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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第三章 時代は踊る
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リンダさん

 後ろから突然背中をどんと突かれてケイの身体がふらついた。

 振り返ると、案の定、ダンが嫌な笑顔を浮かべて立っていた。

 ダンは右腕をケイの首に引っ掛けて、乱暴にケイの身体を自分に引き寄せた。


「おい、ケイ。目の下に隈が出来ているぞ。俺と別室になって寂しくて眠れなかったのか?」


「大丈夫、寂しくはなかったよ。ただちょっと考え事していて、寝るのが遅くなった」


「へえ、そうか」


 面白くなさそうにへの字に曲がったダンの口を、これが元凶とばかりに、ケイは恨めしそうに睨み付けた。

 その口の端が薄く紫色になっている。目の下の頬骨、顎の下も内出血して、小さな青あざになっていた。

 いつも真剣勝負、手加減なしで向かってくるエマの蹴りをかわし切れなかったのだ。

 いくら勘違い野郎でも、ダンはダガー隊、チームαの一員だ。少しは同情の念が湧かないでもない。


「何だよ、その顔。まさか、これからの戦闘に緊張して眠れなかったなんて言うんじゃないだろうな」


「それはないから安心して。早朝に叩き起こされれば、誰だってこんな顔だろ?」


 全く、人の気も知らないで。ケイは小さく溜息をついた。


「ふん。そりゃまあ、そうだな」


ダンはケイの首を腕に挟んだまま、深刻な表情で言った。


「ダガー軍曹、ハナさんとジャックの三人が特殊任務でいないんだ。チームαが五人になっちまうなんて、正直心細いよ。それも軍曹の代理が、あのロウチ伍長だもんな。もう不安で不安で」


「軍曹の代理が俺じゃ不満か?」


 ケイとダンの頭の上で雷鳴のような大声が響いた。真っ青になって振り向いた二人の背後に、いつの間にかビルが仁王立ちしていた。


「不満だなんて、とんでもございません―――!」


 ダンが腕からケイを振り解いてビルに直立不動で敬礼した。


「コストナー新兵が次の戦闘にとても不安を抱いているようなので、自分が励ましていたところであります!」 


(はあっ?)

 

 何でそうなる。

 ケイはあんぐりと口を開けてダンを見た。

 ビルがケイの前に立った。ケイも慌ててダンの隣で直立してから敬礼した。怖いくらいに体格差があるビルが逞しい腕を振り上げた。


「!」


 ケイは首を竦めた。兵科では少しでもミスをすると、教育兵の鉄拳が容赦なく飛んで来た。訓練時のとんでもなく厳しいビルを思い出して、ケイは緊張で全身を硬直させて歯を食い縛った。

殴られると思ったのは杞憂で、ビルはケイの頭の上に大きな掌を乗せただけだった。


「チームαにとって、ダガー軍曹のいない戦闘はこれが初めてだ。俺達はいつも軍曹の指揮下で戦ってきたからな。実を言うと俺も不安だ。新兵のお前は尚更だろう。だがな」


 ケイの髪をくしゃくしゃとかき回しながらビルは話を続けた。


「残ったチームでヤガタを守ることが出来ると知っているからこそ、ダガー軍曹は特殊任務に就いたんだ。俺達は百戦錬磨の軍曹に信頼されている。だから、ケイ、戦闘が始まったら、信じて戦うだけだ。自分とフェンリル、それから俺達チームαをな」


「は、はい」


 ビルの大きな掌を頭に乗せたまま、ケイは背筋をこれ以上伸ばせないというほど伸ばして再び敬礼した。


「あら?ビル、今日は随分と気の利いた事言っているじゃない。ちょっとカッコイイかも」


 ビルの大きな背中からひょいと首を出したリンダが、にこにこしながら直立不動している二人の少年兵を眺めた。


「あなたも軍曹の下に付いてから長いものね。やっと独り立ちするチャンスが来たわね」


「あれぇ?やだなあ、メリル一等兵。いつから聞いてたの?」


  ビルの厳つい顔が瞬時に崩れた。大熊の咆哮が生まれたての子熊の鳴き声に変わるのを目の当たりにして、ケイとダンは敬礼したまま目を剥いた。


(リンダさんって、ホントすげぇ…)


“魔性”の二文字が、年頃の少年達の目の前をゆっくりと横切っていく。 照れて間延びした顔のビルには目もくれず、リンダはケイとダンの前に立った。


「はい、敬礼は終わり。すぐにスーツに搭乗できるように地下格納庫(ゼロ・ドック)で待機しましょうね」


 リンダはケイの肩をぽんと軽く叩いてから、二人の前を速足で通り過ぎた。


「メリル一等兵の言う通りだ。お前達も早く来い」


 ビルが殊勝な顔付きで頷いてから、いそいそとリンダの後を追う。


「え?何で、お前だけリンダさんに優しくされてんの!?」


 ダンが嫉妬で顔を赤く染めて、ケイに向かって唸なり声を上げた。ガルム2号との同期(シンクロ)の影響が残っているせいだろう、鼻の頭に皺を寄せて歯を剥き出すのが威嚇する犬そっくりだ。


「優しくされたってどこがだよ?お前の方が上背があるからな。リンダさんは俺の肩の方が叩きやすかっただけだよ。そんなことより、俺達も早く格納庫に行かないと」


「リンダさんだって?新参兵のくせにメリル一等兵を名前で呼ぶなんて生意気だぞ!」


 ダンの聞き捨てならない言葉にケイの堪忍袋の緒がぶち切れた。


「ダン、お前、俺のこといつまで新参兵呼ばわりするつもりだよ!俺だって階級は二等兵だ。お前と同じだぞ!」


「俺の方が先にダガー隊チームαに入隊したんだ!階級が同じでも、俺の方が先輩だ!」


「俺の方がスーツでの実戦経験はあるんだ。いつまでも先輩面すんな」


「何だと?ただの兵科上りが、生意気な口聞くな!」


 睨み合って互いの胸元を掴み、拳を振り上げた刹那。


「くぉぉら!!」


 雷鳴が一発、ケイとダンの頭上に落ちて来てた。


「お前ら、あと少しで戦闘態勢に入る緊急事態に仲良く喧嘩している場合か!!」

 首を竦めて恐る恐る頭上を見上げると、いつの間にか戻って来たビルが鬼のような形相でケイとダンを見下ろしている。


「ひいっ。す、すいません!」


「わ―!ごめんなさい!」


 ダンとケイは悲鳴のような声を同時に出して、ビルに謝った。


「ロウチ伍長―。本気でぶん殴っちゃだめよ―。ダンとケイが使い物にならなくなっちゃうからねぇ」


 長い通路の先から、リンダが恐ろしい言葉を放ちながら手を振っている。


「分かってますよ―って。ほら、急げお前ら」


 ビルはにこやかにリンダに手を振り返してから、ケイとダンの背中を軽く押した。

 大熊のスーツを操縦する怪力にケイとビルの身体がふらりとよろける。どかどかと音を立てて走り出すロウチの後ろを二人は慌てて追いかけた。

 停戦解除も秒読みの段階に入っている。

 共和国軍か軍事同盟軍のどちらかが敵陣地に銃弾一発を打ち込めば、青の戦域は再び激しい戦火に包まれてしまうのだ。


「確かに喧嘩している場合じゃないな」


「そうだな。この戦闘で、お前の実力とやらを拝ませて貰うぜ、ケイ・コストナ―二等兵」


「ああ、見てろ。ダン、お前の減らず口がたたけなくなるくらい活躍してやる」


「口では負けなくなって来たな、ケイ。その調子で軍事同盟軍を蹴散らしてくれよ」


「ダンもね」


 肩を並べて走りながら、二人の少年は互いの肩を小突き合ってにやりと笑った。


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