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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
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自爆スイッチ


 白い機械兵器の胸の中央に深々と突き刺したブレードを、ハナは力を込めて引き抜いた。

 操縦席を狙ったことが功を成したようだ。

 勢いよく長剣(ソード)を振り回していた逞しい腕は力を失って、肩からぶら下がっているだけのものとなった。

 機械兵器の手から大きな長剣が床に滑り落ちる。両膝が折れて脛と一緒に床に付くと、荘厳な兜の頭部が下を向いた。

 動きを止めた機械兵器を、ハナは少し離れた場所から観察した。

 パイロットはブレードの餌食となったようで、機械兵器は微動だにしなかった。

 ハナはキキをゆっくりと機械兵器に接近させた。

 その背後に回ると、迫撃砲の砲身(バレル)の下に装着されてある弾薬庫(アンモボックス)を開いた。

 砲弾が残っていれば、それを防火扉に投げつけて破壊しようと考えたからだ。


「一つ、残ってる」


 取り出そうとして弾薬庫にキキの右手を入れようと持ち上げた刹那、機械兵器にがっちりと手首を掴まれた。


「さっきの攻撃が効いていなかった?!」


 機械兵器の手を振り解こうとするが、恐ろしい握力でキキの手首を握り込まれる。

 ハナは痛みに呻き声を上げた。後ろから前へ、機械兵器の腕が瞬時に動いた。半円を描くように振り回されて、キキの身体がバランスを崩した。

 機械兵器は立ち上がると、キキを高く持ち上げてから床に叩き付けた。


「くっ!」


 床に叩き付けられた衝撃がキキの人工神経を通して、ハナの全身に伝わってくる。激痛に顔を顰めながら、ハナはキキのブレードを腕から突出させて機械兵器の指を切り落とそうとした。

 ハナの思考は機械兵器のパイロットに既に読まれていたようだ。

 機械兵器はキキの右手首を離すと、勢いをつけて拳でキキの顔を思い切り殴り付けた。

 機械兵器の全体重を掛けて殴られたキキの身体は軽々と吹っ飛んで、通路の岩壁に激突した。衝撃で岩壁にひびが入る。

 全身を強打したキキの激痛が伝達されて、再びハナを襲った。

 意識が朦朧としたハナは、辛うじてキキを岩壁に張り付かせて立っていた。

 機械兵器は床に落ちた長剣を拾い上げると、右胸の深い損傷をものともせずに素早いスピードでキキに襲い掛かった。 





 生体スーツのブレードがモニターパネルを切り裂いて、操縦席のバートンに迫ってきた。 


「防護カプセルが役に立たないだと?!」

 

 バートンは、咄嗟に操縦レバーの右下にあるボタンに拳を叩き付けてエアバックを作動させた。

 エアバックには、機体の爆発の衝撃からパイロットを守るための超硬ナノ繊維を織り込んだ防火ナイロンで作られている。

 バートンの咄嗟の判断がスーツのブレードの威力を削いだ。

 お陰で、身体を縦に真っ二つに切り裂かれるのは免れた。だが、機械兵器の操縦席の前にあった大型モニターパネルと通信機器が破壊されてしまった。

 動力は何とか無事だ。

 漏電で電子回路が焼き切れるのを防ぐために、機械兵器の動力システムを主電源から一旦シャットアウトした。攻撃はおろか防御も出来ない、完全に無防備な状態になった。

 今、攻撃を受けたら、機械兵器は完膚なきまでにスーツに叩きのめされてしまうだろう。

 




 一か八かだったが、運はバートンを見放さなかったようだ。

 機械兵器の動力が第二電源へ移行した。

 通信システムが回復していないだけで、戦闘能力は元に戻ったようだ。

 バートンは手動操縦に切り替えて、ヘッドセットに映し出されたスーツを窺った。

 両膝を床に付いて動かなくなった機械兵器にスーツが近寄って来るのをセンサーアイが捕らえた。

 動かなくなった機械兵器に、敵パイロットはバートンが死んだと思っているようだ。敵が隙を見せる時を、バートンは息を殺して待っていた。


 スーツが機械兵器の背後に回って迫撃砲の弾薬庫を開けた。

 その瞬間をバートンは見逃さなかった。





 機械兵器が長剣(ソード)を振り上げた。

 白い刃がキキに落ちてくるまでの、瞬き程度の僅かな時間に全てを掛けた。

 長剣の落下速度よりも早く、ハナはキキの両脚を曲げて腰を落とした。長剣がキキの左肩に食い込むのを感じたが、躊躇せずに機械兵器の正面から真横へ飛び退いた。

 間髪入れずに機械兵器の長剣が襲って来る。

 両脚に力を入れたキキの身体が柔らかにくねってから、ばねのように弾け、後ろへ飛んだ。

 機械兵器の攻撃から逃れたキキは両腕からブレードを出現させた。


「何なんだ?あの動きは!」


 バートンは呆気に取られて自分から距離を取って攻撃態勢に入ったスーツを凝視した。


「生体スーツには冷凍保存されていた肉食哺乳類動物の脳神経が使われていると聞いたが、あの動きは…そうか、猫か!」


 分が悪い。

 バートンは舌打ちした。

 自分が機械兵器に搭載した人工知能には猫の攻撃防御パターンなど入力(インプット)していない。

 人の戦う相手は人間。それと人間が操縦する機械兵器。

 動物とのバトルなど、想像だにしなかった。


「それでも、私はきさまに勝つ!ララの為に。もうすぐ生まれてくる私の子の為に!」


 バートンはスーツに向かって剣先を高速で繰り出した。

 幾度も切りつけるが、紙一重で(かわ)される。

 空を切る音が重なる度に、バートンは焦りを感じた。スーツが反撃の機会を窺いながら余裕で長剣(ソード)を躱しているのが分かったからだ。

 人間の脳と同期した生体スーツの人工脳と神経線維が機械兵器に繰り出す攻撃速度の時間的ずれ(タイムラグ)は、0・00015。バートンが人工知能を使って機械兵器を操縦する場合はほぼ互角。だが、手動に切り替えた今、0・01のタイムラグが生じている。


「生体スーツの動作が機械(マシン)よりも早い!これが、ユーリーが唯一持ち出すことのできなかった、ガグル社のトップシークレット技術なのか!」


 焦りが、無意識のうちに機械兵器の攻撃をパターン化させた。

 長剣を大きく振るってキキの身体を真っ二つにしようとする白の機械兵器の懐に、キキは飛び込んだ。

 機械兵器の動きが止まった。


「ここまで接近されたら、そんなに長い剣を振り回すことは出来ないでしょう?」


 その距離は一メートルにも満たない。

 接近され過ぎて、長剣(ソード)での攻撃が無力化されたことにバートンは気が付いた。

 この状況で長剣を使った有効な攻撃は一つしかない。

 片手でスーツの動きを封じ、もう片方の手で長剣の切っ先をスーツの背中から一気に突き刺す。

 手動攻撃に切り替えた今、手元が狂ったら、機械兵器に刃を突き立ててしまう可能性がある。

 間合いを取ろうと、バートンは機械兵器を一歩、後退させた。

 バートンの一瞬の躊躇が、ハナに好機を与えた。


「今だ!」


 キキは両腕のブレードの刃を重ねた。稲妻の速さで足を踏み込み、白の機械兵器の胸元に渾身の力で突き立てた。機械兵器の背中に突き抜けた(やいば)を、両脇へと開くように左右に切り裂いた。


 白のスーツが動きを止めた。長剣を高く持ち上げたまま、胸部から上の部分が切り取られて床に落ちた。

 後には、防護カプセルが剥き出しになった胴体が立ったまま残った。


「…動け」


 バートンは機械兵器の動力のオンオフを繰り返してから操縦レバーを引いた。


「動いてくれ!」


 操縦席の下にあるエンジンが震えた。機械兵器の残った部分が何とか作動し始めたのだ。


「まだ動くのか?!」

 

 驚いたハナがキキを後退りさせた瞬間。


「行けっ」


 バートンは頭と腕のなくなった機械兵器でキキに体当たりを食らわせた。

 頭と腕を失っても、機械兵器の方がスーツよりもずっと重量がある。バートンは衝撃で床に転がったスーツに飛び乗って両足で羽交い絞めにした。

 攻撃の手立てがなくなった機械兵器に残された道はただ一つ。


「私はララを守る」


 バートンは躊躇なく自爆スイッチをオンにした。



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