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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
142/303

天井裏


「生体スーツというのは随分と素早い動きをするのだな。あれは想定外だった」

 

 モニターでリンクスと蛇型生体兵器のバトルを監視していたユーリーは唸るように呟いた。

 スーツのブレードで八つ裂きにされた爬虫類型生体兵器が、通路の床に無残な姿で横たわったている映像を最後に映像は途切れた。

スーツが生体兵器の破片を投げつけて監視カメラを叩き割ったようだ。


(哺乳類型肉食動物の人工脳と人間の脳を同期させるなど、技術としては未知数だと思っていたのだがな。どうりで最新式の量子コンピューターで厳重にブロックされていた筈だ。ガグル社から生体スーツの技術を持ち出せなかったのは、痛恨の極みという訳か)


 前後の防火壁を落としてスーツを閉じ込めたので、多少の時間稼ぎは出来る。

 ユーリーは前に座っている通信兵を使って白の機械兵器に繰り返し応答を求めた。

 だが。未だバートンからの連絡はなく、安否が分からない。


「くそっ。忌々しい生体スーツめ。まさか、たった三体で、モルドベアヌ基地に戦いを挑んで来るとはな」


 アメリカ基地は山脈内部をくり抜いて作られた難攻不落の要塞である。

 特に、モルドベアヌ山頂付近にあるミサイル発射口からの敵侵入など、一切想定していない。

 兵器が充電を迅速に行う為に、専用通路が地下発電所へ直通する作りになっているのである。


「山頂のミサイル発射口に基地の外から自立走行兵器を投入しろ!通路の中央に閉じ込めてあるスーツ二体を挟み撃ちにして撃破し、バートン博士を救出せよ」


 連邦軍の新兵器、生体スーツに思わぬ場所から基地内に侵入されて、今にも浮足立ちそうなアメリカ兵士を眺め回しながら、ユーリーは至極落ち着いた声で命令した。


「兵士諸君、よく聞け。あの生体スーツはパイロットに直接装着させて敵を攻撃するように作られている。戦い続きで中の人間が疲弊してくれば、スーツの動きも遅くなるだろう。それまで持ち堪えれば我々の勝ちだ」


 ユーリーを見る兵士達の顔に明るさが戻ってきた。

 兵器の準備を急ぐ兵士に次の指示を与えていると、ユーリーのイヤホンに副大統領室から通信が入った。

 ウォーカー本人からだった。


「基地内部に共和国連邦軍の新型兵器が侵入したとの報告が入ったが、状況はどうなっている?」


「侵入に使われた機械兵器用通路に閉じ込めております。直ちに排除しますので、ご安心を」


「了解した。ユーリー、基地の安全を確保せよ。よろしく頼む」


「承知しました」


 ウォーカーに慇懃に答えてから、ユーリーはイヤホンの通信を切った。


 ガグル社を出奔して十年間世話になった基地だ。

 義理はあるが、仮の住まいと割り切っているので愛着はない。それでも、ガグル社の技術を使って開発された生体スーツに基地が(じゅう)(りん)されるのは許せない。


(アシュケナジめ。いつまで俺を(さいな)むつもりだ)


「侵入された通路に生体兵器と機械兵器を結集させろ。生体スーツをばらばらに破壊してやる」


 憎しみに満ちた表情で、ユーリーは次の命令を放った。





「ありゃりゃ。また防火扉が閉まっちゃいましたね」


「ミサイル格納庫に直結した通路だからな。やはり厳重な作りになっている」


 ジャックはガルム1の拳で防火扉を軽く叩いた。


「普通の鋼鉄で作った防火扉ですね。三枚の鋼鉄板がジョイントして一枚のパネルになる構造です。鉄板は分厚いから火には強いでしょうが、接続部分の強度はそれほどでもない。リンクスとガルム1の力で十分に叩き割れます、が…」


 ジャックが語尾を濁した。


「どうした。言ってみろ」


「計算では四十メートルくらいの間隔で防火扉が落ちる仕掛けになっている。我々のいる場所は地下発電所から半分くらいの距離ですから、あと十二の防火扉があるってことですよ。一枚一枚壊していくと、かなりの時間を要します」


 ダガーはジャックの言葉に同意見で頷いた。


「確かにな。それに、扉の後ろには、さっきのムカデ頭のような兵器が控えている可能性が高い。一枚ずつ扉を破ってから敵の兵器と戦うんじゃ、こっちの身が持たないぞ」


 あと一日、ぶっ通しでスーツを装着して戦い続けたら、過度の脳性疲労を起こす可能性がある。

 脳内に疲労物質が溜まりスーツの人工脳との同期が阻害されれば、スーツの攻撃速度が格段に落ちてしまう。弱ったスーツにアメリカ軍から総攻撃を仕掛けられたら命取りだ。

 ダガーはリンクスの人工眼を使って、通路の材質を分析し始めた。

 思った通り、床と壁は岩盤で出来ている。


「ここは山脈の岩盤の中だ。両壁は勿論、床も天井も硬い岩で囲まれている。だが、こんな大きな鋼鉄板が上から落ちてくるってのは、天井の上にもそれだけ広い空間があるってことだ。ジャック、天井裏を通って地下発電所まで行けると思うか?」


「敵に察知されなければ何とかなるかも知れません」


「よし。ジャック、リンクスの肩に乗れ。ガルム1で天井に穴を開けられるかやってみよう」


 リンクスは肩に乗ったガルム1の両足を支えて立ち上がった。

 ガルム1が天井に手を這わせながら測定を開始する。


「材質は防火扉より薄い鉄板ですが、スーツの重みには耐えられる強度はある。ここをぶち破って中に入ります」


 ジャックはガルム1の拳で天井の繋ぎ目を数回殴った。

 亀裂の入った場所にブレードの先を差し込んで鉄板の亀裂を広げてから、スーツの両手で左右にメリメリと音を立てながら割り開いた。ガルム1の頭をそろりと差し込んで、天井裏の空間を見回してみる。


「随分と広い空間だ。スーツが楽に移動できるぞ」


 天井裏にガグル1の上半身を入れたところで、ジャックは、はたと気が付いた。


「軍曹、リンクスをどうやって天井裏に入れますか?ガグル1の足首に捕まってもらって持ち上げたいのは山々なんですが、天井にスーツ二体の重さが一気に掛かると、破壊した部分に負荷が掛かり過ぎて、そこから崩壊する恐れがあります」


「心配ない。俺にいい考えがある。早く天井裏に入れ」


 ジャックはダガーの命令通りに急いで天井裏に潜った。

 ダガーは天井の穴から顔を出したガルム1に向かって、破壊したムカデ頭の尻尾の先を放り投げた。ガルム1が慌ててキャッチする。


「それをしっかり持っていろ」


「あ、ムカデ頭をロープにして登るってわけですね。ナイスアイデアだ。…気持ち悪いけど」


 リンクスはムカデ頭の体に両手両足を掛けると、天井裏まで難なくよじ登った。

 巨大な防火扉を収納してあるだけあって、通路の天井裏は体長が六メートルのリンクスとガルム1が立ち上がれる高さが十分にあった。

 天井裏なので照明はないので中は真っ暗だ。ダガーはリンクスの人工眼を暗視カメラに切り替えた。


「天井裏とは思えない広さだな」


 滑らかに削られた岩肌にダガーが目を見張った。スゲエと、ジャックが感嘆の溜息を洩らす。


「侵入に使った円蓋もそうだけど、アメリカ軍って俺達が逆立ちしたって(かな)いっこない高度な技術を保持しているんですね。なのに何故、ロシア軍なんかと一緒に戦域で共和国連邦軍とちまちま戦っているんでしょうか?俺達が侵入しのは長距離ミサイルの発射口ですよ?あのミサイル一発、敵地に撃ち込めば、一瞬でカタが付いちまうのに。あ、不謹慎でした。すいません」


 決まり悪そうに頭を掻くガルム1の肩を軽く叩いて、ダガーは言った。


「俺もそう思ったよ。ハナも口には出さないが、同じ考えじゃないのか」


 リンクスの身体を屈めさせると、ダガーはスーツ体型変形スイッチをオンにした。

 リンクスが瞬く間にヤマネコの体型に変わっていく。


「そのことは任務を完遂してから、ヤガタ基地で検証するとしよう。ジャック、四足走行で一気に地下発電所を目指すぞ」


「了解です」


 リンクスとガルム1は天井裏を猛然と走り出した。




「敵スーツが移動を開始しました!」


 レーダーで生体スーツ二体を監視していた通信兵が大慌てでユーリーに報告した。


「何だと!もう防火扉が破壊されたっていうのか?全ての扉を落として進攻を阻止しろ」


 ユーリーの命令通りに通信兵が防火扉のスイッチを押してから、レーダーに視線を移す。その表情が瞬く間に驚愕に歪んだ。


「ス、スーツがまた移動を開始しました。彼らの停止時間は数秒です。信じられない!どうやったら、あんな分厚い防火扉をすぐに破壊できるんだ?」


「いくら何でも不可能だ」


 ユーリーは、真っ青になって震え出した通信兵を椅子から蹴り落として、レーダーを覗き込んだ。はっとして目を開く。


「そうか、分かったぞっ!やつら、通路の天井裏に侵入したな!」


 ネズミのような奴らだと吐き捨ててから、ユーリーは全ての開閉スイッチを戻した。

 防火扉が天井に収納されていく。それでもレーダーに映る赤い点滅は制止しない。

 床に尻持ちをついたまま茫然と自分を見上げている通信兵の軍服の襟を掴んで持ち上げ、ユーリーは声を荒げて問い質した。


「ここの防火扉の構造は、どうなっている!」


「こ、ここは機械兵器専用ですので、かなり巨大な通路になっています。天井裏の鋼鉄板収納スペースは高さが十メートルを超えます。防火扉は、三枚の鋼鉄板をスライドさせながら床に落とす構造になってますので…」


「鋼鉄板の上に三メートル以上の空間があるという事か!奴らは、そこから地下発電所に向かっているということだな!」


 怒りで恐ろしい形相になった上官を仰ぎ見ながら、通信兵は顎を上下に動かした。ユーリーは通信兵を再び床に放り投げて、指令室に響き渡る声で兵士に命じた。


「天井裏に生体兵器を配備させろ。何としても奴らの進攻を止めるんだ!」


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