アメリカ海軍特殊部隊(デビル・ドッグ)
「ロシア戦車隊の奴ら、蜘蛛の子を散らしたように退却してきますよ。連邦軍の前線部隊は無傷のままで残ってます。砲弾一発撃ち込めなかったようですね」
「連隊長め。あれだけ大口を叩いていたのだから、少しはまともな戦い方をすると思っていたが。あの様子じゃ指揮系統を全て失ったな」
戦闘区域から二キロメートル後方、軍事同盟軍の陣地内から戦闘の様子を窺っていたマクドナルドは呆れたように吐き捨てた。
「大佐が煽るからですよ。奴さん、いい気になって敵の対機甲突撃破壊線に突っ込んで、一番先に餌食になっちまったんじゃないですか?まあ、ロシア軍戦車部隊が壊滅してしまうのは、こっちも想定済みですが」
マクドナルドの隣で腕を組んでいる男が含み笑いを浮かべた。
眼窩から突き出した半球の両眼が左右別々に動いて、戦場の様子を確認している。
濃いカフェオレ色の肌と武器の装備に多少の違いはあるものの、首から下が半機械化している大柄の身体は、マクドナルドとほぼ同じ様相のサイボーグだ。
「ジャクソン軍曹。新しい型の生命体起動スーツの性能を確認できたのだから、ロシア戦車隊の犠牲も無駄ではないよ」
マクドナルドは、逃げ惑うロシア戦車をせん滅しながら進んでくるガグル社製スーツの動きをセンサーアイで確認しながら話した。
「あと少しで軍事同盟軍の対機甲突撃破壊線が突破されます。肉食哺乳類型生命体起動スーツか。我々が戦う相手としては遜色はないようだ。出撃しますか?」
「いや、まだだ」
マクドナルドは顔を空に向けた。超極細の視覚センサーはマクドナルドの視神経として直接脳に繋がっている。失った眼球の代わりにはめ込まれた球体レンズと共に百マイクロメートルの視覚センサーの繊細な束を包み込んで保護してる。
人工眼球が見る空は、戦闘モードに入ったマクドナルドの視覚野に青という色だけでなく、その他広範囲の情報を秒刻みで送信してくる。
「生き残ったロシア戦車隊が主戦闘地域を離脱したら、二足走行兵器P-75とP-92を出撃させる。バートン博士が対生命体スーツ用に改良を加えた自立起動型ロボット兵器だ。我々は、敵の主力戦闘兵器、生命体スーツの対戦データを記録収集する業務も担っている。バートン博士から随分しつこくお願いされて断ることができなかった」
「またデータの収集ですかい。それって、前線に立つ兵士の仕事ですか?バートン博士は戦闘ロボット開発の総責任者でしょ。戦域に直接出向いて収集してくれると、俺達は戦闘に専念出来るんですけどねぇ」
「実際、その予定だったらしいが、奥さんが臨月でね。子供がいつ生まれるか分からないから、出産まで付き添っていたいんだそうだ」
「戦争中だっていうのに、随分と仲のよろしいことで」
ジャクソンは呆れたように肩を竦めた。
「アメリカの軍事衛星通信システムが維持されていたのなら、どんなデータもすぐさまモルドベアヌ基地へと直接送信出来るんですがね。電子通信網が極端に限られているこの世界は本当に不便だ」
「それは俺も痛感しているよ」
マクドナルドはジャクソンに顔を向けて大げさに口元を歪めて見せた。
顔の上半分は半球上に突き出た両眼の高性能センサーアイだ。
眼窩には、サイボーグの人工肺から供給される酸素で充電されるカーボンナノチューブと、グラフェン炭素の混合素材の電池が内蔵されている。
充電時の劣化を極力抑える為に目元の筋肉は根こそぎ取り払われて、弾丸も通らない複合金属で覆われている。
人間が顔の下半分で意思疎通を図るというのは随分と難しいことなのだと、この身体になって分かった。
目元の小さな薄い筋肉がどれほど重要なものだったのかを。
そして、失ってから思い知るのも。
「最終戦争の激しい電子戦で、全世界を網羅していたアメリカ軍の、いや、全世界のデジタル・ネットワークシステムが徹底的に破壊されてしまったからな。海軍の特殊工作部隊に配属されてから必死で頭に叩きこんできた専門知識が、殆んど無駄になったよ。まったく、とんでもない時代に目覚めさせられたもんだ」
「飛行機も大型船もない。自動車だってガソリン車のポンコツが、ごく僅かに走っているだけだ。スマートフォンもパソコンも、テレビすらなくなっちまったんですからね。なんてこった!俺はクラウド・オンラインゲームが唯一の趣味だったのに!」
両手を広げてジャクソンは天を仰いだ。
「この世界には、未だ戸惑うことが多いですよ。俺が生身の人間として生きていた時代から百五十年も経っているという話なのに、人類の文化度や生活環境は十九世紀後半にまで後戻りしている。それなのに、空母護衛の最中に頭上からミサイル攻撃を食らって、両手足と腹の中身が半分吹っ飛んだ俺の身体はサイボーグ兵器化されて生き返ったと来たもんだ!科学技術の進歩と後退がとんでもなく乖離してやがる」
「ジェイス、この矛盾に満ちた世界で、君が並外れた戦闘能力を持った兵士として復活したが故の苦悩を、ひしひしと感じるよ。実に文学的だ」
「はっはっはっ。文学的って、何の冗談ですか?本好きの大佐と違って、俺はマーベルが配信する動画付き電子コミックしか読んでこなかった人間ですよ」
ジャクソンは大口を開けて豪快に笑った。
「矛盾を感じているのは中佐も同じでしょう?もっとも、俺は苦悩なんかしてませんけどね。俺は根っからの軍人だ。生き返ったところで、戦うことにしか人生に意味を見出せません。多くのものを失ったこの時代にも、戦争が残っていることだけには感謝してますよ」
「そうだな。文学的などと言う軟弱な言葉は取り消そう。我々は…」
口を閉じれば誰にも表情を読み照れなくなるというのが、人ではない顔の唯一の利点だ。
「雑談はこのくらいにしておこう。戦域領内で最後に残った連邦軍主要基地ヤガタを陥落させ、基地内の情報を全て奪取せよというのが我ら|アメリカ副大統領からの勅命だ。抵抗してくる敵は全て破壊し抹殺せよ」
「了解しました。直ちにP-75及びP-92型走行兵器を出撃させます」
ジャクソンが、直立不動でマクドナルドに敬礼する。
「よし。だが、その前に」
マクドナルドが突然腕を振り上げた。空に向かってレーザー銃を発射する。白い閃光は一本の矢となって、空を飛んでいる一羽の鳥を貫いた。
鳥は羽根を散らして、ジャクソンの足元に落ちてきた。
「これは?」
「さっきから我々の上空をしつこく飛び回っていた連邦軍の|疑似生命体偵察機だ。さすがに目障りになってきたので始末した。」
マクドナルドは鳥の胴体に足を乗せてカメラレンズを粉々に砕いた。
「生命体起動スーツと一緒に、ガグル社が連邦軍に提供したものだろう」
「ガグル社は連邦軍に随分と肩入れしているようですな」
「我々アメリカ軍の新兵器に、奴らもさすがに本腰を入れざるを得なくなった証拠だ」
エンド・ウォーで退化してしまった欧州に君臨し、百年以上の長きに渡る安寧に浸って微睡み続けたガグル社の上層部は、ニドホグと機械兵器、それにマクドナルド達サイボーグ戦士の出現によって重たい瞼をようやく持ち上げたのだ。
裏切り者の手先となっている連邦軍を始末せよと、マクドナルドは副大統領直々の命令を受けていた。
まずは二足走行兵器で様子見だ。
(その後は)
マクドナルドは隣のジャクソン軍曹を、それから、自分の後ろに控えている三人のサイボーグに目をやった。
ディオゴ・ロドリゲス。
シュエン・リー。
イーサン・ミラー。
長き眠りから解き放たれたアメリカ海兵隊屈指の強者たち。
(さて、連邦軍の奴らを、どう料理してやろうか)
マクドナルドの土色の唇がゆるりと持ち上がった。