敵の数
空を見上げた人物が腕を振り上げた映像を最後に、偵察機からの通信が途絶えた。
カメラレンズに映っていたのはマクドナルドの異形の顔だった。
彼は微笑みを浮かべながらドローンに銃口を向けて引き金を引いていた。
「さすがに見つかったか。まあ、敵数を把握できたのだから良しとするかないな」
ブラウンが何も映らなくなったタブレットの黒い画面を眺めていると、ヤガタの指令室にいるミニシャから無線通信が入った。
「中佐、ボリスです。偵察機が破壊される前の映像を解析しました。直ちに送信します」
「了解した」
ブラウンは指揮所になっている大型装甲車両のパネルスイッチをオンにした。正面に上空からの撮影画像がスクリーンに映し出される。
赤茶けた大地に整然と並んでいる大量の白い物体に、ブラウンは眉を顰めた。
「あれは二足走行機械兵器だな。ミニシャ、映像の詳細を説明してくれ」
「はい。ロシア軍の脅威は消滅。敵勢力はアメリカ軍に移行しました。前方に待機していた機械兵器二百体が前進を始めた模様です。ドローンの映像から計算すると、先頭の二足走行兵器がG―1、G―2、G―3と接触交戦開始まで、早くて三十秒後です」
「そうか。機械兵器の後方の隊はどんな様子だ?」
「ドローンの映像では、大型の機械兵器を四体確認しています。
アウェイオン戦では未確認の型です。その近くにマクドナルドと名乗ったあのサイボーグ兵士が映っている。それと、彼の部下らしき兵士が四名。その他に戦車三十両、歩兵戦闘車三十両、その後方に大型の装甲車一両が見えます。両脇に戦車が五両ずつ、重装備に身を固めた分隊が二個、側面護衛に付いている。
随分と高位の指揮官が乗っているようです。装甲車の後ろに大型コンテナが連結されています。最後方に超大型コンテナ車両が五両。予備隊でも中にいるのでしょうか?」
「随分と大きなコンテナだ。それが五両か。一体どんな武器を運んできなのやら」
ミニシャの報告にブラウンは唸った。
「大型装甲車はアメリカ軍の司令部のようだな。護衛の数からして、確かに将軍クラスの指揮官が乗っていてもおかしくはない。私は、マクドナルド大佐がアメリカ軍の全指揮を担っていると思っていたんだが」
「私も中佐と同じく、アメリカ軍はマクドナルドが統括していると考えてます。ですから、大型装甲車のすぐ後ろに待機しているコンテナ車と、何か関連があるのかも知れません。もしかしたら我々がまだ目にしたことのない新兵器があの中にいる可能性がある」
「それとも、あのコンテナ車にドラゴンが格納されているかも知れないぞ」
「その可能性はないです」
ミニシャが速攻で断言した。
「いくら超大型でも、あのコンテナに体長十メートル以上あるドラゴンを入れるのは無理ですよ。お尻としっぽが完全にはみ出してしまう」
「そうか。ならば、ドラゴンをどこに隠している?アメリカ軍はアウェイオン戦の時と同じように、あの禍々しい飛行兵器で、我々を一気に掃討する作戦に出ると踏んでいるのだが」
再び唸ったブラウンにミニシャが深刻そうに声を落として言った。
「戦域外の山中に潜ませておいて、戦況次第で投入して来るということも考えられます」
「そうだな。あの巨大な翼で高速飛行すれば、山など簡単に越えられるだろう。すぐに戦域内に到達するぞ」
(アメリカ軍がこの戦闘にドラゴンを投入してきたら、今度こそ我々は敗北する)
連邦軍の残留兵と傭兵で構成されたヤガタが、最新兵器を揃えたアメリカ軍に勝利する確率はかなり低い。ヤガタは基地としてではなく、本国の防波堤として役目を終えよというのがプロシア軍中央本部の真の意向だ。
「中佐、敵の機械兵器が、ガグル社スーツまで十秒で到達します」
「了解した。ところで、マクドナルドの部下らしき兵士とはどんな奴らだ?」
「解析では、兵士四人とも、マクドナルド、あのサイボーグと同形です」
ブラウンの耳にミニシャのごくりとつばを飲み込む音が聞こえた。
「よし、分かった。我々のスーツの出番もありそうだ」
(いい意味で、中央本部の期待を裏切ってやろう)
ブラウンは素早く無線を切り替えた。
「あのう…。俺達の出撃はまだなんですか?」
痺れを切らしたケイがリンダに聞いた。先陣を切ったガグル社生体スーツの活躍をただ眺めているだけでは、戦闘態勢の緊張が続かない。
「ブラウン中佐の命令が出るまで我慢してようね」
リンダは幼い子をあやすような口調でケイに言った。
「焦りは禁物よ、ケイ」
「そうだぞ、ケイ」
ビルも横から口を出してきた。
「まあ、お前の気持ちは分からんでもないが。目の前でガグル社の生体スーツが敵の部隊を殲滅させているんだもんな。あのくらい俺達にだって十分やれるさ。だけどそんなに急いて敵地に突っ込んで行ったら、すぐに敵の砲弾食らっちまうぞ」
「それに、私たち連邦軍の兵士は、数がとっても少ないでしょ?ヤガタ基地を守るために、できるだけ火力と兵力を温存しないとね」
そうだ。この戦いはヤガタの防衛戦だ。ケイは反省した。
「すいません。俺、こんな最前線に立つのは初めてだから、焦ってしまって」
しょんぼりと俯いたフェンリルの肩に、リンダの操縦するナナがそっと手を乗せて顔を近づけた。
生体スーツ越しではあるのだが、コクピットの中で人工神経線維を全身に纏っているせいだろう、ナナの手がまるでリンダの手そのものとなって、ケイの肩に生々しく感じられる。
「ケイ、あなたは生体スーツのパイロットとしては実戦経験豊富な連邦軍兵士なのよ。アウェイオン戦の時、私はナナで出陣はしたけれど、二足走行兵器やドラゴンと戦っていない。だからあなたは生体スーツの戦闘経験では私よりも先輩なのよ。自信をもってね」
「は、はい!」
リンダさんって本当に優しい。それと、男のやる気を最大限に引き出す天賦の才がある。
天性のナース。そう呟きながら、潤んだ瞳で視線を宙に漂わせていたダンの顔をケイは思い出した。
(ダン、ごめん。また、リンダさんに、優しくされてしまった)
「そうだぞ、ケイ。メリル一等兵の言うとおりだ!自信を持て」
仁王立ちのビッグ・ベアがフェンリルの隣で大きく頷いている。
ケイはいつもの訓練風景を思い出していた。たった今、激しい戦闘が行われているこの青の戦域が、自分の目には別の世界に映っている。
「チームα前線部隊。攻撃準備に入れ!」
ぼんやりとしていたケイのイヤホンに、ブラウンの声が飛び込んできた。
「ロシア戦車を蹴散らしたガグル社スーツが、アメリカ軍も壊滅に追い込んでくれればしめたもんだと思ってたが、そう上手くはいかないようだな」
ビルの険しい声に、ケイははっとした。改めて前方戦域に目を凝らすと、ロシア戦車が撤退した後に新たな敵が多数出現していた。
アメリカ軍の機械兵器だ。アウェイオン戦で倒した二足走行兵器が、百機以上ヤガタ基地に向かって前進してくる。
フェンリルの人工脳がケイに新しい情報を送信してきた。目の前のパネル画面を開くと、軍事同盟軍の大型装甲車の手前に超大型の機械兵器の姿を発見した。その数、四体。
「あれは」
映像化されたデータを見る。軍事同盟軍陣地の中央にいる機械兵器には人体に近い胴体と両手両足が備わっている。
体高は九メートル。生体スーツとに引けを取らない超大型の機械兵器だ。
ビルとリンダも、各自スーツの人工脳から機械兵器の情報を受け取ったのだろう。手にしている機関銃の安全装置を外して前方に向けた。
パイロットの身体の動作は即座にスーツの人工筋肉繊維に反応する。ナナとビッグ・ベアが改めて戦闘態勢に入るのを見て、ケイの背筋がぴんと張った。
「随分と人の形に近い走行兵器ね」
リンダが声を顰めて言った。
「そんでもって、でかい。ケイ、アウェイオンの戦いの時にあいつらはいたか?」
ビルの鋭い問いに、ケイは緊張しながら答えた。
「いえ、ロウチ伍長。あの型は初めて目にしました」
「そうか」
ビルが唸り声を上げた。
「アメリカ軍め、次々と新型兵器を出して来やがる。生体スーツの性能が敵の機械兵器に劣るとは思わんが、ガグル社の傭兵隊さん達には慎重に行動してもらいたいもんだ」
チームαは戦闘準備に入ったものの、まだ攻撃の命令は出ていない。
前方でロシア軍戦車の生き残りを始末するのに忙しいオーリク隊の様子を、ケイは固唾を飲んで眺めた。