 破水して本格的に陣痛が押し寄せるようになった時、敵スーツが基地に侵入したとの情報が飛び込んで来た。

 ユーリーに招集をかけられたバートンは分娩室を飛び出して行ったきりだ。

 戻ってこないバートンの身を案じているのだろう。ララはニコラスに不安に揺らぐ目を向けてから、自分の肩に置かれているその手をきつく握った。


「大丈夫ですよ、メイ博士。バートン博士なら、もうすぐ戻って来ますから」


 ニコラスがララの手を優しく握り返すのと、彼女の口から苦し気な悲鳴が上がったのは同時だった。


「赤ちゃんの頭が出ましたよ!もう少しだ。頑張って!」


 医師と看護師がララに声を掛ける。

 ニコラスはただララの隣に立って、汗にまみれた彼女の顔を見ながら、その手を強く握りしめているしかなかった。


「ううう」

 

 ララが再び大きな唸り声を上げた。

 おぎゃあ、と赤ん坊の産声が部屋中に響いた。


「生まれた!女の子だ!メイ博士、おめでとう」


「ありがとう、ニコ。あなたがいてくれて、よかった」

 

 荒い息をしながら、ララがニコラスに微笑んだ直後、分娩室が暗闇に包まれた。

 突然の停電に看護師が悲鳴を上げた。

 分娩室の電源が緊急用の自家発電機へと切り替わり、すぐに照明の光が戻ってくる。

 悪い予感がしたニコラスは、イヤホンから指令室に無線連絡を入れた。


「ユーリー!分娩室の照明が切れた!まさか…」


 ニコラスの耳に緊迫したユーリーの声が返ってきた。


「第五地下発電所から出火した。敵スーツの奴らが機械兵器充電用プラグをショートさせたらしい。最悪、爆発が起きる可能性がある。ニコラス!ララを連れて、早く上階へ避難しろ!」





 ダガーの命令を受けたジャックは、ガルム1の人工脳にインプットした機械兵器の情報を引き出して、モニターパネルに映し出した。


「最短距離で基地の外に出られる機械兵器用通路を見つけました!」


「よし!すぐに脱出する」


 ジャックの示した扉を開けると、そこには機械兵器の十体が待機していた。


「機械兵器の一個分隊がいるぞ」 


 ダガーが叫ぶと同時に、戦闘態勢を取った一体が長剣(ソード)を扉から突き入れてきた。


「長剣での攻撃…って事は、人が操縦している機械兵器か」


 リンクスがブレードで素早く応戦して機械兵器の腹を真一文字に切り裂いた。

 間髪入れずに攻撃を仕掛けてきた機械兵器の長剣を右のブレードで受け止めると、左のブレードで両膝の下を切り放った。

 前のめりになって倒れる機械兵器の手から長剣を奪い取ると、リンクスは通路で長剣を構えている機械兵器に回転をかけて投げつけた。

 手前の機械兵器が慌てて左右に飛び退く。長剣は最後尾にいる機械兵器の顔に深々と突き刺さった。

 瞬く間に仲間三体がやられた機械兵器は剣を構えながらじりじりと後ずさった。

 スーツの剣の腕が自分達より格段に上だと理解したようで、先制攻撃を仕掛けて来なくなった。


「奴ら、銃は携帯していないな」


 ダガーの言葉にジャックが頷いた。


「そうでしょうね。火事になった発電所に弾丸が飛び込めば大爆発を起こしますもん。この周辺が吹っ飛んだらアメリカ軍は上を下への大騒ぎになるだろうな」


「ならば、残りを切り伏せて突破するまでね」


 ハナはキキのブレードの左右両方の刃を構えて機械兵器に躍り掛かった。

 あっという間に二体をなぎ倒す。

 瞬く間に分隊の半分を失った機械兵器は、隊列を維持できずに撤退し始めた。

 その後を追うようにして、リンクス、キキ、ガルム1が侵入した通路を走り出した。

 逃げ惑う機械兵器に攻撃をかけないで追い越した。追い抜かれた機械兵器はその場に呆然と立ち尽くて、スーツ三体を見送った。


「あんたたち、ぼけっと突っ立っている暇があるんだったら攻撃してきたら?」


 機械兵器の脇をすり抜けるハナが声を放った。


「ハナさん、無線の周波数が違うから聞こえないですよ」 


「言ってみただけよ」


 ジャックのお節介にハナがふんと鼻を鳴らした。

 途中、スーツを掃討する為に放たれた自律型機械兵器をブレードで切り伏せながら、リンクスとキキ、ガルム1は脱出ルートをひた走った。


「あと少しで出口です」


 新たな一個分隊の機械兵器が脱出口を背にして並列で待機していた。

 正面に現れたリンクス達に、機関銃を一斉に連射してくる。

 リンクス、キキ、ガルム1が目にも止まらぬ速さで三手(さんて)に分かれた。それと同時に機械兵器の銃口も三方向に散らばった。

 スーツ一体への攻撃力が落ちたのを見計らって、ダガーとハナ、ジャックは銃弾をブレードで弾きながら敵部隊に突っ込んで行った。

 息を飲むような素早い身のこなしで銃弾を回避しながら突進してくるスーツに、機械兵器のパイロットが思わず後退りした。

 リンクスが稲妻の如く飛び出して、中央にいる機械兵器の頭と腕を根元からブレードで切り落とした。

 床に落下する前にその腕をキャッチして機関銃を奪うと、リンクスは他の機械兵器の顔面に向けてトリガーを引いた。

 銃弾でセンサーアイを粉々にされた機械兵器が方向感覚を失って、仲間の一体に銃弾を撃ち浴びせる。その背後に忍び寄ったガルム1がトリガーを引き絞っている手にブレードの刃を落として機関銃を奪った。

 接近戦に持ち込んだ機械兵器が機関銃を投げ出して長剣(ソード)攻撃に切り替える隙を突いて、ハナは機械兵器の首を刎ねた。

 返す刀で背後から長剣で切りかかってきた機械兵器の胸にブレードを深く突き刺す。前と後ろに倒れ込んだ二体の機械兵器の手から機関銃をもぎ取った。


「ハナ、ジャック、門を開けろ!」


 後ろから現れた二足走行兵器の群れに銃弾を浴びせながら、ダガーはキキと、ガルム1を先に出口に向かわせた。

 キキに援護されたガルム1が、すぐさま兵器通路の鉄門のスイッチを操作して手動に切り替えた。


「軍曹、早く!」


 全開した門の外には、断崖絶壁が連なる侵入経路とは正反対の穏やかな稜線(りょうせん)になっていた。

 兵器の搬入出口はアスファルトで舗装されている。

 正面と両脇に待機していた二足走行兵器を銃撃で排除してからガルム1が飛び出した。

 次にキキ、最後にリンクスが門の外へと脱出する。 

 ダガー達は攻撃態勢を維持しながら、尾根を切り開いて作られた道を下っていった。

 途中で待ち構えている機械兵器に銃弾を撃ち込んで、退路を確保する。


「この道なら、あっという間に山の(ふもと)まで降りて行けますね」


 ハナは、ジャックの呑気な言葉にコクピットの中で顔を顰めた。


「なに言ってるの。追撃されないように、すぐに山林ルートに入るわよ」


 銃撃戦の途中、足に微かな振動を感じた。地下発電所が爆発したようだ。

 それを機に、アメリカ軍の火力が弱まった。機関銃は撃ってくるが散発程度だ。

 加勢に来た二足走行兵器共々、機械兵器は防御態勢を取ったままその場から動かなくなった。

 リンクス達スーツ三体は機関銃の銃口を敵兵器に向けながら退避を開始した。

 それでも敵は追いかけて来ない。


「私達に構っている暇はないみたい」


「今頃、アメリカ軍は発電所の消火に必死ですよ。タービンにまで火が回ったら、基地全体が吹っ飛んじまう。逃げていく敵と戦っている暇はないでしょう」


「作戦は完遂した。速攻で基地へ戻るぞ」


 ダガーはリンクスを獣型に変形させて、その四肢を大きく跳躍させた。





「第五地下発電所の状況は?!」


「防火扉を閉鎖して外部の空気を遮断しました。現在、天井から消火剤を大量投入しているところです。変電所の電圧をゼロに落としたので、二次災害は起きていません」


「そうか。それで、損傷はどれくらいになる?」


「発電所内部はかなり高温になっています。設備は全焼。修復は困難かと…」


 憔悴しきった通信兵が、虚ろな目で指令室のメインモニターパネルを見上げた。

 大画面のあちこちに、生体スーツに破壊された基地内部の映像が張り付けられている。


「連邦軍め。俺を本気で怒らせたな」


 ユーリーは怒りに身体を震わせながら、モニターパネルをいつまでも睨み付けていた。



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