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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
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恐怖の犬


 ダガーに指示された合流地点に到着すると、ハナはキキを人型に戻した。


「軍曹、着きました。どこですか?」


 頭上から甲高い金属音がした。見上げると、天井の金属板をスーツのブレードが貫いている。

 亀裂を作った場所からリンクスとガルム1が両手で一気に押し広げると、あっという間に大きな穴が出来上がる。二体のスーツは素早く通路に飛び降りた。


「敵情を報告せよ」


「白い機械兵器を倒してから、進路妨害は全く受けませんでした。想定していた後方からの攻撃もありません」


 ダガーとハナのやり取りを聞いていたジャックが、声を顰めて言った。


「なんだか嫌な予感がしますね」


「そうだな。この先はすぐ発電所だ。アメリカ軍め、俺達を阻止する為にどんな兵器を投入して来るか楽しみだ」


「軍曹!ハナさん!あれを見て下さい。言っている側から来ましたよ!」


 ガルム1が前方を指差した。体高五メートル、体長は八メートル近い大型の四足(よんそく)兵器が、通路を塞ぐように現れた。


「ジャック、同じ型のが、後ろからも現れたわよ」


 前と後ろから一頭ずつ、スーツに向かってゆっくりと前進して来る。

 それは、天井裏で倒した節足動物と同質の硬い表皮が細長い顔を覆っていた。

 背中に生えた大きな刺が乱雑に並び、長い尻尾の先はドリルのように尖っている。

 幾重にも垂れ下がった薄汚れた灰色の皮膚には、関節のある突起物がびっしりと生えていた。

 兵器は一定の距離で足を止めると、生体スーツに血のように赤い目を据えた。上唇がめくれ上がり、巨大な犬歯が剥き出しになった。


「犬型の生体兵器ですね。身体に生えている突起が人の指みたいに見える。ムカデ頭よりも、もっと醜悪な姿だ」


 ジャックが吐き捨てるように言った。


「どうやったら、あんなに気味の悪い生体兵器を作れるのかしらね」


 ハナがブレードを腕から出して戦闘態勢を取る。


「俺は前方のを排除する。お前達は後ろの奴を倒せ」


 ダガーはリンクスに右のブレードを構えさせると、生体兵器に突進した。

 犬型の生体兵器もリンクスに向かって走り出した。ダガーが犬の首の付け根を狙ってブレードを突き立てようとした瞬間、生体兵器の両肩からもの凄い速さで指がひも状に伸びてリンクスの腕とブレードに巻き付いた。


「これは?!」


「うわっ!指が伸びてブレードに巻き付たぞ!」

 

 ジャックの声にリンクスが後ろを振り向いた。リンクスと同じく、ガルム1とキキの腕とブレードにも伸びた指が二重三重に巻き付いている。


「くそ!」


 リンクスの腕を振り上げて、ブレードに巻き付いた紐のようになった指を左手で力を込めて引っ張った。

 犬の足がよろけたのを見逃さずに、ダガーはリンクスを軸にして回転を始めた。リンクスの周りを円を描いて走り出す。

 回転の速度を速める。犬の足が床から浮いた。

 リンクスは投てきを投げるように犬型生体兵器を振り回すと、その不気味な身体を思い切り壁に叩き付けた。


「ギャンッ」


 硬い岩盤に叩き付けられた犬はしわがれた悲鳴を上げて、リンクスの腕とブレードに巻き付けたひも状の指を離した。

 壁にべったりと張り付いたまま、九十度に首を捩じった犬がリンクスを見た。


「何だ、こいつは?」


 ダガーはその異様な姿に目を見張った。

 指の先が吸盤になってその身体を壁に貼り付けている。吸盤を蠢かせながら床に降りると、生体兵器は再び犬の姿に戻った。

 隙あらば飛び掛かろうと、低く唸りながらリンクスの様子を窺っている。

 生体スーツの攻撃を指で封じた犬が、キキとガルム1の頭に顔を急接近させた。

 大きな口が耳の後ろまで裂けて黒い牙が剥き出しになる。

 それを見たジャックが悲鳴を上げた。


「ハナさん!あいつ、噛み付くつもりですよ」


「放しなさいってば、気色悪い!」


 ハナはキキのブレードに巻き付いたひも状になった指に、左から突き出したブレードの刃を押し当てて引いた。ブチっと嫌な音がして、指がキキの足元に落ちた。


「切れた!」


「そうか!切り方にコツがあるんですね!」


 ジャックもハナと同じようにブレードの上で刃を立てると、生体兵器の長く伸びた指を切り離した。


「これでも食らえ!」


 ガルム1が目の前まで迫った犬型生体兵器の口に自由になったブレードの切っ先を突っ込んだ。

 犬が頭を引っ込めた。狂ったように咆哮するとスーツから距離を取って、くるりと身体を丸めた。背中の刺がずらりと上を向く。

 口の中を切られて怒り心頭なのだろう。タイヤのように回転しながらガルム1に迫って来た。

 体当たりされる直前でガルム1が飛び退く。犬がすぐに反転して、まだ体勢を立て直せていないガルム1に鋭い刺を突き立てようとした。


「わっ、くそっ!」


 犬の攻撃を避けきれなかったガルム1の左肩に刺が突き刺さった。

 そのまま床に串刺しにされたガルム1に、先の尖った尻尾が襲い掛かった。

 ジャックはガルム1の腕から突出させたブレードを必死で振った。尻尾の先をブレードで弾いてスーツの腹に穴の開くのを何とか防いだ。

 だが、肩を貫いた刺が床に食い込んで、スーツは身動きが取れない。

 ガルム1が振り回すブレードに犬の指が伸びて、再び巻き付いた。


「しまった」


 犬型生体兵器が丸めている身体から頭を出した。ガルム1の頭を丸呑みできるほどの巨大な口が迫ってくる。

 思わずジャックが目を瞑った瞬間、犬の喉から白刃が飛び出した。

 断末魔を上げる間もなく犬型生体兵器はキキのブレードで首を刎ねられていた。


「もう一体スーツがいるのを忘れていたようね。犬にしてはあまりお利口じゃないみたい」


「はあぁ、助かりました。ハナさん、ありがとう」


 ジャックはガルム1の上に崩れ落ちている首無し生体兵器を持ち上げてから横に倒した。


「軍曹は?」


 見ると、リンクスは両腕からブレードを出して目の前でクロスさせ、犬が攻撃してくるのを待っていた。


「ハナさん!軍曹を援護しなくていいんですか?」


 ガルム1の左肩に手を当てたジャックが尋ねると、ハナはキキの肩を少しばかり持ち上げてから言った。


「いいんじゃない?私達が助っ人に行っても、多分、軍曹の邪魔するだけになっちゃうから」


 リンクスがゆっくりと身体を揺らした。それが合図だとでもいうように、犬型兵器がリンクスに突進を開始する。身体中に生えた指がしゅんっと音を立ててリンクスに向かって行く。

 リンクスはその全ての指をブレードで切り裂くと、犬の正面から攻撃を掛けた。大きく開いた口の下顎と上顎を、目にも止まらぬ速さで犬の顔から切り離した。

 見開かれた赤い双眼に、二枚のブレードの先を突き立てる。

 ブレ―ドの刃が犬の後頭部を突き破った。

 四肢を痙攣させながら床に倒れ込む犬型生体兵器の頭部からブレードを引き抜いて、ダガーはキキとガルム1を見た。 


「損傷はないか?」


「肩をやられました」


「動けるなら問題ない」


 申し訳なさそうな声で答えるジャックに、ダガーが言った。


「ジャック、地下発電所まであとどれくらいだ?」


「すぐそこです。あの鋼鉄の扉の向こう側にあります」


「分かった」


 ダガーは施錠されている扉の境目にリンクスの両指を差し込んだ。





「第五地下発電所の扉が敵スーツによって破られました」

 

 通信兵の震えが止まらない声を、ユーリーは黙って聞いていた。

 天井に配置された監視カメラで、スーツとティンダロウスの戦闘を一部始終を目にしていた。


「基地に侵入されてから、二十八分三十四秒」


 その僅かな時間に、自分の作った生体兵器が尽く破壊された。

 だが、研究員や通信兵と一緒に、モニターパネルに映し出されたティンダロウスの無残な死体を茫然と眺めている暇はない。


「何というパワーだ」


 つい、口から漏れ出てしまった呟きに、ユーリーは唇を噛みしめた。

 あれではバートン博士も太刀打ち出来なかったのも頷ける。


(しかし、だ。ガグル社が、あんな強力な破壊兵器をプロシア一国に持たせた意図が分からない)


 ユーリーの脳裏に初老の男の顔が浮かんだ。アシュケナジ。彼が関与しているのは明らかだ。


(奴は一体、何を企んでいる?)

 

 頭に沸き上がる疑問を振り払い、指示を出す。


「第五地下発電所が爆破されるぞ!すぐに消火ロボットを集結させろ。延焼するのを防ぐんだ!」



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