ハイネ傭兵団
太陽の熱で揺らめく大気の中に、黒い飛行物体が複数の点となって現れた。
「スゲエ!あれがアメリカ兵のドローン攻撃機か。空飛ぶ兵器ってのは、俺は、この歳になって初めて見たぜ!」
ハイネが望遠鏡を両眼に押し当てながら感嘆の声を上げた。
「おやっさん。俺らもですぜ」
ハイネの隣にいるマディが、低い唸り声を上げて遠方に目を凝らした。
レント亡き後、ハイネの右腕として傭兵隊長を務めている二十代半ばの若者だ。若くて隊長を務めるくらいだから、戦歴は長い。
身体は分厚い筋肉に覆われて逞しく、銃弾に抉られた跡のある顔は歳に似合わず太々しい表情をしている。
「もう肉眼でも確認できますよ。こりゃヤバイ。戦車と同じくらいのスピードだ。あれを一体どうやって破壊すればいいんでしょうね?」
「聞いた話だと、アウエィオン戦ではもっと大型の高速飛行兵器が出張って来て、連邦軍は攻撃する間もなくやられちまったって言うじゃねえか。アウェイオンの前線にいた奴はみんな死んじまったから詳細は分からんが、俺達が目にしている飛行兵器の速度なら、地上からの攻撃で十分に撃墜できるぞ」
少年傭兵が駆け寄って来て、ハイネとマディに敬礼してから緊張した声を張り上げた。
「ヤガタの管制塔から連絡が入りました。こちらに侵攻して来る攻撃機の数はおよそ九機。後方からアメリカ軍の戦車及び歩兵戦闘車を複数確認しました!」
「参ったな。隠れる場所もないこんな砂漠で、俺たちゃ真上から攻撃食らうってわけか」
ハイネが忌々し気に舌打ちする。
「そうっすね。連邦軍が急遽設置した巨大コンクリート土嚢は対戦車用防壁だ。頑丈だが、頭の上から爆弾落とされたんじゃあ、てんで役に立ちませんや。かと言って、後退するわけにもいかないでしょう。ここを素通りさせちまったら、ヤガタがまずいことになりますぜ」
マディが人差し指を空に向けてから、後方の部隊に目をやった。
傭兵隊は既に状況を把握していて、軍事トラックや装甲戦闘車から重火器や機関銃の銃口を空に向け始めている。
「あの大きさだったら、機関銃で対処できそうだ。ミサイルは対戦車用にとっておけ。おい、マディ。俺は前線の部隊に残って攻撃を仕掛けるから、おめえは後方に回って指揮を執れ」
「えっ、前線の攻撃は俺の部隊が務める筈ですが?」
驚くマディにハイネはにやりと笑った。
「気が変わったんだ。古参の部隊だけでドローンと前衛の戦車部隊を叩く。おめえの部隊は後から来る機械兵器の攻撃に温存する。起動予備として後方に回ってくれ」
「承知しました。おやっさん、ご武運を」
「ああ、おめえもな」
踵を返して軍用トラックに乗り込んだマディはすぐに隊の後方へと向かった。
ハイネは自分のすぐ後ろにずらりと並んだ軍用トラックや戦闘車に向かって大声で叫んだ。
「おい、ハイネ傭兵団の古兄弟よ!いいか、よく聞け!」
トラックの荷台や戦車の脇で銃を構えている古株の傭兵達が一斉にハイネを見た。
ロシア軍から鹵獲した戦車や戦闘車のハッチを開けてぬっと顔を出したのも、全て中高年の男どもだ。歴戦を重ねて生き残った傭兵全員が、真剣な顔でハイネの言葉を待っている。
「この戦いにはフォーローン・ベルトの命運が掛かっている。軍事同盟軍に打撃を与えて、いけ好かないプロシアのお偉方に俺達がどれだけ有能か、思い知らせてやれ!プロシア国籍を分捕る為に、てめえらのカカァとガキどもの未来の為に、命を尽くせ!」
「おおおぅ!」
古参の傭兵どもは、空に向かって太い腕と大きな拳を突き出して、ときの声を上げた。
「すぐにドローンが上空から攻めてくる。あいつらの狙いはヤガタ基地だが、俺達も排除対象として爆撃を食らうだろう。下から弾を雨あられと食らわせて、一機でも多く撃ち落とせ!」
「がってんだ!」
「親方、承知しやしたぜっ!」
歩兵傭兵団が、すぐさま戦車や装甲戦闘車の車両側面から大きく突き出したリアクティブ・アーマーの下に身を隠すようにして機関銃を上に向けた。空中に銃口を向けて狙いを定める。ハイネは一番手前に停車してある装甲戦闘車に乗り込んでから操縦席の脇のハッチを開けた。
傭兵団が戦闘準備を整えた直後、ドローンはプロペラ音が爆音となってきこえるくらいに傭兵団へと接近していた。
ハイネの隣から身を乗り出して、双眼鏡から射程距離を測っていた傭兵が声を張りげた。
「ドローン機、重機関銃の照準に入りました!」
「よおぉし!撃ち落とせ―――!!」
ハイネの咆哮と共に、傭兵達は空に向かって一斉に機関銃の引き金を絞った。
傭兵団の対空射撃に、隊列を組んで空中を飛んでいたヘリコプター型ドローンが一気に散開した。驚くほど素早い動きで傭兵達の攻撃を回避してから、傭兵団の戦闘車へと弾丸を撃ち始める。歩兵の傭兵がリアクティブ・アーマーの下に慌てて頭を引っ込めた。
傭兵団は知る由もないが、小型ドローンは、二十一世紀にアメリカ陸軍の使用していたアパッチロングボウという攻撃ヘリを精巧に模した飛行兵器である。
原型の半分に満たない全長三・五メートルの機体だが、外に向かって突き出した筒形のステーションの両端には機関砲が兵装されており、その内側に小型のミサイルランチャーが二本、左右で計四本取り付けられている。
機関砲の砲身は三つ。それが回転して発砲するガトリング式なので発射速度が速く、敵より早く銃弾を浴びせることができる。発射口は七・六二mmと、連邦軍が使用する機関銃と同口径が備え付けられていて破壊力抜群だ。
空中を素早く旋回したドローンの一機が一番前方にいる戦車に向かってミサイルを発射した。
左側のリアクティブ・アーマーが吹き飛んで、その下に身を潜めて機関銃を撃っていた数人の傭兵の身体がバラバラに千切れて空中に舞った。
「くそっ!ミサイルを撃ちやがった!ヤコブ、据え付け機関銃で撃ち払え!」
左側面を大きく損傷させた戦車を睨み付けてからハイネが叫んだ。
同時に、ヤコブと呼ばれた片目の古参傭兵が、戦闘車の頭に備え付けてある重機関銃のハンドルグリップを持ち上げドローンに向かってトリガーを引いた。
ヤコブの攻撃を躱そうとしたドローンだったが、手練れの連射に間に合わず、胴体を撃ち抜かれて砂地に墜落していった。
「ミセス・マクドナルド、アパッチが一機やられたぞ。雑魚は地上隊が始末するから、ドローンはヤガタに直行させろ。ドゥ・ユー・コピー?」
砂地で黒煙を上げて燃えているドローンを目撃したミラーが舌打ちして、キャシーに連絡を入れた。あと少しで連邦軍の絶対防衛圏だ。ミラーは機械兵器の足を速めた。
「砂漠地帯の戦闘か。爺ちゃんが従軍していたイラク戦争の昔話が、今、俺の手によって再現されるってわけだ。但し、アメリカ軍の兵器は二十世紀よりもずっと進歩しているがな」
貧弱な装備で前線を防御しようと構えている連邦軍をレーダー装備された人工眼で一瞥してから、ミラーは引き連れて来た機械兵器を前方に配備した。
己の操縦する深緑の機械兵器の機関銃とロケットランチャーを敵の戦車に向ける。
「分かったわ。イーサン、後は宜しくね」
傭兵団に機関銃を撃ち放ちながら、キャシーは戦闘地帯からドローンを大きく迂回させてヤガタへと向かわせた。
「行かせるか、よっ!」
ハイネが装甲戦闘車から、隣に停めてある大型軍用トラックの荷台に飛び移った。
リング状のマウントに据え付けられている大型の重機関銃の銃口を百八十度回転させて、後方に向ける。
飛び去って行くドローンの尻に向かってガンマウントの引き金を引く。青い空に銃弾が白く光ってドローン・アパッチの一機に吸い込まれていった。
ロケットランチャーを撃ち抜かれて空中爆発を起こしたドローンが、粉々になって吹き飛んだ。
「やりやがったな!容赦しないぞ!」
イーサンが叫んで、機械兵器の肩に担いだロケットランチャーを前線にいるハイネの軍用トラック目掛けて発射した。
「来るぞ!退避しろ!!」
一キロ先から自分に向かって飛んでくるロケット弾を見て、ハイネが声を張り上げる。
軍用トラックを運転する傭兵が、ギアをバックに入れてアクセルを踏み込みながらハンドルを切った。トラックは前を向いたまま大きく曲線を描いて、後ろへと爆走した。
九秒後。ロケット弾が着弾した時には、ハイネのトラックは十五メートル以上後方に逃げていた。
爆風で地面から派手に巻き上った砂がハイネの頭上に大量に降ってくる。
「団長!大事ないっすか?!」
運転席の窓からつるっ禿げを覗かせて声を張り上げるのは、ハイネよりもずっと歳が食った傭兵だ。
「ふう、あぶねえ、あぶねえ。オドバ爺さん、おめえ、腕は落ちちゃいねえようだな」
トラックの荷台で大笑いしているハイネに、おうよ、と言ってオドバが拳を突き出した。
「当た棒よ!おらあ、ハイネ傭兵団一のドライブテクニックの持ち主だ。まだ若いもんには負けやしませんぜ!」
「よし、その意気だ!爺さん、俺が片っ端から軍事同盟の奴らに弾を撃ち込んでやるから、よろしく頼むぜ」
「がってんだ!!」
主戦闘地域に向かってオドバはトラックのアクセルを踏んだ。
傭兵団の前線部隊は一斉に前進を開始する。
目の前に迫ってくるのは二足走行兵器と最新型の戦車だ。その最後方から、大型の機械兵器が巨大な機関銃とグレネードランチャーを両手に据えてやって来る。
「俺たちゃ、礎だ」
ハイネは独り言ちだ。
「エリーナ、サレ、ラシェ、カレラ、マルル、見てろよ、父ちゃんの雄姿を。セリナ、後は頼んだぞ。お前は逞しい女だから、俺がいなくても生きていける。娘たちをよろしく頼む」
両脚を踏ん張り、ガン・ハンドルグリップを握りしめてから、ハイネはあらん限りの声で咆哮した。
「ハイネ傭兵団、突撃いぃぃ―――っ!」