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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
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ドローン・データ


「捕獲って!いいんですか?ガグル社のドローンですよ」


 ハナが不安そうに声を顰める。


「壊さなきゃいいだろう。丁重に扱うさ」


 事も無げに言うダガーに、ハナは無言でキキの肩を上下させた。


「それで、あんなに空高く飛んでいるドローンをどうやって捕まえるんです?」


ガルム1が空を見上げて首を傾げた。


「あのドローンは姿は勿論、性質も本物の鷲と同じに作られているらしい。だからそれを利用する」


「…て、言うと?」


ジャックは訝し気に、鷲を目で追っているリンクスを見た。


「狩りの本能だ」


 ダガーはリンクスのハッチを開けて操縦席から立ち上がった。

 左手にした白い袋をキキとガルム1に見せるように高々と持ち上げた。

 袋の中で何かが大暴れしている。それが生き物だと知って、ハナとジャックは唖然とした。


「それは?」


「鷲ドローン用の獲物の山鳥だ」


「獲物?!って、いつの間に?!」


 ハナとジャックは急いで生体スーツのハッチを開けた。コクピットから身を乗り出して、ダガーが手に持っている袋を覗き込んだ。  


「お前らが山頂に上ってくるまでの時間にな。岩場で山鳥を見かけたんで、捕まえておいた」


 ダガーは袋の口を開けて、嘴と両足を紐で縛った山鳥の翼を抑えるようにしてを慎重に取り出した。


「あのドローンの人工知能には鷲の本能がそっくりインプットしてあるそうだ。だから山鳥の鳴き声と羽音を聞かせれば、本物の鷲のように反応して獲物を襲いに来るだろう。そうは言っても機械だからな。生きた鷲のような鋭い警戒心はない。そこが狙い目だ」


「狙い目ったって、どうやって捕まえるんですか?」


「生け捕りだ」


「生け捕りぃ!?」


 思わず頓狂な声を出してしまったハナが、慌てて声をひそめた。


「あの鷲ドローンを、ですか?」


「そうだ」


 ダガーは簡単だという顔で頷いた。


「あの鷲の人工知能には、切り立った岩山の天辺で素手の人間に捕まえられるというデータは入っていない。意表を突けば、フリーズする可能性がある」


「なるほど。考えましたね」


「俺じゃない。ブラウン中佐からの受け入りだ」


 感心したように幾度も頷くジャックに、ダガーは少しばかり口角を上げて言った。


「アメリカ軍からの攻撃はないと思うが、援護体制は取っておけ」 


 ハナとジャックは操縦席に戻ってスーツの腰のホルダーの拳銃の上に手を置いて辺りを窺った。

 死角になりそうな岩場にリンクスの身を顰めさせてから、両膝を折り曲げて座らせる。

 全身に接続してある人工脳同期装置を素早く外したダガーはコクピットから岩の上に滑り降りて、リンクスから少し離れた平らな場所まで走って行くと小さな岩の陰に身を隠した。

 足のロープはそのままで、口輪を外した山鳥を勢いよく宙に放り投げた。

 山鳥が甲高い鳴き声を発してバタバタと激しい羽音と共に飛び立とうとした。

 三メートル程宙に舞った山鳥の足のロープがぴんと張った。

 きいっと悲鳴を上げながら落下した山鳥が羽を広げて岩場でもがき出す。

 その姿に、ガグル社の生体ドローンが絵に描いたような反応を見せた。

 ドローンの鷲は大きく弧を描いたと思うと、山鳥に向かって一直線に降下した。山鳥の背中に鉤爪を突き立てようとしたのを、岩の陰から目にも止まらぬ速さで飛び出したダガーが両手で捕えて、その頭に素早く袋を被せた。


「うわー!軍曹ったら、鷲のドローンを素手で捕まえちまった」


「あの男、スーツだけじゃなくて、中身もヤマネコね」


 鷲の双翼をがっしりと捕まえたダガーはそれこそ獲物を仕留めた本物の山猫のように、素早く岩場の陰に隠れてその身を顰めた。

 ドローン鷲の両足を素早く縛って拘束すると、いつもの無表情な顔をキキとガルム1に向けてスーツの中で目を見開き口を半開きにしている部下二人にイヤホンで命令を下した。


「ジャック、ガルム1から出てこっちにこい。ハナはそのまま俺達の護衛を続けろ」


「了解しました(ラジャー)」


 ジャックはガルム1を深く屈ませてからハッチを開けた。コクピットから辺りを素早く見回すと、ガルム1の腕を滑り降りてスーツの足元の岩に飛び降りた。

 岩から頭を突き出さないように身を屈めたまま、ジャックはダガーの元に急いだ。

 ハナはキキの背中から機関銃をホルダーから抜いて、敵襲撃に備えて臨戦態勢を取っている。

 ジャックが来ると、ダガーは鷲のドローンをひっくり返した。

 柔らかな茶色の羽毛の中から、監視用のレンズが覗いている。

 生きた鷲にレンズを移植したようにしか見えない。ジャックは両手で恐る恐る鷲の腹を撫でてみた。

 軽く押してみると、生き物の肉体にはない硬い感触が指に伝わってくる。羽毛をかき分けるとつるりとしたシリコンゴムが目に入った。

 ガグル社とは言えど、さすがに監視用の鷲の皮膚までは本物そっくりに作ろうとは思わなかったようだ。


「生きた鷲にしか見えなかったけれど、やっぱり人工物なんですね」


 それでも、シリコンゴムに植え付けられた羽毛の精巧さにジャックは目を見張った。

 ダガーは鷲ドローンが暴れ出さないように大きな翼を両手で抑えながら言った。


「こいつのどこにデータが保存されているか調べてくれ」


 ジャックは鷲の胴体を指の腹で慎重に探った。ドローンの腹を覆うシリコンゴムは重量を軽くする為に極限まで薄い。その下はドローンの電子機器を保護するプラスチックカバーだ。

 指を這わせていると、僅かに陥没している場所が見つかった。


「感触からすると、これかな」


 ジャックはラバー材を指で左右に押し広げてみた。

 思った通り、ラバー材に切れ込みが入り、USBメモリの接続部分が四角い口を開けた。


「どれ、基地の情報をインストールさせて貰おうか」


 ジャックは鷲からメモリを引き抜いて、自分の腕に装着してある携帯型コンピュータの端末に接続させた。


「こいつの持っている情報はすべてインストールしました。今からリンクスとキキの人工脳に送信します」


 そう言って、ジャックは小型PCの折り畳みキーボードを開いて素早く連打した。

 メモリを戻してから、ダガーはドローン鷲の足の紐を解いた。頭を覆っていた袋を取って空に向かって放り投げる。

 鷲は大きく翼を広げると、ものすごい勢いで上空に舞い戻った。

 ダガーとジャックのいる場所を中心に弧を描いてからモルドベアヌ山から急降下して、ダガー達の視界から姿を消した。


「軍曹、俺達の顔、あのドローン鷲の監視カメラに大写しになってましたよね」


「そうだな。あのドローンはガグル社の監視中継地に戻るだろう。今はヤガタと通信出来ない状態だからな。あの映像で、俺達が所定の時間帯にモルドベアヌ山の頂上に到着していると、ガグル社の上席研究員からブラウン中佐に伝わるはずだ」


「なるほど。いいアイデアですね」


 何故かジャックが顔を赤らめてもじもじし出した。


「…俺、メモリを探している時、口を半開きにしていたんですよ。あの顔がヤガタのでかいモニターパネルにアップされるかと思うと、かなり恥ずかしいです」


「安心しろ、口までは映っていない筈だ」


 頭を掻くジャックの肩を軽く叩いてから、ダガーは岩を背にして立ち上がった。


「さあ、スーツに戻ってドローン鷲の映像の解析を始めよう」


 ジャックはガグル1の人工脳を操作する。リンクス、キキ、ガルム1のコンピュータのパネル画面にドローン鷲からインストールした監視画像が次々と現れた。


「随分と大量の写真だな」


 全ての画像は、ぼやけたところが一つもない。。鷲のドローンもそうだが、監視カメラの高性能さにダガーは唸った。モルドベアヌ山の頂上付近は勿論の事、トランシルバニア・アルプスの山々から森林の中に至るまで、リンクスのモニターパネル上にドローンの映した画像が凄い勢いで重なっていく。

 切り立った崖の頂上とは全く違う、なだらかな傾斜の緑豊かな山腹の画像が流れるように映し出された。

 戦車が通れるほどの幅のある道路が作られていて山裾の森に消えている。装甲車五台が列になって走行している動画まである。

 この道の行き着く先に、連邦軍が知り得なかったアメリカ軍の戦略拠点基地があるかも知れない。

 思わぬ収穫だが、アメリカ基地内部に侵入して攻撃し攪乱することがダガー達に課せられた任務だ。

 画像が荒涼とした崖が連なる峰に切り変わった。

 灰色の岩山が細かいピースになって瞬きの速さで連続する。

 ダガーが捕らえた山鳥が平たい岩場で羽をばたつかせているのを最後に、映像は映らなくなった。


「よし、ジャック、岩山の画像を繋ぎ合わせろ」


 ジャックがキーボードを操作した。

 ガルム1の人工脳を使って逆回転させた画像の中から細切れの岩を選別する。写真の殆んどが灰色の四角いピースだ。

 人の肉眼では区別できない微妙な色分けを、ガルム1は瞬時で完了させた。ジャックは合成した写真を縮尺をモニターパネルの大きさに合わせた。


「出来ました」


 山の全容が三体のスーツのモニター画面に現れた。


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