閃光
「はっ」
砂地に叩きつけられて意識が戻った。
マクドナルドからフェンリルの顔面に手りゅう弾を投げつけられたのが、五秒前。
顔に爆発の直撃を食らうのを避けようと両腕で防護したのが四秒前。
爆風で吹っ飛ばされて、砂の上に落下するまでの三秒間は宙を飛んでいたようだ。
しかしすぐに回復し、即座にフェンリルを立ち上がらせることができた。
「しくじったか」
忌々し気に舌打ちするマクドナルドのイヤホンに、ワンリンの甲高い怒鳴り声が響いた。
「大佐!き、君は、私の命令を無視して、灰色のスーツの頭部を破壊しようとしたなっ!」
「申し訳ありませんが、ワンリン博士。バートン博士が私の直属の上官でしてね。戦闘行為中に、あなたが無理難題の命令を出された場合には、すぐさま無効にしても構わないとのお達しを彼女から受けております」
「何だとぉぉ?!くそっ、あの女、どれだけ私を愚弄すれば気が済むのだ!!」
「残念!仕留め損ねちゃったわね、ダーリン」
ワンリンの喚き声に代わって、可愛らしい声がイヤホンから流れてきた。
「これ一つで大型装甲車一台吹っ飛ばせる威力がある代物なんだがね。灰色の生命体スーツめ、コンマ一秒で目の前の手榴弾をかわすとはな」
「あなたの敵として不足はないってことね」
鈴を転がすようなキャサリンの笑い声に、マクドナルドもつられて微笑んだ。
「いくら生命体スーツが頑丈でも、操縦しているのは生身の人間でしょう?爆発の衝撃で三半規管が麻痺
している可能性があるわ」
「そうだねハニー。今が奴を倒すチャンスだ。私はあの灰色の生命体スーツを倒してジャクソンの敵を討ちたい。キャサリン、連邦軍の他の敵は君とデビル・ドッグに任せるよ」
「了解よ、ダーリン。あなたは思う存分、灰色のスーツを切り刻んで頂戴」
軍事同盟軍の最後方部隊、重装備したアメリカ兵と機械兵器、最新式オーバーヘッド型戦車に厳重に守られた大型コンテナの中で自分の隣で口をへの字に曲げてそっぽを向いているワンリン博士を一瞥してから、キャサリンはマクドナルドに優しく語りかけた。
「ディオゴとイーサンの腕はレール・インターフェイス・システム装備させて強化したわ。これから反撃に出ます。連邦軍を壊滅させてやる」
「了解した。それでは、心置きなく復讐するとしよう」
マクドナルドはレイバントの長剣を大きく一振りすると、大地を踏み締めたまま動くことのできないフェンリルに向かって突進した。
「うう、くそっ」
ケイは揺れる視野の中で、必死にブレードを持ち上げて防御態勢を取った。だが、接近して来る黒い機械兵器が二重に見えて正確な距離が掴めない。
剣の先をフェンリルに向けて半身半馬の機械兵器が近づいてくる。
フェンリルのセンサーが警告音を鳴らし始めた。攻撃及び防御体勢の不備を示す赤いマークがモニターパネルのあちこちに浮かび上がる。
退避するにも未だ平衡感覚が戻らない状態では、足がもつれて転倒する可能性がある。そんなことになったら、機械兵器の長剣でフェンリルが串刺しにされてしまう。
「頼むぞフェンリル!今はお前の本能だけが頼りだ」
ケイは瞳を見開いて、渾身の力を込めてブレードを前に突き出した。
キン、と、大きな金属音が乾燥した空気の中で響き渡った。
フェンリルのブレードが敵の長剣を打ち据えて攻撃をかわすのが、ケイの霞んだ目に映った。
切っ先をかわされた黒の機械兵器が、すれ違いざまフェンリルの首を狙って横から切りつけた。フェンリルは動けない両足を軸にして腰を逸らせて上半身を大きくスライドさせた。操縦席のすぐ上で白銀の刃がきらめいた。紙一重で攻撃をかわした瞬間だった。
「面白くなってきたな」
次の攻撃の一手をどう繰り出すかを考えながら、マクドナルドは躍動感に包まれていた。
「ジェイス、俺もお前と同じだよ。戦うことでしか存在意義を見出せない」
まして、この世界では。
「凄いぞフェンリル!よくやってくれた!」
ケイは肩で息をしながら距離を取ってこちらの様子を窺っている黒の機械兵器に目をやった。
二重に見えていた敵の姿がはっきりとしてくる。爆発の衝撃で麻痺した三半規管が元に戻ってきたようだ。
フェンリルの手と足が自分の肉体と化して再び動き出す。ケイはフェンリルの姿勢を低く構えて攻撃体勢を取った。
「今の攻撃をかわされたのは惜しかったが…」
マクドナルドはフェンリルを見据えながら長剣で空を指した。軍事同盟軍の陣地から黒い飛行体が複数飛んで来る。
「あれは!」
ケイは驚いて空を見上げた。
「ドラゴンの弾丸か?あの怪物が戻って来たのか?!」
「ケイ!」
ナナがフェンリルに走り寄って来た。一見したところでは、ナナには敵から受けた大きな傷痕はない。
「リンダさん!よかった、無事だったんですね!ロウチ伍長はどこにいるんですか?」
「ビルは金色の機械兵器と交戦中よ。狙撃兵同士で遠距離から撃ち合いになっているの。腕が互角らしくて、まだ勝負が付いていないわ」
「空を飛んでいるのは、ドラゴンの飛行兵器でしょうか?アウェイオン戦の時よりも大型だし形も違う。それに速度も随分と遅い」
飛行兵器はフェンリルとナナを攻撃せずに頭上を通過していく。
生体スーツの人工眼が飛行兵器の映像を拡大してモニターに映し出した。丸みを帯びた胴体の天辺から突き出た円柱の先に大きなプロペラが付いている。
その腹の両脇に銃砲が、真ん中にはミサイルが装着されているのがはっきりと見えた。
生体スーツのデータには入力されていないが、ヤガタ基地でブラウンに見せられたことのある資料をリンダは思い出した。
エンド・ウォー以前の軍用機と酷似した写真があったのだ。
「あれは、ヘリコプター型ドローンだわ!」
「ヘリコプター!ドローン!って、何ですか?」
「ケイ、あれはアメリカ軍の飛行爆撃機よ。詳しく説明している暇はないけど、あの飛行兵器を早く撃ち落とさないと、ヤガタが危ない」
「大丈夫、あの飛行速度だったら、フェンリルの機関銃で全機撃ち落とせます」
ケイが黒い飛行体を撃ち抜こうと機関銃の銃口を空に向けたその瞬間、敵地からナナとフェンリルに向かって銃弾が数発撃ち込まれた。
二体のスーツが素早く反応して銃弾を回避する。
ナナとフェンリルは弾が飛んできた方向に銃口を向けた。
深緑と真紅の機械兵器が砂を巻き上げながら並走してこっちに急接近して来る。
「戻って来たぜ!!」
ロドリゲスが低く笑いながらナナに向かって右腕を突き出した。
ナナが銃撃を食らわせた腕が、肩から丸ごと大型の機関銃に変わっていた。銃身の下には幅広の大型銃剣が備え付けられていて、ギザギザの刃先が銃口の先から突き出している。
接近戦になったら、かなり注意が必要な代物だ。
「貴様らはここで足止めだ。ヤガタ基地はアメリカ軍機械兵器部隊に殲滅される運命だ。てめえらは絶望しながら俺達と戦いな!」
深緑の機械兵器の後ろから、ガグル社製スーツに破壊された生き残りの大型二足走行兵器が現れた。
横に広がった隊型で前進するその横には、六つのタイヤを履いた小型トラックくらいの大きさの機械兵器が六角形に隊列を組んで前進していく。
深緑の機械兵器が真紅の機械兵器から離れて二足走行兵器の後方に回り、ヤガタに向かって進行を始めた。
空と陸から大挙して押し寄せてくる敵を連邦軍の防衛陣地から排除しようにも、黒と真紅の機械兵器がナナとフェンリルに攻撃の照準を合わせている。
少しでも気を逸らせば隙を突かれて銃弾をスーツに叩きこまれてしまう。
「空と陸の両方から爆撃されたら、今のヤガタの防衛力じゃどうすることもできない。リンダさん、ナナをヤガタ基地に戻してください!」
フェンリルの頭上を通過していく飛行兵器を成す術もなく見送る悔しさで一杯になったケイが、歯噛みしながらリンダに言った。
「ケイ、あなたと私が倒す相手は目の前にいる。他の敵はダンとエマに任せるしかないわ」
「いや、だめだ。ナナの戦力を後方支援に回すべきです!」
黒の四つ足兵器と真紅の機械兵器から防御するようにフェンリルをナナの前に立たせて、ケイはリンダに怒鳴った。
「こいつらは俺が防ぎます。リンダさん、早くナナを絶対防衛圏まで後退させて下さいっ!」
「フェンリルだけで機械兵器二体を相手にするのは無理よ、ケイ!」
「早く、ナナを後退させてっ!!」
「おりゃあああっ!」
ロドリゲスがフェンリルに向かって機関銃を掃射した。
襲ってくる弾丸をブレードで素早く薙ぎ払ったフェンリルは、左手に持った機関銃で真紅の機械兵器に向かって銃弾を浴びせた。
ロドリゲスはフェンリルの放った銃弾を、新しく装備した左腕の重火器に装着した大型銃剣で防御した。
重厚な刃に無数の火花が激しく散る。
機械兵器の銃剣を撃ち砕こうと、フェンリルは機関銃を縦横に振りながらトリガーを引き絞った。
真紅の機械兵器が目にも止まらぬ速さで刃を一振りした。フェンリルの撃ち放った全ての弾丸は、真っ二つになって砂上に落ちた。
ケイは機械兵器に銃弾を浴びせ続けようと引き金を引いた。かちりと音がした途端、フェンリルの機関銃が作動を停止した。
「どうした?くそっ、故障か!弾詰まりでも起こしたのか?!」
「ケイ!危ない!」
「え?はっ」
壊れた機関銃に一瞬気を取られたケイが、リンダの叫び声でフェンリルの面を上げた。目の前には、黒い機械兵器が前脚を持ち上げて、白刃を煌めかせて自分に躍り掛かる姿があった。
「ケイ―――!」
後ろにいたナナがフェンリルの肩越しに飛び上がり、レイバントに向かって拳銃を撃った。
フェンリルの首を胴体から切り落とそうとして剣を振り上げたレイバントの肩に、ナナの放った弾丸が命中した。
「ちいっ」
マクドナルドは忌々し気に舌打ちしてから、レイバントの長剣をナナの頭上に振り下ろした。