ヤガタの守護神
第四章あらすじ
遂に戦域での戦闘が再開された。死に体の連邦軍を今度こそ撃滅させるべく、アメリカ軍は数々の新型兵器を投入してヤガタの絶対防衛圏へと進撃する。
ガグル社の生体スーツ三体の応援を得た連邦軍は、生き残りを掛けた戦いに挑む。
サイボーグ化されたアメリカ海軍特殊部隊が接続した巨大機械兵器とチームαの生体スーツが、戦域の砂漠地帯で激突し、激しい戦闘を繰り広げる。
一方、アメリカ基地に到着したダガー達は、基地内部の侵入に成功する。
危機を募らせたバートンが、生体スーツの侵攻を阻止しようと自ら機械兵器に搭乗して戦いに出る。
ユーリーは己の開発した生体兵器でスーツを撃破しようとする。
目の前には砂原が所々に混じる赤茶色の大地が広がっていた。
今度の戦場にはアウェイオン戦の時のような岩場はない。平地となだらかな丘陵が広がる土地だ。戦車も生身の歩兵達も、どこまでも続く青い空の下に無防備に投げ出されている。
ドラゴンの攻撃から難を逃れた僅かな兵士とヤガタ基地駐屯兵、ヘーゲルシュタイン少将の命によって他の基地から招集された連邦軍プロシア国兵士に、フォーローン・ベルトからかき集めた傭兵達。
この兵力で、やっと三つの大隊を構成している。
戦車は言うに及ばず、歩兵戦闘車、装甲車、機関銃を据え付けた軍用トラックは数えるほどしかない。
どれだけの戦力をアウェイオンで失ったか、嫌でも思い知らされる。
それでも。満身創痍の軍隊の兵士が戦域から逃げ出さずにいるのは、ひとえに強大な戦力となる生体スーツがあるからだ。
切込み部隊として最前線を陣取るのは、三体のガグル社製サル型生体スーツだ。
銀一色に覆われた十二メートルの巨体は照り付ける太陽の光を白く反射させて、敵の陣地を向いている。
その姿はまるで古代の神殿から抜け出してきたように美しく、ユラ・ハンヌが守護神と呼んだのも頷ける。彼らの雄々しさを一目すれば、自ずと闘志が湧いてくる。
ガグル社スーツの五メートル後方には戦車が十両並列し、戦車から少し間隔を開けて多連装機関銃を備え付けた装甲車が八両と歩兵戦闘車が二両並んでいる。
数の少ない機甲部隊が背にしているのはビル、リンダ、ケイの生体スーツ。ヤガタ基地防衛を担う主力部隊だ。
ダンとエマは、実戦指揮を執るブラウン中佐と補佐役の将校が乗った大型装甲車を堅守する。
後方部隊の主戦力として残りの装甲車、歩兵戦闘車、重装備に身を固めた歩兵と共に、ケイ達から約百メートル後方に待機していた。
最後尾にはドラゴンを狙う大型の対空高射砲が三基配備されている。
ケイは、フェンリルの少し前方にいるプロシア正規兵になったばかりの傭兵部隊に目をやった。
連邦軍から放出されたらしい中古品の軍用トラックが、横一直線にずらりと並んでいる。
それと戦域内で軍事同盟軍から鹵獲した装甲車。
部隊章が白いペンキで荒っぽく塗り潰され、その上に傭兵団のシンボルマークがでかでかと描かれていた。
どうやって入手したのかは知らないが、対戦車砲と重火器の装備は最新鋭のものを揃えている。これなら連邦軍の正規軍と引けを取らない戦力になる。
(さあ、来い)
ケイは遥か前方に目を凝らした。
フェンリルのレーダーはまだ敵の姿を捕らえていない。緊張を解そうと、ケイはフェンリルの頭を動かした。
フェンリルの右に並んで立っているのは、リンダの生体スーツ、ナナだ。すぐにでも戦闘に入れるようにとマシンガンを構えてた姿が何とも頼もしい。
(さすがリンダさん)
感心するように頷いてから、ケイは左にいるビルの生体スーツに目をやった。
「え―――!」
驚いたことに、ビルはビッグ・ベアの腰を地面に下ろして操縦席を開け放ち、スーツを取り巻いている傭兵達と和気あいあいと話をしていた。
嬉しそうにビルに手を振る傭兵がいるかと思えば、スーツの中でも一際巨大なビッグ・ベアを物珍しそうにを触りまくっているのもいる。生体スーツによじ登って操縦席を眺め回す少年兵までいた。
「リンダさんっ」
ケイはリンダを甲高い声で呼んで、ビッグ・ベアを指差した。
「いいんですか?あれ」
「いいんじゃない」
ナナは構えていた機関銃を肩に預けてからケイに言った。
「まだ敵は姿を現していないんだし」
「でも、こんなに緊張感がなくっていいんですか?ここ、戦域の最前線ですよ!」
「大丈夫。大丈夫」
ナナが首を少しばかり斜めに傾けて、開いている方の手を腰に当てた。
本人は気付いているかどうか分からないが、リンダが男を黙らせるときの悩殺ポーズである。
「彼らは伍長の昔の傭兵仲間よ。あの傭兵さん達、ベテラン中のベテランだから、すぐに臨戦態勢に入れるの。それにあれは彼らにとって戦意高揚になっているわ。気にしないでね」
ナナは少し両肩を上げると腰を微かにくねらせた。それを見たケイは黙って口を閉じた。フェンリルの頭を最初と同じ前方に向ける。
「…もう何も言わない」
だって、生体スーツが色っぽく見える方が、伍長より問題だ。
「いよーう!おっさん。久しぶりだなあ。まだ引退していなかったとは、驚きだぜ」
傭兵団の中から懐かしい顔を見つけて、ビルは思わず大声で声を掛けた。
「ああ、まだ現役だ。バリバリやってるぜぃ!」
ビルに声を掛けられた中年の傭兵は煙草のヤニで汚れた歯を剥き出して、ビッグ・ベアの操縦席から身を乗り出しているビルを嬉しそうに仰ぎ見た。
銃弾をまともに浴びたのだろう、右耳が欠け、頬に抉られたような大傷がある。豪胆に笑う日焼けした顔の至る所に深い皺が現れ、短く刈り込んだ頭髪は殆んどが白髪だった。
どう見繕っても六十を過ぎている男の顔だ。
だが、腕も足も太く引き締まり、首から胸元、腹とどこを見渡しても筋肉が隆と盛り上がっている。弛んだところは見当たらない。笑うと口元から半分欠けた前歯が覗くのが、この強面の唯一の愛嬌だ。
若い時分、ふざけて尻を撫でた若い女に思い切りぶん殴られて折れたというのは、フォーローン・ベルトで傭兵を生業にしているなら知らぬ者はいない。
その娘は殴った男に猛烈に口説き落とされ女房に収まって、もう三十年は経つ。
「ビル、元気そうで何よりだ。お前の親父さんに会う度に聞かされていたんだが、本当に連邦軍の新兵器を操縦しているんだな。偉く出世したもんだ。大したもんだ」
蛮声を響かせて、ハイネ傭兵団長は嬉しそうに目を細めた。
「ロウチ傭兵団の誉れだというのも分かる。親父さんも鼻が高いな」
「わりぃな、ハイネさん」
ビルは困った顔をして頭を掻いた。
「随分と親父の自慢話に付き合わされてるみたいだな。五年前の戦闘で怪我を負ってから心身共に随分と弱っちまったから」
「地雷で両足を吹き飛ばされたら、誰だってそうなるさ」
ハイネは神妙な顔をして肩を竦めた。
「早く嫁取って、ガキこさえて親父さんを安心させてやれ。何なら俺んとこの娘一人くれてやってもいいぞ。何せ女ばかり五人もいるんだからな。エリーナ、サレ、ラシェのどれが好みだ?お前の嫁になるんだったら、双子のカレラやマルルだって嫌とは言わんだろうさ」
「俺にはもったいない美人ばかりだ。…それに、カレラとマルルはまだ十二歳だったよね?」
ビルは引き攣った笑いを浮かべた。
「誉って言やぁ、ハイネ傭兵団の事だろ。共和国連邦プロシア軍の一等軍曹にまで出世した兵士を輩出しているんだからさ。フォーローン始まって以来の快挙じゃないか」
「ああ、確かにな。ヴァリルの奴のお陰で、俺の傭兵団に入りたがる奴が多くなってな。お陰で随分と実入りも良くなって、今じゃ、“うち捨てられた地帯”で一番大きな傭兵団さ」
ハイネはご無精髭の生えた顎を撫でながらにやりと笑い、それから思い出したようにきょろきょろと辺りを見渡した。
「そりゃあそうとして、ヴァリルはどうした。あいつも新兵器のパイロットになってんだろ?この隊列にはいないようだが」
「そうだ。ヴァリルさんは、あ、いや、軍曹はここにはいない」
ビルはハイネから目を離し、遠くに視線を投げた。眉を寄せて険しい表情を作った。
「そうなのか。あいつは自分の隊を持つ一等軍曹なのに、どうして自分の部隊にいないんだ?何か特別な任務にでもついているのか?」
ビルはハイネの鋭い質問にぎくりと身を竦めた。
さすがに長年傭兵団長をやっているだけの事はある。重ねた歳だけ勘が研ぎ澄まされている。
「軍曹は司令官の命令で別の隊を率いることになったんだ。だからダガー隊は、今は俺に任されている。そう言えば、レント…ハイネ傭兵副団長の姿が見えないようだが」
ビルは慌てて話を逸らした。レントと聞いて、途端にハイネは悲し気な顔をしてしょんぼりと肩を落とした。
「あいつは、アウェイオンの戦いで、青の戦域の美空に召されちまったよ。金持ち貴族将校の護衛に雇われて最前線に配備されたんだが、軍事同盟の飛行兵器とやらの直撃を食らって、身体が木っ端微塵になっちまったらしい。指の欠片すら帰ってこねえって、大姉さんが毎日泣き暮らしているんだよ」
「そうか。そりゃあ、気の毒な事をしたな」
複雑な思いでビルはハイネに悔みを述べた。
傭兵時代、歳の差も親子ほどあり、ビルはレントと殆んど顔を合わせたことはなかった。それでもハイネ傭兵団長の甥っ子は、それは残忍な性格の持ち主だと耳にしていた。
しかも、怒りっぽく粘着質で意地が悪い。要するにどこにも長所がない。
ダガーが少年時代、ハイネ傭兵団の隷属兵としてレントの下働きをしていたと聞いた時には、さすがのビルも絶句した。
よくまあ、生き残れたものだと。
否。だからこそ、ダガーは超人的な強さを身に着けるに至ったのだろう。
「俺とレントは従弟同士でな。歳が一番近かったんで、本当の兄弟のように育ったんだ。だからこの戦はあいつの弔い合戦でもある」
他人には忌み嫌われる奴でも、身内にしたら話は別だ。兄弟のように育ったのなら尚更だ。レントはハイネを兄のように慕い、ハイネも本当の弟のようにレントを可愛がっていたのだろう。
「存分に敵討ちをしてくれよ、ハイネ団長さん」
「おうよ。見てろ。軍事同盟軍を蹴散らして、奴らに奪われた戦域領土を取り戻してやるぜ」
ハイネは豪快に笑った。
「こちらに向かって移動中の多数の走行車両あり。軍事同盟軍の装甲部隊だと思われます」
ケイはフェンリルのレーダーを見ながら叫んだ。
青白く光る点が徐々に近づいてくる。
大量のロシア戦車が放つキャタピラの軋みに混じって聞こえてくる独特の機械音。
フェンリルの人工耳殻を通して聞こえてくる金属音には聞き覚えがあった。
間違いない。アメリカ軍の機械兵器だ。
「来たな」
ビルはビッグ・ベアの操縦室に座り直し、ハッチを占めた。傭兵達は別人のように厳しい顔付きになって自分の持ち場に戻ると、各自銃身の先を敵地に向けて構える。
「全員、戦闘態勢を取れ!」
ビルの大声が響き渡った。