攻撃準備
「大量のキャタピラ音を捕らえました。ヤガタに向かって前進しています」
ビルからの通信を受けたブラウンは双眼鏡で戦域前方を確認した。
遠くに揺らめく大気の中に黒い影が大挙して動いている。
「まずは戦車で攻撃を仕掛けてくるつもりだな」
小さく呟きながら双眼鏡を下ろすブラウンの隣で、前方を監視している下士官が緊迫した声を張り上げた。
「戦車、目視で確認できる距離まで接近中。型からするとロシア軍戦車です」
「先陣はロシア軍か。功を立てようと一挙に隊を前進させているぞ。まるでアウェイオン戦での我が軍を見ているようだ」
苦笑いが浮かんでしまう口元を引き締めてから、ブラウンは最前線にいる生体スーツ部隊に無線のスイッチを入れて声を張った。
「敵の戦力規模を確認せよ!」
「敵戦力規模確認」
スピーカーを通して、冷静な錆声が返ってくる。ガグル社製スーツを操縦するブラン・オーリクのものだった。
「先頭はT―103ロシア戦車部隊三十両です。横隊及び斜横隊で来ます。出ますか?」
「いや、まだだ」
ブラウンは声を落として言った。
「交戦規定に変更はない。第一防御区域に敵が侵攻して来るまでまで待て」
「あと百秒もここに突っ立っていなきゃいけないんですかい?」
ブラウンとオーリクの通信にベルナルドが割り込んで来た。
「ロシアの旧式戦車なんかさっさと片付けちまいましょうよ」
「君達のスーツがどれだけの威力を発揮できるかは十分に承知している。だからこそ、戦後交渉を我々が有利に運ぶ為に、軍事同盟軍が先に我が連邦軍の防衛地に侵攻し、停戦合意を破るのを待っている」
「ヤガタの司令官さんってのは、随分と几帳面なんだな。ガグル社私設兵の俺達が切込み部隊を務めるんだ。ちょっとくらい計画を前倒ししたっていいんじゃないんですか?」
「ルシル、言葉を慎め。我々の今のボスはブラウン中佐だ」
「はい、はい。仰せに従いますよ」渋々と言った声音でベルナルドの通信は切れた。
「第一防御区域に敵侵入まであと二百メートルです」
オーリクがカウントを再開した。ブラウンが命令を出す。
「攻撃準備]
「了解。攻撃準備。敵侵攻まであと五十メートル」
オーリクが冷静な声で敵の動きを告げる。味方の陣地がしんと静まり返った。
連邦軍の兵士、傭兵の全てが気を張り詰める。勢いよく砂煙を上げながら突進してくるロシア戦車が共和国軍の第一防衛線を越えるのを、固唾を飲んで待ち構えた。
「連邦軍第一防御区域に敵侵攻確認」
「よし。オーリク部隊攻撃開始」
戦域に、ブラウンの火を噴く如き呼号が響いた。
「オーリク部隊、攻撃を開始します」
全長十二メートルの生体スーツが、赤い大地に轟音を響かせて突進を始めた。