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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第四章 新戦争(ネクスト・ウォー)
114/303

ロシア戦車隊vsガグル社製スーツ

「何の音だ?」


  砂の大地を揺るがす突然の鳴動に、ロシア軍戦車隊の先頭部隊が速度を落とした。


「未確認車両発見。こちらに向かって来ます!」


「未確認車両だと?連邦軍の戦車か?」


 ロシア戦車部隊の総指揮を担う連隊長が、戦車の砲塔から顔を出して、双眼鏡を己の両眼に押し当てた。砂塵を巻き上げ疾駆する三体の機械兵器が大写しになって視界に飛び込んでくる。


「何だ、あれは!」


 敵の姿を確認した連隊長は狼狽えた。

 後方に控えているアメリカ軍の機械兵器とは全く形が違う。

 派手に砂を巻き上げながら一直線に突撃してくる連邦軍の兵器を初めて目の当たりにして、連隊長は恐怖に慄いた声を上げた。


「あれは戦車か?いや違う!四つ足で走っているぞ!まるで獣だ。まさか、あれは…あれが、連邦軍の新兵器、生体スーツとやらか?!くそっ!アメリカ軍の奴らめ。我がロシア戦車隊に先陣を切らせたのはこの為か!!」


連隊長は真っ青になった顔に憤りと恐怖の脂汗を浮かべて歯ぎしりをした。




 

 アメリカ軍の異形の将校、マイク・マクドナルド大佐がロシア戦車部隊の本陣に訪れたのは、停戦合意を破って進軍を開始する三十分前。

 アメリカ軍斥候部隊が偵察で入手した情報を戦車隊の総指揮を執る連隊長に伝えに来たのだった。


「アウェイオンで生き残った戦車と装甲車がわずかに二十数両。多く見積もっても、三十両を超えることはないそうです」


「ならば楽勝だ。連邦軍の生き残りなど、我がロシア戦車隊が残らず一掃してくれるわ。アメリカ軍が戦域の戦闘に出る幕はないかも知れんな」


 雄弁に語ってから、少し思案気に連隊長は首を傾げた。


「気になるのは連邦軍の新兵器だ。どれほどの火力を持つ兵器か分からないのが、唯一の不安材料だ」


「それはご心配には及びません」


 マクドナルドが連隊長に断言した。顔の下半分に残っている頬の筋肉がゆっくりと持ち上がった。


「アウェイオン戦の時、我々の機械兵器が奴らの新兵器に接触交戦しましたが、大した威力はなかった。それに敵は、己らの指揮官を守る為に新兵器を護衛として後方に配置していると、斥候から報告を受けております。自分の身を守るのに汲々とした司令官が指揮する軍隊など、我々の敵ではない。奴らを叩きのめしてヤガタに一番乗りを果たせば、連隊長殿、あなたはロシア軍主力部隊一の誉れ高き戦車隊長として、君恩に浴することになるでしょう」





「マクドナルド!あの狡猾な機械人形め!俺を(たばか)りやがったな!」


 自分に向かって甘言を並べていたマクドナルドの不気味な顔を思い浮かべて、連隊長は戦車の装甲を拳でばんばん叩いて悔しがった。


「奴は最初から我々を囮に使う気だったのだ!!」


「連隊長殿!敵の大型兵器が交戦距離に入りました!撃ちますか?!」


 T-103戦車砲手が緊迫した声で叫んだ。


「撃て!早く撃て!」


 連隊長の声が裏返った。


「あの怪物に砲弾を叩き込め!」


 突進してくる三体の中央のスーツに照準を当てた砲手が射撃スイッチの上に親指を乗せた。

 砲弾はマッハ5キロの速度で目標に向かって飛んでいく。瞬き一つの時間で敵に着弾するのだ。


「化け物め!必中させてやる!」


 砲手がスイッチを押した。戦車の主砲が火を噴く瞬間、スーツの巨体が地面から跳ねた。


「な、んだ、と?!」


 砲弾は生体スーツの腹の下を閃光となって一直線に飛んで行った。


「馬鹿な!!戦車の砲弾をかわしただと!?」


 砲手は次の弾を発射した。 生体スーツは目にも止まらぬ速さで斜めに飛び、砲弾を避けた。

 照準を合わせても砲弾を目標物に撃ち込めない。信じられない光景に半ば呆然としながらも、砲手は必死で攻撃を繰り返した。


「うわああああっ!!」


 数秒後、戦車の目の前に飛び込んできたスーツに、砲弾を撃ち尽くした砲手が、絶望の叫びを上げた。

 直後、生体スーツが戦車の砲塔に前足を乗せて全体重で地面に押し付けた。戦車の上部が恐ろしい音を立ててへこんでいく。


 生体スーツの前足を退けようと、キャタピラが金切り声を上げて逆回転を始めた。

 銀色の巨大な顔が操縦席に向いた。

 スーツが背中からマシンガンを取り出して操縦席に向かって弾丸を撃ち込んだ。

 対戦車砲と同じ太さのマシンガンの銃身が火を噴く。分厚い装甲版にいとも簡単に穴が開き、戦車は起動を止めた。

 静かになった戦車の砲塔部分に生体スーツが両手を掛けると、胴体から引き剥がし始めた。

 恐ろしい破壊音がして、戦車の砲塔は生体スーツの頭の上まで持ち上げられた。スーツはそのまま砲塔を失った戦車の上に乗ると踊るように飛び跳ねた。

 巨大な足に踏み付けられて、戦車は見るも無残にぺしゃんこになっていく。


「ヒャッホー!」


 ルシルが雄叫びを上げる。砲塔から長い砲身をむしり取ると、槍のように振り回してから近くの戦車に向かって思い切り投げつけた。

 味方の砲身に装甲版を貫かれた戦車は、大きな爆発音と共に激しく炎を噴き上げた。


「た、退避しろ、全車両、退避―――!」


 押し潰されたケーキの如く平たくなった連隊長の戦車に肝を潰して、副隊長が声を張り上げた。操縦士が慌てて戦車を旋回させる。

 連邦軍の戦域を堂々と侵攻してきたロシア戦車隊の美しい隊列は見る影もなく崩れた。

 四方八方に散開して逃げ出す戦車を眺め回してから、ガグル社のサル型生体スーツG―1は、後ろの二本足で立ち上がった。

 背中に装備されている多連装銃を引き抜いて、逃げ惑う戦車に向けて構える。

 銃といっても、その砲身の長さは戦車の主砲と変わらない。十二メートルの高さから砲塔の真ん中に銃弾を撃ち込まれ、一両また一両と、ロシアの戦車が撃破されていった。


「さっすが、オーリク曹長!動きに全く無駄がない」


 ルシルは潰した戦車から降りると逃げ惑う戦車二両を後ろから捕まえた。

 大きな手で砲身を握りつぶして攻撃出来ないようにしてから、右と左に揃えた戦車の上に足を乗せた。哀れな戦車はスーツを振り落とそうと二両並んで必死でジグザグ走行を繰り返している。


「ルシル・ベルナルド、遊んでいないで、敵の戦車を殲滅させろ」


「了解です、曹長。さあ、G-2!お前の威力を見せてやれ」


 ルシルは自分の纏った生体スーツ、ガグル社製生体スーツ二号機(Gー2)の手にしている機関銃をスーツの足下の戦車に向けて連射した。

 戦車が爆発する前に後ろ足に、力を入れ宙に高く弧を描くと、一回転して地面に降り立つ。

 オーリクの乗るスーツ一号機(Gー1)の左側では、女兵士ロラ・シャレの乗るスーツ三号機(Gー3)が、手に持った機関銃で戦車の操縦席と砲手席を丁寧に撃ち抜いている。

 破壊されて動かなくなった戦車や装甲車から逃げようと這い出してきた兵士に、ロラは躊躇なく銃口を向けた。

 スーツの大型銃弾の直撃を受けた敵兵の身体は跡形もなく消し飛んだ。

 先陣を切った三十両の戦車が瞬く間に殲滅されたのを見て、ロシア第二戦車隊が一斉に後退し始めた。


「勇猛果敢なロシア戦車隊も、生体スーツの攻撃力を目の当たりにして、一瞬で戦意喪失してしまったようだな」


 ブラウンが感嘆した。


「さすがはハンヌ殿が誇る生体スーツだ」


 だが、非常に冷酷だ。無抵抗な生身の兵士を次々と虐殺していくスーツの姿に、ブラウンは憂うように眉を顰めた。


「これがガグル社のやり方か」


「報告します。連邦軍戦域領、第一戦闘区域に侵攻してきたロシア戦車隊は掃討完了。ブラウン司令官殿、後続の戦車隊を追撃しますか?」


 オーリクがブラウンに指示を仰ぐ。 


「そうしてくれると有り難いな、オーリク曹長」


「やれやれ。人使いが荒いな、ヤガタの司令官さんとやらは」


「口が過ぎるぞG-2」


 オーリクがベルナルドをたしなめた。


「ルシル、お前とG-3で先頭に出て敵の後方部隊を撃滅させろ」


「了解です」


 声を揃えてG-2とG-3が四足走行で飛び出した。

 時速百キロのスピードは戦車の速度を優に超える。敗走する戦車隊に瞬く間に追い付くと戦車隊の真ん中に陣取った。

 慌てて停止する戦車に他の戦車が接触し、そこにまた別の戦車が追突する。

 恐怖のあまりか、G-2に向かって煙幕弾を発射した戦車がいた。白い煙が周辺を覆い、あたりは何も見えなくなる。


「馬鹿め。それで隠れたつもりか!」


 ルシルとロラはスーツのカメラを熱感知レーダーに切り替えると、己の操縦する生体スーツを直立させた。

 ルシルはG-2の背中に装着してある巨大なガトリング銃を引き抜いて、逃走路を確保しようと右往左往している戦車に引き金を引いた。

 自ら視界を塞いだ挙句に同士討ちの危険を危惧する羽目になったロシア戦車隊は、成す術もなくG-1、G-3の大型連装銃で次々と破壊されていく。

 スーツ専用の巨大な銃は口径が九十ミリもあり、ロケットランチャーの威力と変わりない。至近距離から大型砲弾を浴びた戦車は、分厚い装甲版を紙のように撃ち抜かれ、火を噴いて爆発した。

 戦闘能力の違いを見せつけられた後方部隊の戦車と歩兵戦闘車、装甲車が隊列を崩して、我先にと逃走を始めた。



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