フェンリルvs銀色の機械兵器
同時並行で連載などと血迷った結果、イラストまで手が回らなくなりました。
ごめんなさい。
三体の機械兵器の機関銃から連射された銃弾がケイに向かって一直線に飛んでくる。
数十種類の人工タンパクで複合合成されているフェンリルの脳神経細胞は、銃口を向けられた瞬間に敵銃弾の着弾時間を計算してケイの脳に伝える。
ケイがフェンリルの脳に瞬時に反応しした。トリガーに掛けられた機械兵器の指が手前に引かれる直前に、フェンリルの人工脳神経線維の隅々に瞬間的に命令を伝達する。
『銃弾を回避せよ』と。
その神経伝達の速度は撃ち放たれた機関銃の弾丸よりも早い。
そして、生体スーツの筋肉は生身の狼の二十倍、人間の六十倍以上の瞬発力を発動する。
機械兵器の放った弾丸が届く前に、ケイはフェンリルを斜めに大きく跳躍させた。
「見える、見えるぞ!あいつらの放った弾丸が!」
足場の悪い砂地での高速移動にもかかわらず、走行態勢が全く崩れない。
「チームαのみんなにぼろぼろになるまで対人格闘を仕込まれたお陰だな」
ケイはフェンリルをジグザグに跳躍させて銃撃を回避しながら機械兵器に接近していった。
「おいっ。適当に掃射したって無駄玉にしかならんぞ!」
ジャクソンが叫んだ。
「十分引き付けてから一斉射撃で灰色を倒せ」
銀と真紅と深緑の機械兵器がフェンリルに向かってトリガーを引こうとした。
「同士討ちさせてやる!」
ケイはフェンリルの進行方向を大きく迂回させた。
「待て!このまま撃つと軍曹に当たっちまうぞ!」
キムの大声で、ロドリゲスが慌ててトリガーから指を離した。フェンリルは一番手前に立っている銀色の死角に入っていた。
「クソが!」
ロドリゲスが舌打ちして機械兵器の向きを変えてフェンリルに銃撃した。ロドリゲスの動きに反応したフェンリルが真横に身体をスライドさせて、ジャクソンの死角に回った。
「気をつけろ、ディオゴ!後ろだ!」
ミラーのセンサーアイが乳白色のスーツを捉えた。ジャクソンの叫び声よりも早く、ナナがロドリゲスの機械兵器に背後から襲い掛かった。
右手が人型に戻っていて、大型拳銃を握りしめている。銃口がロドリゲスのサイボーグの身体に向けられている。その距離は一メートルもない。
爆音と共にナナの拳銃から銃弾が発射された。
ロドリゲスは左腕を盾に素早く変化させて、六連発の発砲を防いだ。
同じ場所に銃撃を食らわせて盾を破壊しようとするナナの攻撃を逸らそうと、必死で腕を動す。超至近距離からの弾丸の衝撃はすさまじく、ロドリゲスの機械兵器は体勢を崩して砂地に尻もちをついた。
「うおっ!」
ロドリゲスが獣のような声で悲鳴を上げた。
「ちっ。撃ち損じたか」
リンダが悔しそうに舌打ちをした。
「ディオゴ!」
ジャクソンはロドリゲスを援護しようと身体を捩じってナナに機関銃を掃射した。ナナは後ろの猫足で素早く跳躍し、ロドリゲスから離れた。
「軍曹、危ない!」
ミラーの怒声にジャクソンが前を振り向くと、灰色の生命体スーツが目前に迫っていた。
自分に襲いかかろうとして疾駆する巨大な四つ足の滑らかな躍動に思わず目を見張った。お前を飲み込んでやるとばかりに、ジャクソンの身体に向かって、大きく口が開く。
「こいつは…」
ジャクソンはイエローストーン公園の森林の奥深くで偶然出くわした灰色狼を思い出した。
久しぶりの休暇だった。
自慢のピックアップトラックで恋人との旅行中の出来事だ。
興味本位で関係者以外立ち入り禁止の野生動物保護区域に入ったが、森林管理局から大目玉を食らうわよと恋人に怒られて引き返すことにした。
車をUターンさせると、目の前に大きな狼がいた。
大型四輪駆動車の運転席にいるジャクソンから目を離さずに牙を剥いて威嚇してくる。
猛々しい野獣の瞳の中に王者の風格を感じ取ったジャクソンは、その狼に畏敬の念を抱いた。
機械と継ぎ接ぎになってしまった頭に自分でも驚く程、その時の風景がはっきりと甦った。
「そうか。お前は狼か。狼の魂が入った生命体起動スーツか」
ジャクソンは自分の記憶に感慨を覚えた。
「スゲエ!百五十年も前の記憶をスラスラ思い出せるなんて。俺の脳みそは劣化していないってことだよな?バートン博士の技術は大したもんだぜ」
「軍曹!援護します!」
「イーサン、お前はサルどもを見張っていろ。こいつは俺が片付ける!」
ジャクソンは、目の前に迫るフェンリルの口に向かって機関銃をグレネードランチャーに変えて発砲した。
フェンリルはサイボーグのセンサーアイを凌駕する速度でジャクソンの撃った弾を回避した。着弾一歩手前で攻撃目標を失ったグレネード弾は、フェンリルのすぐ後方の砂地に落ちて派手に爆発した。
吹き上がる砂と黒い煤煙の中から飛び出した灰銀の巨大な狼が、ジャクソンの機械兵器に猛然と襲い掛かる。
「行け、フェンリル!こいつを倒せ!」
ケイは叫んでジャクソンの銀色の機械兵器に体当たりを食らわせた。
機械兵器は二十メートル後方に吹っ飛ばされて転がった。起き上がる暇を与えずにフェンリルが機械兵器の上に全体重を掛けて圧し掛かかる。
ジャクソンは砂上に転がる直前に腰から引き抜いていた拳銃でフェンリルの頭を撃ち抜こうとした。
「撃たせるか!」
ケイは拳銃をフェンリルの前足で弾き飛ばした。
空になった機械兵器の右腕に噛みついて捩じり上げる。フェンリルの強靭な顎に挟まれた機械兵器の腕のあちらこちらから金属の破壊音がし始めた。
「放せ、化け物!」
ジャクソンは右腕からフェンリルの顎を外そうと必死でもがいた。
「お前の右腕を噛み切ってやる」
ケイはフェンリルの顎に力を込めた。
バキッと大きな音がして、銀の機械兵器の肘から下にの甲冑に亀裂が入った。
「こんちくしょう!」
ジャクソンは口汚く罵ると、左手でフェンリルの首を後ろから掴んだ。
噛み付いて離れないフェンリルを腕から引き剥がそうと、渾身の力を込めて首の根元を握り潰そうとした。
ケイはフェンリルの首を激しく振り立てて機械兵器の手から逃れると、フェンリルを後方に飛び退かせた。
「くそ、あと一息だったのに」
ケイはフェンリルの体形を狼から人型に素早く変身させると、右手の甲からブレードを突き出した。
「ふん?こいつは面白い」
フェンリルのブレードを見たジャクソンはにやりと笑った。
左の腰から十字の柄を取り出した。右手で一振りすると柄から長い刃が現れた。
「来い、狼野郎!俺の長剣でお前の首と胴体を切り離してやる!」
ジャクソンは間合いを詰めると、フェンリルに刀を振りかざして襲い掛かった。
上!下!右!左!
機械兵器の鋭い剣の切っ先がフェンリルとの僅かな間を切り刻む。
フェンリルの首を狙って攻撃を仕掛けてくる機械兵器の長剣を、ケイは火花を散らして受け止めた。
機械兵器はフェンリルより長身で、振り回す剣も長い。ケイは不利な体勢に陥る前に、再度後方に飛び退いてジャクソンの剣から距離を取った。攻撃と防御を同時に取れるようにブレードを構える。
互いの隙を探るべく、ケイとジャクソンはすり足で移動した。右に進めば左に動き、一歩前に出れば一歩下がる。緊張の中、ケイとジャクソンは睨み合ったまま相手に与える一撃を探っていた。
左足を横に滑らせた途端、砂だまりに足を取られてフェンリルの態勢が僅かに崩れた。
「もらった!!」
ジャクソンが先に動いた。長剣を縦に構えてケイに突進する。
稲妻の如き速さで剣を操り、フェンリルの胸を真横に深く切り裂こうとした。
ケイはフェンリルの膝を屈伸させて、フェンリルに刃を突き立てようと腕を伸ばした機械兵器の下に飛び込んだ。
フェンリルの頭のわずか数センチ上、空を滑るジャクソンの長剣に直下から垂直にブレードを思い切り突き立てた。
衝撃で、機械兵器の両腕が、握り締めた長剣と共に完全に浮き上がった。
「しまった」
ジャクソンのセンサーアイがフェンリルの動きを捉えるより早くケイは動いていた。
銀の甲冑を纏った機械兵器の腹部にブレードを深く突き立てたまま、ケイはフェンリルを立ち上がらせた。