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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第三章 時代は踊る
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見知らぬ顔


 フェンリルの前に見知らぬ人間が立っている。

 自分の操縦する生体スーツに駆け寄る足の速度を徐々に落として、ケイは様子を伺った。

 兵士ではない。

 ミニシャの白衣とは違っているが、長めのローブを羽織っているところを見ると、やはり研究者なのかも知れない。

 背が低く、とても華奢だ。その人物はポケットから片手を出すと、質感を確かめるようにゆっくりとフェンリルを撫でた。


「触るな」


 威嚇の声を放った。自分でも驚くような険しい声に、その人物はフェンリルを触っていた手をさっと引っ込めた。

 ゆっくりと首を回してケイの顔にしっかりと焦点を当て、おもむろに口を開いた。


「お前が、この生体スーツのパイロットか」


 凛とした声が響いた。声は高めだが、女性のものではない。


「そうです」


 ケイは深く頷いた。


「あなたは、ヤガタ基地に新しく配属された研究者の方ですか?」


「ブラウン中佐から何も聞いていないのか。図体ばかりでかくて役立たずの男だ」


 整った顔が歪んで忌々し気に舌打ちした。ヤガタ司令官を悪し様に言う目の前の人物を、ケイは思いっきり睨み付けた。


「あんた、誰だ?」


「私はユラ・ハンヌ。ガグル社の上席研究員だ」

 

 侮蔑した表情をケイに向けて、男が名乗った。

 


「ガグル社の研究員!」


 ケイは驚愕して目を大きく見開いた。


「どうして、ここに?」 


「恩情で満身創痍のお前達を助けに来てやったんだ。ほぼ無傷の軍事同盟軍と戦闘に突入すれば、青の戦域内での連邦軍の全滅は目に見えているからな」


ハンヌは、ふんと鼻を鳴らしてからフェンリルを見上げた。


「我々の技術提供を基にヤガタで最初に開発されたのが、この生体スーツだ。全滅した野生の狼の脳神経を使って人工脳を作ったのはいいが、誰も乗りこなせないとボリスから聞いていた。連邦軍屈指の優秀な兵士でさえ、手に負えなかったと。それが、お前のような痩せっぽちの新兵のガキがパイロットになるとはな」


「体格も戦闘経験も関係ないとボリス大尉は仰っていました」


初対面の人間に横柄な態度で暴言を吐くハンヌに眉を顰めながら、ケイは努めて平静な声で喋った。


「フェンリルと同期(シンクロ)する数値が重要なんだって」


「この生体スーツ、フェンリルに関してはそういうことになる。何故だか分からないが、こいつはお前しか受け入れようとしないのだからな。ボリスからお前の遺伝子データを提供させて分析してみたが、特別優秀な数値だとは思えなかった」


(誰に言われなくたって、自分がごく普通の人間だとは痛いくらいに認識しているよ)

 

 ケイは眉間に皺を寄せた。


(だけど、こうもはっきり言われると、やっぱり腹が立つ)


「あんた、そんなつまらないお喋りをしに、ここに来たのか?ガグル社の研究員ってのは、よっぽど暇なんだな」


 ケイからぞんざいな言葉を投げつけられて、ハンヌはぽかんと口を開けた。

 今迄誰からもそんな口の利き方をされたことがなかったのだろう、ひどく驚いた表情がやけに幼く弱々しい。

 そう思ったのも束の間、ハンヌは両眼を吊り上げ顎を上げて、ケイを睨み付けてから唇の両端を引き上げた


「生意気な小僧だ。だが、そんなところが、この野生狼が気に召した要因なのかも知れんが」


「ハンヌ様」


 野太い声がケイの背後から聞こえた。

 ロウチ伍長のものではない。後ろを振り向くと見知らぬ人間が三人立っていた。真ん中と右に屈強な大男。左に女がいるが、これも大柄だ。


「我々のスーツの準備は整っております。いつでも発進できます」


「了承した。だが、この戦いの指揮権はヤガタ基地司令官ブラウン中佐にある。彼の命令に従うように」


「…了解しました(シュア)」


 いかにも不本意な表情で中央の人物がハンヌに頷いた。


「スーツ?」


「そうだ。ガグル社から最新型の生体スーツを三体連れて来た。彼らはそのパイロットだ」


 ケイは目の前に立っている三人の青年に目を瞠った。

 三人の筋骨隆々とした大柄な身体を覆う強化外骨格(エクソスケルトンン)パッドは、自分が装着しているものと比べて性能が優れていることが一目で分かる。

 三人はあからさまに怪訝な表情して、ケイをじろじろと見つめた。

 人一倍威圧感を放つ真ん中の男がハンヌの顔を見て、静かに口を開いた。


「もしかして、彼は、生体スーツのパイロットですか」


「そうだ。オーリク曹長。彼はここにあるスーツ、フェンリルに搭乗するパイロットだ」



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