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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
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バートン死す

Spotifyからアップテンポな音楽を聴いて脳を活性化させてから(笑)執筆しています。

この間、スマートスピーカーに「楽しい音楽を聴きませんか」と勧められたので、「おっけーぐーぐる、楽しい曲かけて」と頼んだら「それではクリスマスソングをどうぞ」って、ジングルベルがかかりました。

クリスマスはずっと先。早過ぎるだろ。



 手の中の携帯モニターパネルを見て、ユーリーは目を見張った。指令室にいる兵士達が思わず振り向くほどの怒鳴り声を上げた。


「聞こえるか、バートン!返事をしろ!」


 繰り返し呼び掛けるが、応答がない。


「バートン博士にまだアクセス出来ないのか!」


「あと少しお待ちください!」

 

 通信兵がコンピューターのキーに向かって必死で指を動かすその隣で、ユーリーはバートンに向かって繰り返し声を張り上げていた。


「通信システム回復しました!」


 通信兵が叫ぶと同時に、ユーリーは耳のイヤホンを押さえながら大きな声を放った。


「アメリア!すぐに機械兵器の起爆装スイッチをオフにしろ!」


 バートンのヘッドセットシステムのイヤホンに、ユーリーの切迫した声が届いた。


「まあ、良かった。通信が回復したのね」


 力のないバートンの声に驚いた。胸に広がる不安を押し殺しながら、ユーリーは努めて冷静な声を出した。


「いくら防護カプセルの中でも、機械兵器を自爆させれば無事ではいられない。それはあなたが一番承知している筈だ。もうすぐ赤ん坊も生まれるんだぞ。だからアメリア、早まるな!」 


「あら、珍しいこと。ユーリー、あなたが私をファーストネームで呼ぶなんて」


 バートンはうっすらと微笑んだ。途端に身体に激痛が走って、口元が大きく歪んだ。


「でも、時間がないの。このまま白の機械兵器を爆破させて、スーツを破壊する方が効率的よ」


「バートン博士、あなたが死んだら、アメリカ軍が拠り所とする頭脳を失う事になる。それが、何故、効率的と言えるんだ?!」


「それはね、私が出血多量で、もうすぐ意識を失うからよ」


 バートンは自分の右脇腹に深く刺さっている金属片に手をやった。出血が酷く、いつショック状態に陥ってもおかしくない。生体スーツのブレード攻撃を受けた時、真っ二つにされるのは免れたが、機械兵器の破損した金属片が飛んできたのを避けきれなかったのだ。


「生体スーツの機動力を甘く見たわ。何とか動きを封じ込めている今が、私に与えられた最後のチャンスなの」


「そんな…アメリア、あなたが死ぬなんて…」


 言葉を失ったユーリーに、バートンは穏やかに語り掛けた。


「お願い、ユーリー、ニコラスと一緒に、生まれてくる子供を守って。ララに伝えて。あなたに出会えて、私は、生きる意味を知ったと」


 通信を切ってユーリーの叫び声を遮断した。大きく息を吐くと、金属が刺さった脇腹から鮮血が太い筋になって流れた。


「あと十秒。生体スーツ、お前を必ず地獄へ道連れにしてやる」


 今にも滑り落ちそうな両手で操縦レバーを握り締めながら、バートンはカウントダウンを始めた。





 体当たりを食らって仰向けに倒れたキキに機械兵器が()し掛かってきた。

 両足が素早く動いて、両腕ごとキキの胴体を挟み込む。そのまま強く圧迫して自由を奪うと、機械兵器は動きを止めた。


「この状態って!こいつ、まさか自爆する気なの?!」


 ハナは渾身の力を込めて機械兵器の背中をキキの足で蹴り上げようとした。


「くそっ、届かない!」


 機械兵器が自爆するまでに、どのくらいの時間が残っているのだろうか。


「腕が、動けば」


 腕を押し広げようとしてキキの身体は機械兵器に再び抑え込まれた。

 機械兵器の恐ろしく頑丈な足にがっちりと挟み込まれてしまうと、力の差は歴然である。


「ここで、終わるのか」


 必死にもがくハナの脳裏に、死の文字が浮かんだ。

 ぎゅっと目を瞑った瞼の奥に、血に汚れた顔が現れた。


(ハナ…)


 忘れもしない。自分の膝に乗せたその顔に、涙を零しながら叫んだ名前を。


「ハシモト少尉!」


 見開いた目から涙が溢れた。

 痛かった筈だ。

 苦しかった筈だ。

 それでも、ハシモトはハナに笑顔を浮かべて死んでいった。


(ハナ、良かった。お前は生きている)


「セイジさん」


(ハナ、生きろ) 


 震える指がハナの顔をそっと撫でた。


(ハナ、愛してる)

 

 ハナの唇に指先が触れた後、ハシモトの腕が地面に落ちた。

 あの時の感触が唇に甦る。たった一度だけ与えられた優しさが。


「私は、生きる。生きるんだ!」


 ハナに呼応したキキの身体が、みしりと音を立てて動いた。

 キキは抑え込まれている両腕を捩じって、ブレードの刃を機械兵器の大腿部の内側に強く押し当てた。

 両肩に渾身の力を込める。ブレードが機械兵器の脚の付け根を薙ぎ払った。

 大腿部から下を切り取られ、胴体だけになった白の機械兵器が前方にぐらりと傾いた。

 ハナは機械兵器の下から急いでキキを飛び退かせた。

 床を転がるように大きく回転して機械兵器から離れると、機械兵器から距離を取ろうと後方に飛び跳ねた。

 機械兵器の胴体がうつ伏せで床に倒れる。と同時に、胴体の中央が光った。

 爆薬箱に残った砲弾も誘爆を起こし激しい爆発が起こる。

 ばらばらになって吹き飛んだ機械兵器の金属片がキキを襲った。

 キキの身体を通路の壁に背中を寄せて身を屈がませブレードの刃を交差して、ハナはキキの頭部と操縦席を爆発の衝撃から防御した。

 爆風が収まると、ハナはキキを立ち上がらせた。

 原形を留めない程に壊れた機械兵器を一瞥してからキキのボディを(あらた)めた。全身擦り傷だらけだが致命的な損傷はない。


「運が良かったってことか。さて、どうやってここから出ようかしら」


 機械兵器の自爆で煙が充満している通路を見渡した。

 ダガーの言った通り、防火扉の鋼鉄板を打ち破るしかないだろう。

 キキに攻撃体勢を取らせたハナのイヤホンに通信が入った。ダガーからだ。


「聞こえるか、サトー上等兵。状況を報告せよ」


 いつもと変わらない冷静な低音だ。ハナは自分のイヤホンを耳に押し当てた。


「機械兵器を撃退しました。キキのボディに少し損傷を負いましたが大した事はありません。軍曹、どこにいるんですか?」


「通路の天井裏だ。アメリカ軍の放った節足動物型生体兵器を排除し、現在、ジャックが防火扉の配線を繋ぎ変えている。すぐに通路の防火扉が開くぞ。サトー、合流地点を送信する」


「了解しました。すぐにそちらへ向かいます」


 通信を切ると同時に、防火壁が音を立てて天井に持ち上がった。ハナはキキを四足走行の姿に変えて突進を開始した。





 アメリア・バートンの生体反応が途絶えた。


「…バートン、博士」


 呆然とした表情で、ユーリーは手にした携帯用小型モニターの画面を見つめていた。

 その耳に、兵士の悲痛な声が響いてくる。


「通路の防火扉が全開しました!どうやら天井の配線を繋ぎ変えられたようです。こちらからの操作では防火壁の開閉が出来なくなりました。そ、それと」


 兵士が大汗をかきながら報告を続けた。


「天井裏に放った生体兵器の反応が全て…消えました」


「くそ!もう時間がない。副大統領(ヴィープ)の有線回線に繋げ」


 ユーリーは副大統領室の専用マイクを握りしめて、ウォーカーが電話に出でるや否や大声を放った。


「閣下。第五地下発電所が敵の攻撃に晒される危険性が出てきました。住居地区全体が停電する恐れがある。直ちに民間人を上階か、基地の外へ非難させて下さい」


「どういう事だね?ユーリー。君は、連邦軍の進攻を防げていないのか?」


「…申し訳ありません」


 ぎりっと歯噛みしてから、ユーリーは、非難めいた口調のウォーカーに答えた。


「連邦軍がモルドベアヌ基地に放ったスーツは、我々の想像を上回る性能です。奴らは地下発電所を破壊して基地機能を停止させようとしている」


「了解した。民間人は全て基地の上階に移動させる。絶対にスーツを第五地下発電所に侵入させるな」


「イエス・ヴィープ」


 ユーリーはウォーカーとの通話を終えると、自分の後ろに控えている研究員に低い声で命令した。


「ティンダロスを出せ」


「あの生体兵器は脳神経が未発達で、前頭前野に埋め込んだ受動プログラムマイクロチップがうまく作動していません。制御不能に陥る可能性があり、基地内に放すのは危険かと」


 その名を聞いて恐怖の色を浮かべた研究員の目を、ユーリーは冷ややかに睨み付けた。


「構わない。あれにスーツをばらばらに食い千切らせてやる」



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