強敵
目の前に迫る生命体起動スーツの動きを完全に捕らえた。
そう思った。
足を踏み込んで長剣の刃をスーツの胸に深く突き刺す。そのまま横に切り裂けば、忌々しい狼の生命体スーツは自分の足元に崩れて動かなくなる。
「これで終わりだ!」
スーツに剣を突き刺す寸前、手応えを失った。長剣の白刃が空を切っただけと知って、ジャクソンはセンサーアイでフェンリルの姿を探した。己の機械兵器が手前に突き出す剣の真下に、その存在を確認した時には遅かった。
フェンリルのブレードがジャクソンの長剣を弾いた。
その衝撃でジャクソンの両腕が完全に浮き上がる。両腕の真下に白く光るブレードが自分の機械兵器の腹に深く突き刺さっていくのを、ジャクソンは茫然と目で追った。
勝負は決まった。
俺の負けだ。
ジャクソンはフェンリルに向かって最後の罵詈雑言を放った。
「地獄に落ちろ、この狼野郎!!」
ジャクソンが叫ぶのと同時に、ケイはフェンリルのブレードの刃を思い切り上に引き上げた。ブレードは機械兵器の上半身を切り裂き、荘厳な兜を真っ二つに割った。
「やった、やったぞ!」
ケイは、切り裂いた機械兵器から飛び退きながらガッツポーズを取った。
「銀色の機械兵器を一撃で倒した!すごいぞ、フェンリル!」
「ジェ―――イス!!」
マクドナルドは軍事同盟軍の後方陣地からジャクソンの最期を見ていた。
灰色の生命体スーツのブレードによって切り裂かれたジャクソンの身体から、機械の部品が派手に飛び散っていく。
機械兵器の動力装置が破壊され、液体燃料が大量に漏れ出して空気中で気化した。揺らぐ大気の中に兜と共に割られ、人工血液と脳漿を飛び散らせたジャクソンの頭部が、マクドナルドのセンサーアイによって確認された。
目を覆う惨状を呆然と凝視する。サイボーグの義眼はマクドナルドの心中とは裏腹に、ジャクソンの断末魔の映像を拡大してコマ割りにしてデータ化していく。
マクドナルドのセンサーアイの内側で、ジャクソンの脳波と心肺が完全に停止して一本の長い線となった。
操縦者を失った機械兵器の十メートルの巨体が砂地にがっくりと両膝をついた。
前のめりに崩れ落ちる直前に動力部分がショートし爆発して、紅蓮の炎と黒煙を噴き上げた。
エンド・ウォーの地獄を生き延びた戦友の身体が、炎の中に灰となって消えてゆく。
「灰色のスーツめ!よくも、俺の、親友を…!!」
マクドナルドは踵を返すと、己が操縦する機械兵器に搭乗した。
四本の脚を折り曲げて座っていた機械兵器が、頭部に接続された主の動きと連動して大地から立ち上がった。
「行くぞ、レイバント。連邦軍の奴らを皆殺しにするぞ」
「ジャクソン軍曹―――!!」
リンダと格闘戦を繰り広げていたロドリゲスが絶叫する。
隙を見せた機械兵器の脇腹ににナナが両足で蹴りを入れた。地面に倒れそうになるのを堪えた機械兵器の上半身にブレードを突き立てようとするのを、ロドリゲスが盾で防御した。甲高い金属音がして、機械兵器の盾が二つに割れた。
「くそっ!こいつはもう使えねえ!」
破壊された盾を打ち捨てて、ロドリゲスは真紅の機械兵器を一気に後退させた。
「そんな…!軍曹が、デビル・ドッグの強者(つわもの)が、連邦軍のスーツに一撃で殺られるなんて」
炎に包まれるジャクソンに呆然としたミラーがG-3から僅かに銃口を逸らした。
真紅の機械兵器の一瞬の隙をオーリクは見逃さなかった。
オーリクは機関銃を深緑の機械兵器に向けて連射した。ジャクソンの死に気を取られていたイーサンが慌てて銃口をG-3に戻したが、そこにいたのはG-3の盾になって機関銃を構えたG-2だった。
「撃たせるかよ!」
深緑の機械兵器に向かって叫んでから、ルシルはオーリクと共に深緑の機械兵器に機関銃の銃弾を撃ち浴びせた。
「ヤバい!態勢が逆転しちまった!」
「イーサン、一旦退避しろ!このままじゃ俺達も危ない!」
「了解した!」
二体のスーツから猛攻撃を受けて攻撃はおろか防御態勢も危うくなった真紅の機械兵器が、場当たり的な発砲を繰り返しながら丘陵から撤退していく。
オーリクは機関銃を撃ちながら、その様子をすり鉢状の地形の中から見上げた。
連邦軍の生体スーツが戦場に投入されたおかげで形勢が逆転したようだ。この機を逃すことはない。オーリクはG-2とG-3がすり鉢地帯から脱出したのを見計らうと、銃撃を止めて自分も忌々しい低地から抜け出した。
視界が開けると、砂地に崩れ落ちた機械兵器が激しく燃え上がっているのが目に入った。広範囲に飛び散った液体燃料に引火した炎が砂地に火柱を立てている。
「あら、すごい!」
視界を塗り潰すように立ち上がる真っ黒な煙にロラが歓声を上げた。
「連邦軍もなかなかやるじゃないか」
ルシルも思わず口笛を吹いた。
「我々は武器弾薬補充の為一旦ヤガタ基地に帰還する。ルシル、ロラ、退路の安全を確保しろ。俺は敵を監視しながらお前達の撤退終了後、後退を開始する」
「了解しました」
二人が生体スーツを四つ足モードに変更しかけたその時、黒煙の中に大きな影が現れた。
「接敵あり!」
いち早く察知したロラが、G-3を立ち上がらせて右脚の帯状剣を引き抜こうと柄を握った。瞬間、G-3の腕が掴んだ剣と共に宙に大きく弧を描いた。
「何!?」
あっという間の出来事だった。
ロラは砂地に投げ出されたG-3の右腕を呆然と見つめた。次の瞬間、G-3のセンサーが敵機が異常接近する警戒音を操縦席に鳴り響かせた。
「どこだ、どこにいる?!」
切り落とされた右腕の付け根を残された左手で庇いながら、ロラは辺りを見渡した。
炎から立ち上る高温の黒煙が邪魔をしてG-3のセンサーアイがうまく起動しない。背後から突如現れた大きな手を避けることができずに、ロラは自分が装着しているスーツの頭を掴まれて煙の中に引きずり込まれた。
必死でもがくG-3のもう片腕を、機械兵器が無慈悲にも肩から切り落とした。
「くっ!この!」
腕を切断されたG-3の人工筋肉が急激な収縮を起こし、スーツの人工神経線維を纏う操縦席のロラの身体に伝播する。
ロラは激痛を堪えながらG-3の足先から鋭いナイフを出して機械兵器を切り刻もうと両足で蹴り上げた。ロラが突き出したスーツの足を、機械兵器は長い剣で一刀両断に切り落とした。
「ぎゃあああっ」
ロラの絶叫がルシルとオーリクの無線に響いた。
スーツの中でロラは気を失ったようだ。両手両足を失ったG-3はぐったりとして動きを止めた。
「ロラ!!」
抵抗する術を失ったロラの生体スーツを持ったまま、四本の長い足を持つ機械兵器が黒煙の中から悠然と姿を現した。
鎧を装着した馬の胴体と人間の上半身が機械で余すことなく再現されている。
左腕に大きな盾を装着し、右手に剣を持っている。他の機械兵器同様、頭部の部分にサイボーグの上半身が接続されていた。
その身体は他の機械兵器のように兜に覆われていなかった。
それもそのはず、サイボーグの全身は武器を纏っている。防具に頼る必要がないのだ。
巨大なミノタウロスは燃える砂を背にして立ち、その炎が吹き上げる煙の如く全身を漆黒に染めていた。
頭と胴体だけになったG-3を足元に打ち捨てて、鋼鉄の蹄をその上に乗せる。
攻撃出来ずに自分を二方向から囲むG-1とG-2を睥睨しながら、マクドナルドはワンリンに無線で問うた。
「博士、スーツを生け捕りにせよとの仰せでしたが、その命令は反故にして頂きたい」
「ああ、君の好きにするがいいさ。そこいるサル型生命体スーツは全部バラバラにしちゃっても構わないよ。だけどね大佐、ジャクソン軍曹を倒した灰色の生命体スーツの上半身だけは破壊しないでくれたまえ」
ワンリンの興奮した甲高い声がマクドナルドのイヤホンから響いた。
「ジャクソンの身体能力の数値は驚異的に高かった。その彼の接続した機械兵器を一撃で倒すとは!灰色の生体スーツに繋がっている人間がどんな奴かは知らんが、そいつの脳はかなり特殊なニューロン構造を持っているようだ。だから何としても手に入れて調べ尽くしたいのだよ!大佐、パイロットの頭とスーツの人口脳だけは、炭化させないで残しておいてくれたまえ」
「御意。さあ、レイバント、お前の力を見せてやれ」
マクドナルドはG-3の胸に剣先を突き立てた。