司令官代理
「戦域前方十キロメートル、二時の方向に敵の動きあり」
ヤガタ基地指令室のモニターパネルには、軍事同盟軍の機甲師団の姿が上空から映し出されていた。
ドラゴンの攻撃で廃墟と化したカトボラ基地に陣取った軍事同盟軍の戦車がずらりと並列している。車両が動いて徐々に戦闘態勢になっていくのが見て取れる。
先頭は頑丈なT-103ロシア戦車。
その後列には歩兵戦闘車が配置され、側列を装甲戦闘車が固めている。
敵の戦車はアウェイオン戦でほぼ無傷で残っている。その数、百両を優に超える。
「いよいよ戦闘再開だな」
戦域近くに生息する猛禽類に似せたガグル社製の生体ドローンが、数秒刻みでヤガタに映像を送信してくる。軍事同盟軍には上空に弧を描いて飛んでいる鳶が、視察カメラ付きの機械だとは全く気付いていない。
お陰で敵の陣形が手に取るように分かる。四連装機関銃を装備した大型の装甲車に乗ったアメリカ軍兵士達の笑い顔まで映し出されるのを、ブラウンは厳しい表情で見つめた。
「遅くなってごめん」
指令室に走り込んで来たミニシャがパネルを見上げて歓声を上げた。
「ひゃあ、凄い数の戦車だね。上空から敵を見るのって初めてだ。壮観だなあ」
「呑気なこと言っている場合じゃないぞ、ミニシャ。こちらも戦闘態勢に入る。我が軍の残存する戦車は十両。歩兵戦闘車はたったの四両だ。それから装甲戦闘車が十台で合計二十四両。敵の四分の一以下だ。ジープとトラックはどうだ?」
「かき集めるだけかき集めて、五十台にはなったよ」
ミニシャは困ったように頭を掻いた。
「走るのがやっとのおんぼろ車も含めてだけどね。だから、機関銃や小型迫撃砲を据え付けて戦闘車に出来るのは半分くらいかな」
「よくそれだけ集められたな。この際だ。おんぼろ車も利用するとしよう」
ブラウンは少し微笑んでから再び厳しい表情に戻った。
「私は今から戦域に出て直接指揮を取る。ヤガタの絶対防衛圏を死守するつもりだよ。ミニシャ、私に代わって君にヤガタ防衛を一任する」
突然すぎるブラウンの言葉にミニシャが目を剥いた。
「ええっ!ちょっと、ブラウン、私にはそんな大役、無理だって!第一、大尉なんて身分で、基地の兵士をどうやって動かすっていうんだよ。それに私がただの研究者だってのは、あなたが一番知ってるでしょ?無謀過ぎるよっ」
金切り声を上げて左右に激しくに首を振るミニシャの肩を、ブラウンは両手でしっかりと掴んだ。指先に強い力を込める。動揺して視線が定まらないミニシャにブラウンは自分の顔を近づけて、己の目を、大きく見開いたまま震える瞳にしっかりと据えた。
「この基地の設備を網羅している人間が二人いる。それが私と君だ。だから、ヤガタを任せられる人間は、君の他に誰もいない」
「そ、そうかも知れないけど、ヤガタには、あんたの他に全軍を指揮できる能力のある将校は誰もいないんだ。ブラウン!あんたに何かあったら、今度こそ、連邦軍は崩壊する。何もかも終わってしまうよ!」
「ミニシャ、そうじゃない。私が直接戦域に赴いて指揮を執らねば、この軍は動かない。動けない。ヤガタ司令官と生体スーツが前線に出て、疲弊した軍隊を奮い立たせるしかないんだ」
(確かにそうだ。だって、自分達の軍隊はアウェイオンで大敗戦してでぼろぼろじゃないか。それに、あの恐ろしいドラゴンが再び空から襲ってきたら…)
ミニシャは身震いした。分かっている。ブラウンは間違っていない。
だけど、自分なんかに、この基地の全権を委任してしまっていいのか。
強く唇を噛み締めてミニシャは頷いた。
(ええい!悩んでいるヒマはないんだ!)
意を決したように顔を上げ、背筋を伸ばすと、ブラウンに向かって敬礼する。その表情は苦渋に満ちていた。
「了解しました。司令官殿!このボリス大尉、司令官に代わってヤガタ基地を守り抜いて見せます」
「頼んだぞ、大尉。君なら出来る。それと…」
ブラウンは司令室をきょろきょろと見渡した。
「ハンヌ上席研究員殿の姿が見えないが。どこにいったのかな?」
「彼は、地下格納庫でガグル社スーツがいつでも出撃できるように待機しています」
ブラウンの顔から僅かに目を逸らしながら、ミニシャは答えた。
「そうか。準備万端という事だな」
「はい」
だがそれは、ミニシャにとっては全く違う意味で。
ブラウンの顔は勿論のこと、戦闘準備で忙しなく動いている他の士官の姿、指令室の装備すら直視することが出来ずに、ミニシャは白い天井を苦し気に睨み付けた。