フェンリルvsレイバント
「ロラ…ロラ!わああーっ!!」
ルシルが絶叫して黒の機械兵器に銃口を向けた。至近距離から機関銃のトリガーを力を込めて引き絞る。オーリクも銃撃に加わって機関銃を連射した。
「きさま、よくも俺の幼馴染を殺したなぁっ!!」
レイバントに撃ち放たれる機関銃の弾をマクドナルドは大きな盾で難なく防いだ。攻撃を受けても微動だにせず防御態勢を取り続ける機械兵器に、弾丸を撃ち尽くしたルシルが最後の弾倉を機関銃に装填する。
「G-2、こいつは機関銃で倒せる相手ではない。隙を見て撤退するぞ」
オーリクの命令に反してルシルは機関銃を連射しながらじりじりと前進した。
「ルシル!命令を聞け!」
「いやだ!」ルシルは叫んだ。「俺はロラの仇を討つ。この半馬野郎をぶっ殺してやる!」
「無理だ、返り討ちに遭うだけだ!俺と一緒に撤退しろ!」
「ブラン!」
オーリクのイヤホンにルシルが真剣な声で語りかけた。
「俺は、ロラを、こんな場所に置いていけない。それに、あんただって二人一緒に撤退できる状態じゃねえのは、重々承知してんだろ。俺はこの化け物に完全に補足されている。このままじゃ、あんたもやられる。オーリク隊が全滅しちまう。あんた一人で退避してくれ!」
「ダメだ、ルシル!!」オーリクが叫んだ。「一緒に撤退するんだ!」
「オーリク曹長、ベルナルドの言う通りだ。このままではメインプランが遂行できなくなる。G-2に機械兵器を任せて、お前は退避しろ。G-1一機でアメリカ軍の基地に侵入して、ガグル社の離反者達を始末するのだ」
オーリクのイヤホンからハンヌの非情な命令が伝わってくる。
「しかし…」
「命令だ。ブラン・オーリク」
「くっ」
オーリクはきつく握りしめた両手を震わせながら声を絞り出した。
「了解しました。ブラン・オーリク、戦闘解除します。戦域を離脱し、直ちにモルドベアヌ・アメリカ軍基地に向かいます」
己のスーツを四つ足走行にしてオーリクは撤退を開始した。
G-1が戦線を離脱するのを見届けたルシルが、機関銃を撃ちながら黒の機械兵器に向かって走り出した。
ルシルが接近戦に持ち込むつもりだと分かった。虫を殺すが如くG-3を倒した巨大なケンタウロスは、G-2が先に攻撃を仕掛けてくるのを悠々と待ち構えているように見える。その不敵な態度に圧倒的な力の差を感じさせずにはいられない。
オーリクは歯を食いしばってルシルから離れていった。
「ルシル、死ぬな、死ぬなよ!」
血を吐くように。オーリクがルシルに叫ぶ。
「おう!ブラン、死ぬつもりはないから、安心しなっ」
明るく言葉を返しながら、ルシルは半身半馬の機械兵器に機関銃を撃ち浴びせながら突進を開始した。
G-2が撃ち放つ銃弾を大盾で防いでいたレイバントの右手がゆるりと持ち上がった。
長剣の代わりに大型のマグナムが握られている。それを見たルシルがふんと鼻を鳴らした。
「ようやく反撃する気になったのか?」
レイバントがGー2にマグナムを発砲した。ルシルは機関銃を高速掃射して、マグナムの弾丸を全て潰した。弾の切れた機関銃を手から離したG―2は、両手の甲から突き出した剣の切っ先を手前に突き出したまま大地を蹴った。
マグナムに弾倉を装填させてホルスターに差し込むと、レイバントは目にも止まらぬ速さで背中から長剣を引き抜いた。
G-2に突進して二本の剣を薙ぎ払い、返す刀で生体スーツを切り裂こうと剣を振り立てる。
「させるかよ!」
空中でG-2を回転させたルシルは、マクドナルドの攻撃をかわそうとした。
「そこだ」
ルシルの動きを読んでいたマクドナルドがレイバントの前足を強く跳ね上げ、自分に刃を突き立てようとするG-2を蹴り上げた。
バランスを崩したG-2に一瞬の隙ができる。
「しまった」
マクドナルドは石火の如くG-2に一撃を食らわした。
G-2はレイバントの長剣で腹をざっくりと横から切り裂かれ、砂地に倒れた。
ルシルはスーツの身体を起こして再び剣を構えようとした。だが、生体スーツを覆うボディアーマーもろとも腹部の人工筋肉まで深く切り裂かれたのが致命傷となり、G-2は満足に立っていることも出来ない状態に陥った。
「くそ!」
切断されたスーツの人工筋肉繊維が強く収縮し始める。
「ぐわあっ」
強化外骨格パッドを装着していても、深手を負った生体スーツの筋肉繊維の凄まじい圧迫を防ぐことは不可能だ。ルシルは人工繊維に全身を捩じ上げられて悲鳴を上げた。
しかし、もはや後退も難しい。絶望的だが攻撃するしか道は残されていない。
激痛に耐えながら、ルシルは両手の剣を振りかざしながらよろめく足で漆黒の機械兵器に向かっていった。
各段にスピードが落ちた生体スーツは、レイバントの敵ではなかった。
マクドナルドはレイバントを駆けてG-2に近づくと、長剣を振り上げてその右手を手首からすぱりと切り落とした。
剣を握りしめているG-2の右手が砂の上に転がった。
「ぐあっ」
腹を抉られ右手を切断された生体スーツの身体が悲鳴を上げる。激痛に耐えきれず、ルシルは砂の上にG-2の両膝を落とした。
「そこに転がっているスーツと同じように手足と胴体をばらばらに切り離してから、貴様の息の根を止めてやろう」
マクドナルドはG-2の膝の後ろに剣の刃をゆっくりと刺し入れた。
ルシルの口からぐううと低い喚き声が溢れ出る。レイバントがG-2の足を切り落とそうと力を籠めた次の瞬間、マクドナルドは自分の頭部に向かって銃弾が発射されるのをセンサーアイで感知した。咄嗟に左腕の盾を翳すと同時に、盾に銃弾一発の銃弾が撃ち込まれた。
「少しばかり油断したな。どこから狙ってきた?」
マクドナルドはG-2の膝裏からレイバントの長剣を引き抜いた。
腹と右手、左足を破壊されて戦闘不能になったG-2から離れて、新たに攻撃を仕掛けてきた敵を探知した。
半球状のセンサーアイが、赤い警戒色に塗られた方向に動いた。未だ燻る煤煙の中から姿を現したのは、拳銃を構えた新たな生命体スーツだった。
ジャクソンを倒した憎き灰色のスーツが、マクドナルドの百メートル前方に立っていた。
「お前か」
「動けなくなった敵をなぶり殺しにしようとするなんて、お馬の機械兵器さんは随分と悪趣味な野郎だな。今度は俺が相手だ!」
ケイは拳銃を脚のホルスターにしまうと、フェンリルの肩に担いだグレネードランチャーを発射させた。
対装甲弾が空気を切り裂いてレイバントに飛んでいく。攻撃を回避できないと判断したマクドナルドはグレネード弾を防御しようと大盾を振り上げた。
大きな爆発の衝撃がマクドナルドを襲った。バートン博士の開発した大盾も、さすがにグレネードランチャーの直撃を受けては無事でいられない。
マクドナルドは大きくへこんで使い物にならなくなった盾を砂地に放り投げた。
「なるほど。なかなかのパワーの持ち主だ。ほら、挨拶代わりだ!」
マクドナルドはレイバントの武器を長剣から重機関銃に変えてフェンリルに向かって引き金を引いた。
秒速九百メートルの速さで連射された弾丸がフェンリルに襲い掛かる。
フェンリルが瞬時に高速移動してレイバントの銃弾を避けた。
マクドナルドはレイバントを弧を描くように駆けさせながらフェンリルに向かって銃を撃ち続けた。
ケイも素早く移動しながらグレネードランチャーをレイバントに撃った。
四本足の機械兵器はケイが舌打ちするほど器用にフェンリルの放った銃弾から身を躱す。
「くそっ!あいつを倒すには接近戦に持ち込むしかないか」
ケイは弾幕を張りながらレイバントに近づく隙を窺った。
敵も自分と同じ考えのようだ。フェンリル同様、弾幕で防御しながら間合いを詰めようとしている。
しかし、遮蔽物の全くのない広い砂地で、敵の撃ち放つ無数の銃弾の中に飛び込んでいくのは自殺行為に等しい。被弾する確率の低い距離から攻撃するしかない。
黒の機械兵器が一歩前進すれば、フェンリルが後ろに足を引き、こちらが一歩前へ出れば相手が下がる。互いに銃の弾薬が切れるまでこの状態を続けるのか。
「消耗戦になってしまう」
かちりと音がしたと思うと、両手で握りしめていたトリガーが軽くなった。フェンリルのランチャー銃の弾倉が空になったのだ。
「くそっ、俺の方が先に弾切れか!」
フェンリルの弾切れに気付いた黒の機械兵器が、左手に重機関銃を持ち替え射撃を続けながらフェンリルに向かって突進を開始した。
空いた右手が背中に回り、すらりと長剣を抜く。
ケイはグレネードランチャーを放り投げて、フェンリルの手の甲からブレードを出した。マクドナルドの接近戦に備えようと身を低くする。
その行動を見越したようにマクドナルドがフェンリルに銃弾を撃ち込んでくる。フェンリルは右に左にスライドしてレイバントの銃撃を回避した。
スピードを上げて接近してくるレイバントが左手に持っていた重機関銃から手を離した。
フェンリルと同じく銃弾を撃ち尽くしたようだ。
「剣と剣での一騎打ちだ!」
フェンリルの右手を前方に突き出して、ケイは突進してくるレイバントにブレードの切っ先を向けた。
長剣で頭上に大きく八の字を描きながら、レイバントがフェンリルに接近して来る。剣を振り回しながら徐々にスピードを上げてくる黒の機械兵器を迎え撃つために、ケイはフェンリルのブレードを構えて臨戦態勢を取った。
「どうやって攻撃する?」
フェンリルの人工脳が迫ってくる黒の機械兵器の動きをサーチして操縦席のモニターパネルに次々と映像を送信してくる。
攻撃シュミュレーションが目まぐるしく現れては消えていく。四つ足の機械兵器との戦闘は初めてだ。フェンリルが戦い方を模索し、ケイに指示を仰いでいるのが分かった。
「機械兵器の頭の天辺にいるサイボーグの奴をぶった切れば、あいつを一撃で倒せる」
最初に倒した銀色の機械兵器よりも大型なのに動きが早い。攻撃の難易度がぐっと高くなり反撃される危険レベルも格段に上昇する。
(だけど、大丈夫、フェンリルならやれる)
ケイはブレードを構えてフェンリルを突撃させた。高速走行の衝撃を受けた地面の砂が波を作って大きく舞い上がる。
「うおおおっ!」
ケイは雄叫びを上げながら黒の機械兵器に急接近した。
フェンリルの体高より五メートルは高いレイバントがフェンリルの頭上に剣を振り下ろす。
頭上から迫ってくる長剣をフェンリルがブレードで受け止めた。
レイバントとフェンリルの力が拮抗するる中、二体は睨み合ったまま剣を合わせて動かなくなった。
先に刃を引いたのはレイバントだった。
激しい火花が散る中、フェンリルのブレードを牽制しながら馬の身体がフェンリルから一気に離れた。
次の瞬間、レイバントの頭部に接続されているマクドナルドが、フェンリルに向かって腕を振りかざした。
マクドナルドの掌から現れた鉄の塊がフェンリルに向かって飛んで来る。
操縦席のパネルが大きな警戒音を発した。
フェンリルの顔面に向かって投げつけられた、それは…。
「手榴弾!!」
ケイの視野が白い光で包まれた。