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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
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ムカデ頭

「敵スーツが第五地下発電所を爆破するだと?おい、バートン博士、聞こえるか?!」


 バートンからの連絡が途絶えて、ユーリーの顔が見る間に険しくなった。

 指令室のモニターパネルに映っているのは基地通路の見取り図だ。通路はアリの巣のように無数に分岐しながら、黄色の蛍光色に彩られている。そのうちの一番長く伸びた一本が途中から赤になっていた。

 その上には「緊急事態発生(エマージェンシー)」の文字が大きく点滅している。


(まさか、基地中央から一番離れた核ミサイル発射口から連邦軍の生体スーツに侵入されるとはな)


 ユーリーはパネルを睨み付けながら、ミサイル発射口付近のカメラ画像を必死で回復させようとしている通信兵に尋ねた。


「通路に設置された監視カメラからの映像はどうなっている」


「だめです。敵スーツが侵入した入り口付近のものは、全て破壊されてます」


 黒く塗り潰された画面をユーリーは顔を歪めて舌打ちした。

 核ミサイル発射口に出動させた兵士から連絡が一切入らない。

 発射口の円蓋が開くという異常事態に機械兵器を送り出したが、それも全て破壊されてしまったようで、電気信号をキャッチできない。

 唯一の救いはパイロットに取り付けられている生命反応装置から、バートンの心臓の鼓動(パルス)が送信されてくることだけだ。


(死んではいない。だが、応答がないというのは、かなりまずい状況だ)


「通路に飛行型移動カメラを飛ばせ。バートン博士の安否を確認せよ」


 敵機侵入と聞いて、第一指令室に呼び出されたのは二十分前。機械兵器に搭乗して出撃したバートンに代わって、戦闘ロボットの指揮系統を一任されたからだった。


「第五地下発電所を破壊されたら基地の生活インフラが停止するぞ!至急あの通路を閉鎖するんだ」


 モルドベアヌ・アメリカ基地には、終末戦争(エンド・ウォー)の災厄を生き残ったアメリカ国民の子孫が生活を営んでいる住居地区がある。その殆んどが兵士の家族だ。

 放射能の嵐を避ける為に山脈の岩盤をくり抜いて建設された基地は、当時のアメリカ人の命を守ったが、放射能の危険が過ぎた今となっては決して居心地がいいわけはない。

 先の副大統領の統治時に崩壊寸前に陥ったアメリカ軍の結束を固めようと規律を強めたウォーカーによって山脈の外に住むのは禁止されてしまった為に、国民は未だにモグラような生活を強いられている。

 それでも、基地内住居では連邦国やロシアの上層階級しか使えない電気や水道が潤沢に供給されるとあって、辛抱しているのが実情だ。


(電気や水道が使えなくなったら、兵士の家族は基地内部での生活基盤を失う。妻や子供を守れなくれば兵士の離反が相次ぐだろう。そうなれば、アメリカ軍などすぐに崩壊してしまう)


 矢継ぎ早に兵士達に指示を出すユーリーに、ひどく慌てた表情をしたニコラスが駆け寄って来た。


「ユーリー!発電所が破壊されたら、分娩室の電気も止まってしまう。分娩中のララが大変なことになる!」


 ニコラスの話を聞いて、ユーリーは眉を吊り上げた。


「わざわざ出向いてこなくても、そんなことは百も承知している。発電所は絶対に守る。ニコラス、お前はララに付き添っていろ」 


「分かっているよ。ユーリー、みんなを守って。お願いだ」

 

 ニコラスは緊張した顔で、アメリカ軍基地の指令室を出て行った。


「みんなを守るだと?何を言っている、あの男は」


 誰にも聞こえないように口の中で忌々し気に呟いてから、ユーリーはモニターパネルに視線を走らせた。

 通路の天井に設置した監視カメラに映るのは、四つ足で走る生体スーツだ。


「時速百キロか。この速度では、あっという間に地下発電所だ」


 荒く息を吐いてから、ユーリーは手に持ったタブレットを睨み付けた。

 パネルには、発電所に接近する二つの赤い球体が、点滅しながら距離を確実に縮めている。


「カメラを飛ばすのは後だ。奴らがここを通過したらすぐ後ろの防火扉を落とせ」


 ユーリーはタブレットに指を近づけて線を引いた。タブレット端末が基地の中央にある巨大パネルにユーリーの指示を映し出した。


「どうせ一本道だ。逃げ場を失くしてから始末してやる」




 重い金属音が辺りに響いた。

 

 その音を聞いたダガーとジャックは、スーツの走行を停止させた。

 後ろを振り返ると、鉄板の防火扉で通路が塞がれている。四つ足のスーツをヒト型に戻して辺りを窺った。


「退路を断ってから攻撃を仕掛ける気だな」


「あ、本当だ。軍曹が言った側から現れやがった…って、あれ何ですかね?」


 今までに見たことのない形態をした兵器が、通路の床を蛇のように這いながらダガー達に向かって来る。

 

 頭がムカデで身体が蛇。その姿は不気味以外の何ものでもない。

 長くて平たい身体は、硬質感のある黒い光沢で覆われていて、体長が十メートル以上ある。

 間合いを取るかのように、ムカデ頭の兵器はリンクスとガルム1から数メートル離れた場所で動きを止めた。

 鎌首を持ち上げて、顔の両脇に付いている小さな目でスーツの様子を窺いながら口の周りの触角を動かしている


「うわあ、気持ち悪い姿をしていますね。あれも機械兵器かな?」 


「分からん。気になるのは、あの黒い硬質ボディだ。ドラゴンと同じ素材で出来ているとしたら、アメリカ軍が新しく開発した生体兵器かも知れないぞ」


 野生の本能が危険を察知したのだろう。ダガーはリンクスが一気に緊張を高めたのを感じた。

 蛇ムカデの兵器が太い胴体を持ち上げた。その高さはリンクスとガルム1の体長と同じだ。

 横に大きく割れた口腔内には、細かい牙がびっしりと生えていた。


「どうやら、ドラゴンと同じ生体兵器らしいな。あいつの牙を見ろ。内側に向かって生えている。噛まれたらやっかいだ。首を叩き切るまで離さんだろう」

 

 ダガーとジャックはブレードをスーツの腕から発現させてムカデ頭に構えた。


「ドラゴンはスーツのブレードでの攻撃が効きました。こいつの身体もブレードで突き刺せるといいんですが」


「どこかに急所がある筈だ。それを探そう。二手(ふたて)から攻撃するぞ」


 リンクスが先制攻撃を仕掛けた。

 ヤマネコの瞬発力で急接近し、ムカデ頭が持ち上げている太くて長い胴体をブレードで切りつけた。ムカデが口を開けて襲い掛かってくる前に、リンクスは大きく飛び退いた。

 ムカデ頭がリンクスに気を取られている一瞬の隙を突いて、ガルム1がその背中にブレードの刃を突き立てようとした。

 カンという音と共に、刃先が跳ね返る。

 瞬時に身体を捩じったムカデ頭が、ものすごい勢いでガルム1に襲い掛かった。リンクスがムカデ頭の背中に飛び乗って両手で頭を掴んでがっしりと押さえ込んだ。


「これなら噛みつけないだろう?ジャック、こいつの急所は腹だ!ブレードで突き殺せ」


 ガルム1がムカデ頭の腹にブレードの刃を突き刺そうとした瞬間、背中にリンクスを乗せたまま、ムカデ頭がガルム1の脛に尻尾の先を絡めた。大腿部から腰、上半身へと螺旋を掻くように巻き付いていく。


「うわっ!」


 ムカデ頭はブレードで自分の胴体を切りつけようとするガルム1を空中に持ち上げてから、思い切り床に叩き付けた。


「ジャック!」


 長い身体を床にのたうち回らせながら、ムカデ頭がガルム1を締め上げる。隙を狙ったリンクスが、その後頭部をブレードで突き刺した。

 長い身体を後ろに捩じりながらムカデ頭が鎌首を持ち上げた。リンクスに向かって内側に生えた牙で威嚇しようと大きく口を開く。

 その体勢を待っていたかのように、ダガーが大きく開いた口にブレードを根元まで突き入れた。

 ムカデ頭の動きが止まった。口の中のブレードの刃を上に持ち上げて、ダガーはその頭部を真っ二つに裂いた。


「ふう。軍曹、助かりました」

 

 ジャックはガルム1の身体に巻き付いているムカデ頭の胴体を持ち上げて抜け出した。


「こいつが現れた時にはどうなるかと思いましたが、意外と簡単に倒せましたね。さすがは隊長だ」


 床に長々と伸びているグロテスクなムカデ頭の身体(ボディ)をガグル1の足で蹴飛ばしながら、ジャックが言った。


「俺はリンクスの本能に従ったまでだ。ヤマネコは蛇も食べるみたいだからな」


「蛇を食べるって?うええっ、本当ですかぁ!」


 ジャックはガルム1の首を竦めて小さな悲鳴を上げた。


「ヤマネコVSヘビの勝者は捕食者ってことか。アメリカ軍の奴らはリンクスと戦わせる相手を間違えましたね」


「さあ、地下発電所までもうすぐだ」



 ダガーが通路の先へと目を向けた途端に、前方の防火扉が閉まった。



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