単独突入・2
岩を削って作られた長方形の空間は入り口同様、恐ろしく狭かった。
少しでも身体が傾けば硬い岩に肩が擦られる上に、階段は見たことがないほど急勾配だ。それが延々と続いている。
転倒したらどこまでも転げ落ちてしまいそうだ。
そうなったら打ち身や捻挫では済まないだろう。
この階段を作った人間も同じ考えだったようで、岩壁の両脇に真鍮の細い手すりが取り付けてある。
階段の明り取りは旧式の小さな白熱電球が天井から突き出していた。最新式の基地の照明としては随分と年代物だ。
手を伸ばせばすぐに届く天井は硬い岩だ。その中央に這う電気コードから点々とぶら下がっている電球に、頭をぶつけないように注意を払う。
薄明りの中、サイレンサーを装着したブローニングを手にしたまま腰を低く落として、ダガーは段差の激しい石階段を手すりを頼りに一直線に降りていった。
いくら降りても石階段がダガーの目の前に現れる。
このまま地底にでも行ってしまうのかと思うようになった頃、男達の慌てた声が下の段から響いてきた。
岩扉が外部から無断で開けられたことにようやく気付いたらしい。
もちろん、侵入者にも。
このエリアを任されている整備兵の一人だろうか、一人の兵士がゆっくりと階段を上って来た。
表面がでこぼこの岩の階段は、アメリカ軍兵士の足にも随分と不安定なようだ。
両方の手すりをしっかりと掴んで慎重に階段を上って来た兵士は、恐ろしい速さで階段を下りて接近してくるダガーの姿に驚いて、目を見開いた。
「誰だ」
兵士が腰のホルスターの拳銃に手を伸ばす。
兵士が拳銃を抜く前に、ダガーはその剥き出しの眉間にブローニングの弾を一発ぶち込んだ。
銃撃された反動でのけぞって倒れた兵士の身体が傾斜の激しい階段を転げ落ちていく。
ダガーは頭を低くして両方の手すりを握りしめた。
そのまま階段を一足飛びに降りながら、もんどり落ちていく死体の後を追う。
転げ落ちていく兵士の死体に追い付いて死体が装着しているプレートキャリアのドッグハンドルを握りしめてぐいと引き寄せた。
階段の先で複数の怒鳴り声が聞こえてきた。
異変を察知した兵士が集まって来たようだ。死体で自分の身体を覆ってから、その場に屈み込んだ。
次の瞬間、兵士の死体が奇妙に飛び跳ねた。
階段の下から銃弾が撃ち込まれたのだ。
死体が着けている防弾プレートのお陰で銃撃を回避できたが、兵士の遺体は気の毒なほど穴だらけになった。
階下の兵士がむやみやたらに発砲するせいで、照明が次々と撃ち抜かれて階段は暗闇で塗り潰された。
穴だらけになった死体の血が階下に流れ落ちていく。大量の出血に気が付いたようで、敵の銃撃が止んだ。
兵士の死体を抱えたまま、ダガーは兵士が階段を上ってくるのを待ち構えた。
ミリタリーブーツの靴底が岩階段に擦れる音が少しずつ近づいてくる。
様子を見に来た兵士の荒い息が、極度の緊張状態にあるのを教えてくれていた。
「ネ、ネ、ネイサン?!うわっ、ひいいっ!」
自分達の銃撃で顔を抉られた仲間の死体を目の当たりにして、偵察に来た兵士が悲鳴を上げた。
兵士の名を叫んだ拍子に構えていた銃口が天井に向く。呆然とした表情の兵士にダガーは凄惨な姿になった兵士を押し付けてから、その頭を拳銃で撃った。
二人目の兵士の後頭部から夥しい血飛沫が飛び散った。
二つに増えた死体が階段を転がり落ちていく。
怒声と悲鳴が近くなる。岩を穿って作られた階段が、やっと終点に近づいたのだ。
ダガーはアイガードのゴーグルを掛け、階下に閃光弾を投げた。ブローニングを構えて、階段の出口から飛び出した。
眩い閃光で目潰しを食らって慌てふためく兵士達に躊躇なく弾丸を放つ。
階段付近にいた兵士達は銃を構える暇もなく、ダガーの弾丸を浴びてばたばたと倒れた。
至近距離にいる兵士を一掃したダガーは、一番近くにある大きな正方形のコンクリートの陰に身体を横に一回転させて滑り込んだ。
接敵の有無を確かめながら、ブローニングの銃口を前方に突き出して両眼をコンクリ壁から覗かせる。素早く辺りを見回して、自分の位置を確認した。
広い空間に、ダガーが身を隠しているのと同じ巨大なコンクリートの大柱が六本立っていた。
壁と言ってもおかしくないほどの、巨大な柱だった。
柱で囲まれた床の部だけが黒く、それがコンクリートで造られたものではないのが分かる。
あまりに大きい柱に視界が遮られて、前方が見切れてしまっている。ダガーは柱に沿って走り、反対側から全貌を確かめた。
山の頂上と同じような墨のように黒い蓋が、目に飛び込んでくる。
天井を仰ぎ見る。外から見た円形の蓋が内部の円と重なるように配置されていた。
三十メートル以上はありそうだが、生体スーツなら、あの高さから飛び降りても支障はないはずだ。
「うわあああっ!」
「侵入者だ!侵入者がいるぞ!」
後から来た二人の兵士が、頭や胸を撃ち抜かれた仲間の死体を見つけて悲鳴を上げた。
恐怖で頭の中が真っ白になってしまったのだろう。若い兵士が、ダガーの潜んでいる大柱の脇を無防備に突っ切っていく。
男の走る方向を目で追うと、警報装置が見えた。
赤いボタンを押そうと腕を伸ばした兵士の背中を撃ち抜いてから、ダガーは残りの弾丸の全てを警報装置に撃ち込んだ。
緊急ベルの大音響は防げた。だが、一人残った兵士がダガーの死角に逃げ込んで、トランシーバーで応援を要請するのは止められなかった。
「Eゾーンに武器を携帯した侵入者あり!銃撃戦になり味方に死傷者が出ている。至急応援を寄こしてくれ。敵数は未確認だが、複数の模様。重装備で対応されたし!」
恐怖で裏返った兵士の声を聴きながら、ダガーはブローニングに新しいマガジンを装填してから右脚に付けたホルスターに差し込むと片膝をそっと床に付いた。
柱に背中を密着させて息をひそめ己の気配を殺す。耳を澄ますと兵士の乱雑な靴音が聞こえて来た。機関銃を手にした兵士がなだれ込んで来るのが分かった。
(二、三、五、八…十二人といったところか)
「ローランド!エネル!侵入者はどこだ?蜂の巣にしてやる!」
一人の兵士が怒鳴った。随分と濁声だ。
(階段から十時の方向、俺から一番遠い柱か)
ダガーはブローニングをそっと身体に引き寄せた。
「エネルはやられた!最初に様子を見に来た兵士も全員射殺されている。気を付けろよ、何人いるか知らんが、かなり腕の立つ奴らだ!」
男達の怒鳴り声が、だだっ広い空間に響いた。
彼らが通信機器を装備していないのがすぐに分かった。不測の事態に動揺してうっかり忘れたのか、その必要がないと判断したのかは知らないが、敵兵が肉声で連絡を取り合ってくれるのは、ダガーにとって好都合だ。
それと、侵入者を複数と思い込んでいるのも。
さっきの声で、ローランドとかいう兵士の場所が確認できた。
階段の横の柱だ。ダガーはチェストリングのポケットから薬莢を取り出すと、ローランドが潜んでいる反対方向の柱の陰にアンダースローで投げ入れた。
からんと、小さいが乾いた音が、床に響いた。
「おい、前方から音がしたぞ!」
引き攣った声の後に、兵士達が柱に沿って動く気配がした。
靴音で集団で前進したのが分かる。兵士達が動くのと同時に、ダガーは身を隠していた柱から飛び出した。
身体を低い位置に保ったまま、前方の柱から顔を半分覗かせたローランドの目を撃ち抜く。ローランドが、ギャッと短い悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。
最初に身を顰めた場所から、ダガーはローランドが隠れていた柱へと移動した。前進した兵士の集団が、柱一つ分、ダガーに近づいた。
「お、おい!今の悲鳴は誰だ?!ローランドか?」
「あいつ、どこに隠れているんだ?」
「ローランド!返事しろ!」
兵士の何人かが怯えた声を出してダガーに射殺された兵士の名を呼んだ。
ダガー一人を複数の侵入者と勘違いしているせいか、兵士達の動きが鈍い。先発の兵士が全員射殺されているので、防御を優先しているようだ。
(団子のように固まっているなら、好都合だ。)
ダガーはサイレンサーを外したブローニングを右手に、アサルトライフルを左手に構えた。