エア・ランド・バトル
「新たな飛行体確認!こちらに向かって来ます」
「何だと?」
ブラウンは敵機の姿が映るモニター画面に低く唸った。レーダーに捕らえられた敵機の姿は、黒いレーダー画面に黄色い三角で表示されている。
「真正面から高速で接近しているぞ。我が軍には制空圏など存在しないからな。アメリカ軍め。平然とヤガタの頭上に戦闘機を飛ばしてくる。ヤコブソン!」
「はい!」
「もう一機、新たなステルスが急接近している。上空のステルスを早急に撃墜せよ!コックス!正面のステルスにガルム2で攻撃基点を定めろ。敵機が照合点に入ったら誘導ミサイルをお見舞いしてやれ」
「了解です」
ブラウンは主指揮所から前方に待機している全ての戦闘車両に向かって攻撃準備の命令を出した。
「十二時の方向から第二の敵機接近!直接照準で撃墜するぞ。構え!」
ガルム2が銃口を正面のステルスに据える。一直線でヤガタに向かって来るステルスがガルム2の照合点に侵入する前に、急に機首を上げた。
「なに?」
思わぬ動きをしたステルスに、ダンが目を見開いた。
「また上空に逃げるつもりか?」
照合点より距離は遠いが、ダンは誘導ミサイル装備のロケットランチャーのスイッチを押した。
「撃て!」
誘導ミサイルが発射されたのに追従するように、ブラウンの号令のもと、装甲戦闘車両が一斉に対空射撃を開始した。
空中で垂直になったステルスはスピードを落とすどころか、機体に回転を掛けて上空に上っていく。
恐ろしい速さで高度を上げるステルスに、地上からの射撃が追い付かない。ダンの放った誘導ミサイルは、一機目のステルスから攻撃を受けて爆破された。
「だめだ!この誘導ミサイルでは弾速が遅過ぎる!」
ダンが悔し気に舌打ちして空を見上げた。
「な、何だ?あの戦闘機の動きは!まるで、アウェイオンの化け物みたいじゃないか」
ヤガタの地下管制室からレーダーでステルスを追尾しているミニシャが声を震わせた。
「6Gだと?生身の人間がパイロットならば、あんな加速度には耐えられない筈だ。すぐに失神してしまう。一体どんなパイロットが乗っているんだろう?」
「いや、あの戦闘機には誰も載っていない」
ハンヌが腕組みしながら険しい表情を3Dモニターパネルに向けた。
「ええ?じゃあ、あのステルスはヘリコプター・ドローンと同じってことですか?随分とでっかいドローンだな。どうやって遠隔操作するんだろう?あ、そうか!ラジコンか!」
ミニシャが思わず感嘆の声を上げて掌をぽんと叩いた。ハンヌは呆れた様に眉を顰めてミニシャを見つめる。
「あの驚異的なスピードを保ったまま、急角度で急上昇だ。普通ならあっという間ににバランスを崩して墜落してしまうだろう。かなりの技術を持った人間が遠隔操作しているぞ」
「人間が操作しているんじゃなくて、ステルス自体が完全機械兵器の可能性はありますか?」
ハンヌは鋭い目でモニターパネルを睨み付けている。その表情は、ミニシャを大いに不安にさせるものだった。
「アメリカ軍がエンド・ウォー以前のステルス戦闘機のデータを今でも大量に保持していれば、精密な攻撃機能を備えた機械知能を搭載させることも出来るだろうが、可能性は低い。操縦士は別な場所にいる」
ハンヌの話にミニシャがはっとした表情で大声を上げた。
「そうか!一番後方にあるコンテナの中だ!何であそこだけ護衛が囲んでいるのか、やっと分かったぞ」
ミニシャとユラ・ハンヌの会話にブラウンが割り込んできた。
「ならば、あのコンテナを高射砲で攻撃してみるか。ミニシャ、鳶型ドローンで観測したコンテナの位置を元に、弾道を管制室のコンピュータで割り出してくれ。こっちでは計算している暇がないんでな」
「分かりました。すぐに測定します」
ミニシャは両手を擦り合わせてブラウンと通信している。
その様子を、ハンヌは僅かに目を眇め、黙したまま見つめていた。
連邦軍の戦車、装甲戦闘車が突撃を開始したのを、ミラーは機械兵器の頭部から眺めていた。
戦闘車両の後方からは重火器を搭載した軍用トラックと大型ジープが猛スピードで走って来る。
「あの戦車はロシア軍から鹵獲したものだな。装甲車一台はアメリカのやつだし、軍用ジープもそうだ。とすると、あいつらはプロシアが雇っている傭兵団か」
トラックとジープの後ろを走るぼろトラックの荷台に座っている武装傭兵を見たミラーは、呆れた様に溜息をついた。
「何だ、ありゃ。あんな寄せ集めで、こっちの機械兵器に戦いを挑もうってのか?」
ただし、十メートルの高さから見下ろす傭兵の隊列は、ちゃんとした陣形を保っている。
「まともな指揮官がいるってことか。この砂漠地帯で、奴ら、三十年間も戦っているんだもんな。敬意は示すぜ」
ミラーは自分の深緑の機械兵器からぼろトラックに向かって機関銃を撃った。
機関銃の弾がトラックのボンネットに直撃した。
火だるまになったトラックの荷台から素早く飛び降りた傭兵が、ミラーに向かって携行ロケット弾を撃ってくる。
「あんなショボい武器で機械兵器に向かって来るとはな。逃げちまえばいいのに。ふざけた野郎だぜ」
自分に向かって飛んでくるロケット弾をすぐさま機関銃で撃ち抜いてから、ミラーは生身の傭兵達に向かって掃射した。
「ミラー!プロシアの傭兵団に無駄玉使っている場合じゃないわよ!」
キャサリンから通信が入った。切迫した喋り方には怒りが込められている。
「どうしたんです?ミセス・マクドナルド」
「リーとロドリゲスの機械兵器が生体スーツに破壊されたわ」
キャサリンの言葉に驚愕したミラーが大声を張り上げた。
「何だって!それで二人は無事なんですか?!」
「彼らの生体反応は全く感知できない状態よ。二人とも頭部を破壊されたみたい」
「…リーと、ロドリゲスは、死んだのか」
サイボーグの頭部が破壊されたという事は、即ち死を意味する。茫然としたミラーのイヤホンの向こうから、ワンリンの喚き声が聞こえてきた。
「そ、そうだ。二人は死んだ。敵のスーツにこっちの機械兵器が三体もやられるなんて。くそっ、バートン!あのバカ女!あいつが生体スーツの能力を見誤ったからだ。ミラー!主要指揮コンテナに戻って来い。我々の防衛に当たるんだ!」
ミラーはワンリンの命令を無視してキャサリンに尋ねた。
「ミセス・マクドナルド!大佐は無事なのか?」
「ええ。マイクは大丈夫。一対一で敵スーツと戦闘状態にあるけれど優勢を保っているわ。スーツを破壊するのも時間の問題でしょう」
「ならば、ここで後退などあり得ない。このまま進撃を続行する!」
「そうして頂戴。私もステルス二機で連邦軍の後方陣地に徹底攻撃を掛けるから。ヤガタ基地の防衛に当たっているスーツ二体を何とかしなくちゃ」
「キャサリン!俺とあなたで奴らを叩く。空地一体攻撃だ!」
ミラーは悔しさのあまり獣のような咆哮を喉から絞り出した。
「イーサン、敵の主力部隊を一気に撃滅させるわよ!オーバー」
通信を切ったリーのイヤホンから、口汚く罵り始めたワンリンの声が途絶えた。ミラーは後方陣地から前進してきた戦車隊の車長に連絡を入れた。
「戦車隊は突撃開始。対機甲突撃破砕圏にいる連邦軍を殲滅せよ。俺はヤガタ基地及び敵生体スーツに単独で直接攻撃を行う。以後、機甲中隊の指揮権はコリンガム少尉に移行する」
コリンガムから了解の通信を受けてから、ミラーは深緑の機械兵器をヤガタへと走らせた。
キル・ゾーンに入った傭兵軍の戦車が自分に砲身を向けて砲弾を発射する前に、機関銃で射手と操縦席付近の装甲を撃ち抜いて撃破する。
「生体スーツめ!首を洗って待っていろ。このイーサンが、お前らをぶった切ってやる」
ミラーは轟音と共に砂煙を立てながら、深緑の機械兵器をヤガタ基地へと突進させた。