表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
136/303

ステルス戦闘機



「前線にいるハイネ傭兵団の部隊がドローンを二機撃ち落としました」


「ふん。装備の古い雑兵にしてはよくやってるな」 


 あからさまに見下した表情で口角を持ち上げるハンヌをちらりと横目で見てから、ミニシャは管制塔の大型画面に視線を戻した。敵の動向を確認しながら、側にいる将校たちに矢継ぎ早に支持を出しながら口を開いた。


「ハイネはフォーローン・ベルトきっての精鋭部隊で形成されている傭兵団ですから。軍事同盟プロシア軍の切込み部隊を務めるのはいつも彼らです。ダガー軍曹もハイネ傘下の部隊出身です。初めて対峙した飛行兵器を、下から、それも機関銃だけの攻撃で二機も撃ち落とすなんて、大したもんですよ」


「手放しで褒めるわけにはいかないだろう。無作為に撃ったせいで、残りの七機は隊列を大きく散開させて個別攻撃へと移行させてしまった。それに、雑兵なんかに簡単に撃ち落とされる間抜けな小型ドローンをアメリカ軍が飛ばす理由は何だ?」


「分かりませんが、あのドローンは我々にとっては排除対象です」


「まあ、そうだろうが」


 ハンヌは肩を竦めてから、自分に一度も顔を向けようとしないミニシャの横顔を、つまらなそうに眺めた。


「あのドローンが、こちらの射程距離に入るまでの時間はどのくらいだ?」


 ミニシャが、ミサイル管理ボードに忙し気に目を動かしている兵士に問うた。


「およそ三十秒です」


 レーダー探知専門の兵士がコンピュータで計算された数字を覗き込み、ミニシャに向かって声を張り上げる。


「ブラウン中佐、そちらの実戦指揮系統を優先させる。速やかにドローンを撃墜して下さい」


 ミニシャがマイクのスイッチを入れて、戦闘指揮所のブラウンに通達を出した。


「了解した。十秒後にパッシブレーダー装備のロケットランチャーで連続攻撃を開始する。誘導弾操作の兵士は全員配置につけ」


 主指揮大型装甲車の前に待機している戦闘車両にブラウンは命令を出した。

 戦闘車の上に設置されているロケットランチャーの砲身位置を、射手を務める兵士達が上空に向かって素早く固定する。

 誘導スイッチを入れて己がターゲットとしたドローンに向かって、次々とトリガーボタンを押した。

 白い火花を散らして小型のミサイルがドローン・アパッチに向かって飛んでいく。

 誘導ミサイルの射程距離範囲は3,740メートル。

 射程距離に入っているドローンはミサイルに捕捉され、逃げ場はない。 

 ミサイルを振り切ろうとしたドローン二機がミサイルに後方から撃墜された。

 残った機もヤガタ上空防衛線を超えることなくミサイルに追い回されている。ミサイルとの距離が縮まったドローンが、急旋回の果てに失速して土漠に墜落した。

 その上にミサイルが落ちてキノコ型の小さな黒雲(こくうん)が立ち(のぼ)った。旋回が間に合わずにミサイルの側面攻撃を受けて二機のドローンが火を噴いた。

 アメリカ軍のドローンが自分達の放った誘導ミサイルによって撃墜されていくのを、戦闘車の上から若い兵士達が歓声を上げながら見ていた。


「ガグル社の誘導型赤外線誘導ミサイルか。あまり速くはないけれど、捕えた獲物は絶対に逃さないってのは、大した性能だ」


 ガルム2の肩に機関銃を抱えさせたまま、ダンはドローンを追いかけているミサイルを眺めた。


「でも、何か変だと思わない?技術の粋を誇るアメリカ軍の兵器が、こんなに簡単にやられるわけないと思うんだけど…」


 レミィを戦闘態勢にしたままで、エマが不審そうな声を出す。アメリカ軍の地上部隊は最前線にいる傭兵部隊とはまだ接触していないようだ。


「そう言われりゃ、そうだよな。何だか嫌な予感がするぜ」


 ダンとエマが訝し気に戦地を眺める百メートル前方で、戦闘車両の上の兵士が、自分の撃ったロケット弾を興奮気味に目で追っている。


「残り二機を撃墜すれば終わりだ!」


 アパッチを追い回す誘導ロケット弾を余裕の表情で上空を眺めている兵士達の遥か頭上で、黒い物体が落下してきた。


「ん?何だ?」


 手を翳して青い空に目を凝らす兵士達のイヤホンからブラウンの切迫した声が響いた。


「ヤガタ上空に未確認飛行物体発見!それから発射されたミサイルと思われる攻撃を受けた。誘導ロケットの射手に告ぐ、直ちに戦闘車の中に避難せよ!」


 聞いたことのないようなブラウンの怒鳴り声に、戦闘経験の浅い兵士達がおろおろしながら戦闘車のハッチの扉を開けようとする。

 兵士の頭上に上空から閃光が垂直に落下してきた。直撃を受けた戦闘車が一瞬で大破し、爆発した。

 爆風の衝撃度は凄まじかった。

 両隣の装甲戦闘車が吹っ飛ぶように横転して並列している戦闘車の側面に激突する。 

 小型ミサイルがアパッチの後尾を捕えている誘導弾目掛けて再度降ってくる。誘導弾は速度の速いミサイルにすぐに尾部を捕えられ、空中爆発を起こして飛び散った。

 空中を逃げ回っていたドローン・アパッチ二機が、茫然と空を眺めていた連邦軍兵士に向かってガトリング砲を撃ち放し始めた。

 発射速度の速いガトリング砲の銃弾によって、若い将校や兵士の身体が次々と撃ち抜かれていく。

 

「戦闘ドローンの攻撃を止めるぞ!」


 ガルム2とレミィが機関銃で二機のドローンのローターを撃ち抜いた。


「やった」


 兵士が歓声を上げる。その遥か上空で、小さな点がきらりと白く光った。


「あ。もしかしてあれ、ミサイルですか?」


 茫然とした表情で管制塔の窓と目の前のパネルを交互に眺めるミニシャに、ハンヌがすごい剣幕で怒鳴った。


超高速度(ハイパーソニック)ミサイルだ!見ろ、随分と高い場所から撃ってきているぞ。この戦域には雲が発生しないから肉眼で捕えられるが、普通なら雲の上の高度だ」


 レミィの人工眼を空に向けたエマが声を張り上げた。


「六千メートル上空に飛行物体確認しました!」


「な、なんだって!そんな高い空を飛行兵器が飛んでいるってのか?!」


 ミニシャが慌てた声を出している隣で、ハンヌはブラウンが搭乗している主指揮大型装甲車に無線伝達した。


「中佐、あれはステルス戦闘攻撃機だ!くそ、アメリカ軍め。ステルスを開発していたとはな。あいつの腹には兵器(ウエポン)がどっさりと仕込まれてるぞ!あのステルス一機だけで、ヤガタ基地の地上部分は破壊尽くされてしまう!」


「そんなぁ!空からの爆撃なんて、一体どうやって基地を防衛すればいいんだよ―――!」


 ハンヌの説明に、ミニシャが脂汗を流して髪を掻き毟る。


「ミニシャ、落ち着け!手は十分にある」


 ブラウンは指揮所の大型装甲車からヤガタに向かって通信した。

 ヤガタ基地を取り囲んで防御態勢を取っている戦車、装甲戦闘車部隊に努めて冷静な声で命令を出した。


「ヤガタ上空に飛行兵器確認した。戦車は横隊で前進。主戦闘地域前線の傭兵部隊と合流して敵の地上部隊への攻撃を開始しろ。前線での実戦指揮はハルマン伍長に移行する。携帯型ミサイルの歩兵部隊、ガンマウントを装備している軍用トラックは、全て対空射撃に切り替える。ヤコブソン二等兵!スーツの人工脳でステルスの進路照合点をすぐに計算しろ。一斉射撃を食らわせてやる。コックス二等兵、お前はステルスが撃ってくるミサイルをガルム2で撃破しろ!」


「了解しました!」


 ガルム2とレミィは軍用トラックと共に機関銃の銃口を空に向けて、一直線に飛んで行ったステルスがこちらに旋回して戻ってくるのを待ち受けた。


「ふん、さすがブラウン中佐だな。新型兵器を目の当たりにしても、随分と冷静な指示を出す。ガグル社製生体スーツ二体はアメリカ軍の機械兵器に破壊されてしまったし、残った一体は敵前逃亡してしまった。フランス人傭兵部隊を買い被り過ぎて失態を犯した俺は、もう用済みだ。プロシア随一の知将の戦略をただ拝見するしかないな。頑張って下さいよ」


 ハンヌはブラウンに皮肉の籠った応援を送ってから、ミニシャに顔を向けた。


「さて、ボリス。我々は地下管制室に移動するぞ」


「え?な、何で?」


 ミニシャは驚いた表情でハンヌを見た。


「ステルスは誘導方式の空対地ミサイルを搭載してるんだ。真っ先に地上管制塔が狙われる。まさか核弾頭付きミサイルは搭載されていないと思うが、万が一という事もある。地下五階なら核攻撃にも耐えられるからな。用心に越したことはない」


 ハンヌは管制塔にいる兵士に手で合図した。ハンヌの話を、恐怖に強張らせた表情で聞いていた通信兵達は、ミニシャの命令を待つ事なく、さっさと指令室の持ち場を離れてエレベーターに乗り込んでいった。


「君達、ちょっと、待ってくれ!私は移動の命令は出してないぞ」


 慌てるミニシャにハンヌが声を上げて笑った。


「はははっ。管制塔の外ではブラウンが指揮官だが、ヤガタ基地内での指揮は私に移ったようだ。ボリス、君は彼らに見限られたようだぞ?部下に動揺しまくった姿を見せたのは拙かったな」


「うぅ、むむ…」

 

 ミニシャは握りしめた両手を震わせた。生死を分ける緊迫した場面で、的確な命令を出せなかったのだ。部下の行動を容認する他はない。


「中佐、この会話は君の耳にも届いているだろう?不本意だろうが、緊急を要するのでね。了承願いたい」


 愉快で堪らないという顔をして、ハンヌが自分の装着したイヤホンからブラウンに連絡を入れる。


「確かにハンヌ殿の言う通りだ。地上部隊とヤガタの情報伝達が絶たれる事態があってはならない。ミニシャ、早く地下管制室に移れ」

 

 悔しげな表情で口を引き結んだミニシャは、ハンヌの後からエレベーターに乗り込んで、ヤガタ基地地上管制塔を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ